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オレオレの誘惑

 26時。深夜アニメを見終わり、余韻に浸っていた私は、時計を見て気づいた。

 今日は金曜日。明日に差し支えることも、眠気もあるわけではない。

 ただ家族と一緒に生活しているので、いくら明日が土曜日であろうと、あまりにも起床が遅いと文句を言われてしまう。

 それが嫌だったから、そろそろ寝ようかと思ったとき、電話がなった。


「〜♪」


 静かになった部屋にふたたび音楽が鳴り響いた。

 とある歌い手の曲を着うたにしている。

 こんな時間に誰だろうか。

 悲しいことに、私に彼氏というものはおらず、かかってくるのは、家族か、ときたまの間違い電話だけだ。

 消した電気を点けることはしなかった。

 ごちゃごちゃしたストラップを除けながら、ガラケーを開き、


「もしもし」


 電話に出る。


「あっ、オレだよ。オレオレ」


 返ってきたのは既視感のある言葉だった。ニュースでも、散々と言われているのですぐにピンときた。

 ふむ、今どきオレオレ詐欺か。

 今どきガラケーの私に来るというのが、ノスタルジーを感じるかもしれない。

 まだノスタルジーってほど昔の産物でもないけれど。

 そういうこともあり、もちろん10代の私が、そんなものに引っ掛かるわけがない。

 ここで切ってしまえば、この電話が私に及ぼす影響はとても小さい。

 せいぜい家族に、注意を促すくらいだろう。

 でもなんとなく思ってしまった。

 少し話をしてみるか。

 寝る前までの少しの時間ならと。

 相手の正体を即座に見透かしていたからか、出てくる余裕もあったのかもしれない。

 あとほんの少し、待ちうたの歌い手に声が似ている気がした。


「名前を言ってください」


 とりあえず名前を訊いてみる。

 思い付いた名前を出してみることも考えてはみたけれど、それではどっちが詐欺をするつもりなのかわからなくなってしまう。

 家族の名前を出すのはもちろんタブーだ。


「名前か」


 まずの返しがそれでは、すぐに切られてしまうかと思ったけれど、


「いずれ知ることになる」


 意外にも返答があった。


「誤魔化さないでください」


「今はまだ知らない方がいい」


「なんですか、それ」


「それよりキミは、こんな時間まで何をしていたのかな?」


 私のことを訊かれた。

 向こうも向こうで、声で女であることがわかり、興味を持ったのか。

 もちろん正直に話すつもりはないけれど、


「知りたいですか?」


「ああ、教えてくれ」


 電話の向こうから、ペンのキャップを開ける音がした。


「夜な夜なオナってました」


 少し楽しくなってきたのもあり、嘘をついた。


「詳しく頼む」


「指を使ってました。手を拭く前に、電話がかかってきたので、慌てて出てしまったんですよ。だから今この携帯を握っている手は湿っていて、携帯もベトベトです。アナタのせいですよ」


「……」


 無言。私の軽口に対する反応はなかった。

 間が空いたのもあり、結構恥ずかしいことを言ってしまったと、後悔をする。

 まだ自分でシたことも、あまりないのに……。

 そうして数十秒後に、


「2015年現在の年齢は? できれば誕生日も教えてくれ」


 何事もなかったかのように、淡々と質問が飛んでくる。


「今は女子高生です。なりたてですが。誕生日は三月です」


 これは本当のことだ。

 これっきりの関係なのだから、少しくらい本当のことを言ってしまっても構わないだろう。


「生理が来たのはいつ頃か?」


 それは言えない。

 無言でいると、


「なるほど、中学生と」


 ピタリと当てられたわけではないけれど、どきりとしてしまう。


「十二、……違うな」


「……」


「十三、……図星か」


「……教えたくありません」


「今、生理か」


 今ではない。けど、


「……なんで言う必要があるんですか」


「キミはとても正直だな。息遣いでわかったよ。あらかた、十三で初潮、誕生日、十五の年齢に偽りはなく、今は生理ではない。そして、今日の夕方にオナっていたんだろう」


「……」


「楽しかったよ、ありがとう。オレはキミのことを忘れない」


「――待って!」


 とても恥ずかしい思いをしたのに、なぜか呼び止めようとしてしまった。

 電話が切れて、それっきり。

 非通知設定なのもあり、相手が掛けてくるしかない。

 私を惑わせてくれる声、この思いの行き先は何処にあるの。

 私の情報を聞き出して何をするつもりなのか。

 少し想像してしまった。

 なんだか身体が火照るように熱い……。




 27時。

 私は妄想しながらベッドでシてしまっていた。


「ねーちゃんまだ起きてるの?」


 急にドアが開けられる。


「わっ! きゃっ!!」


 慌てて布団で隠す。

 弟はひとつ下の中学生。

 連れ子というやつだから血は繋がっていない。

 だからか、まずいところを見られてしまって、一層恥ずかしくなった。


「あっ、ごめん。オレ、トイレ行くから」


 ん? 今の声、もしかして。

 そんなはずはないと思いながらも、弟の部屋に忍び込み、携帯を確認すると、さっきの時間の発信履歴に私の番号があった。


「偶然だよね……」


 モヤっとしているうちに、暗闇に目が慣れてくる。

 ……勉強机の上にメモがあった。

 私の身長と体重にさっきの電話の質問要項の答え、果ては今日のパンツの色までも書かれていた。

 ゾワッとした。

 そして引き出しがわずかに空いていることに気づく。


「中を確認するだけなら……」


 誰にともなく言い訳しながら、開いた。

 すると、

 ……シロだ。

 丸まった私のパンツが入っていた。

 私は無言で開いて、鼻に近づけた。

 ……クロだ。


「ねーちゃん……」


 弟が戻ってきてしまった。


「さっき電話をしたのはあんた?」


「……そうだよ」


「なんで?」


「ねーちゃんが好きだから」


 なんで?


「ねーちゃんが好きなんだ」


「それはいいや。……よくないけど。とりあえず知っていることを聞いたのはなんで?」


「いきなり本題を訊くよりはいいと思って……」


「身長と体重はどこで知ったの?」


「健康診断の結果の紙を見たんだ」


「今日のパンツの色はどうやって当てたの?」


「ねーちゃん俺より早く行くから。タンス開けて」


「それだけで?」


「ねーちゃんの下着は全部日ごとに記録しているから、それに洗濯物も見て、何が無くなったとかもわかるんだ。最近じゃ、ねーちゃんがどの位置のを取るかもわかっているから、前日にそうやって候補を……」


「……」


 語られる内容がショッキングなものすぎて絶句してしまう。


「ところでねーちゃん、今、パンツ履いてないだろ?」


 弟が見せてきたのは、部屋に置きっぱなしにしていた私のパンツだ。


「湿ってるね……?」


 弟がこっちへと来る。

 私はなされるがままだった。




 翌昼。どうやら寝てしまっていたらしい。

 夢の内容はよく覚えていないけれど、弟が出てきた気がする。

 しかもエッチな夢だったかも。

 最近弟をオカズにしてオナニーしちゃってるからかもしれない。


「ねーちゃん……?」


 不審に思われてしまった。

 顔に出ていたのかもしれない。

 誤魔化すように「起こしてくれてありがとね」弟の頭を撫でてやる。


「恥ずかしいよ……」


 弟が熱っぽい表情をする。

 弟を私の部屋におき、ご飯を食べに行く。




 そうして、

 ――あれ? どこまでが夢だっけ?

 不思議に思いながら、私は親に叱られることになる。

 親に怒られながら思ったこと、オレオレ詐欺には気をつけよう。

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