4話 元様
太郎は深い眠りから目を覚ます。
目を開けると全く知らない景色だった。
起きてすぐで意識が朦朧としていたが、だんだんとはっきりとしていく。しかし、家を出てからの記憶があまりない。
ここはどこだ!! 勢いよく起きあがろうとするが、うまく起き上がれない。
見ると両腕が後ろで縛られていた。両腕が使えなければうまく立ち上がれなくても仕方がない。だが、そんなのはお構いなく太郎は、その体勢から脚の力だけで立ち上がる。
それだけではない。
ブチッという小気味の良い音を立てて縛っていた縄を切る。さらに、木でできた格子の穴に手を入れて、力一杯引っ張り格子の木をへし折る。
何度も何度もへし折る。するとどうだろう。人1人が抜けられる穴が出来上がっていた。
太郎の力は明らかに人間離れしている。そんな太郎が自分を閉じ込めていた部屋から出た。
が......行く当てがない。
それに母がどこに行ったのかがわからない。それでは探す事もままならない。
太郎は今まで山で生活していた。そこには動物たちが多く暮らしているが、人間は太郎とその母しかいなかった。それなのに、人間しかいないこの空間に急に放置されたのだ。
ろくに頭も回らない。
とりあえず適当に歩みを進める。
長い廊下を歩く。別に人に見つかっても構わない。そう思っているからか歩く様はゆったりとしていた。
「おい。貴様ここで何をしている」
そんな太郎の思惑を汲んでなのか1人の人間と出会う。
「しらない!」
何をしている。という問いに元気な声で返答する。純粋な子供っぽい返事を聞けば相手もどうしたらいいのかわからなくなる。
「知らない? ......ってその顔。貴様! 牢屋にいたやつだな?」
「牢屋? なにそれ?」
「とぼけるな!!」
本当に太郎は牢屋というものを知らなかったのだが、この人にはそんなことはお構いない。
この人もこの人でなぜだかは知らないが、牢屋にいた人間が平然と歩いていたのだから恐ろしいのだろう。
「で、ここはどこ?」
「ここはどこって百花組の詰所だろ? そんな事も知らないのか?」
「そっか。ありがと」
場所を聞いてみたが、太郎には全く心当たりがない。太郎も一応一般常識はおっかぁから習ってはいるものの、百花組の詰所などわかるわけがなかった。
「聞いといて、なんでそんなに興味なさげなんだよ!!」
太郎の雑な返答に少しキレ気味で反応をする。しかしまぁタイミングが悪かった。
「おいおい。こんなところで何言い争ってるんだ?」
喧騒を聞きつけ2人の人が姿をあらわす。声を掛けてきた1人は見た事なかったが、もう1人はどこか見覚えのある見た目をしていた。
「あっこの子が元様が言っていた、山にいた子供ですよ」
そういうのは、筋骨隆々とした人間。そう甘露寺だった。
よく見ると甘露寺は中々に顔が良い。一度見たら忘れることがないだろう。そう思うほどに顔と肉体合わせて印象的な男だ。
そして厚井と呼ばれた人物は、面倒見の良さそうな雰囲気が出ている40代ほどの見た目の男だ。
「ほぅこの子が? どうやら鬼ではなかったようだな?」
「そうですね。ツノがなかったので」
鬼には必ずツノがある。ツノが折れた鬼ならいるのだが、それでもツノの存在を隠し切ることは無理である。
それほど存在感を持つツノがないならば、それは鬼ではない。
「この子はこれからどうするんだい?」
「さぁ。急に襲いかかってきたので、よくわからないんですよ」
「そうか。元様に伺うしかないか」
「そうですね。元々牢屋に行って元様の元へと連れていく予定でしたし」
何やら自分について話しているということは、気づけたが太郎が会話に入る隙がない。それと同様に威勢の良かった人も今では黙ってしまっている。
それに甘露寺も気づいたのか声をかける。
「あぁ。君帰って良いよ」
「はっはい! 失礼します」
明確に立場の違いがわかる返事をすると、そそくさと去る。あんなにさっきまで、騒いでいた人が黙ってしまうのだから恐ろしい。
この場に残るのは、厚井と甘露寺そして太郎のみとなった。
「それじゃあ、君。名前は?」
「物部太郎だ!」
「そうか。太郎くんか! 元様の元へ行くぞ」
「わかった!」
厚井の言葉に元気よく返事をしついていく。
○○○○
しばらくついていくと、2人が立ち止まる。
「着いたぞ。ここに元様がいる」
元様がいるであろうところまでの距離は2mほど、それなのに凄まじ熱気がここまで届いている。
「元様。物部太郎を連れて参りました」
「おおぅ。来たか入れ」
厚井の言葉に元様が返事をしたのを確認すると、部屋へと入る。
ブワァッと凄まじい熱気。そしてつい身を引いてしまうような光景が待っていた。
「よぅ。お前物部太郎って言うんだな」
太郎を一瞥もせずに挨拶する。それも仕方ない。元は今、逆立ちで腕立て伏せをしている。元としてはまだ続けていたいが、お客が来たのにもかかわらず続けるなんてことはできない。
「よっと」
そう言い腕の力だけで跳躍をし、半回転して着地する。
「いやぁ。お前の蹴りを受けた時に、体が鈍っているのを実感してな」
特に聞いていないのにも関わらず、筋トレしていた理由を語り出す。元は、人と関わることが多い分よく話す。そして熱が入ると長く話してしまう。
そんな性格を知っている甘露寺が口を開く。
「この方が元様だ」
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