37話 正体
炎を目眩しにして迫った太郎の尻尾での一撃を鬼神は、先ほどのように腕で防ぐことは叶わなかった。
顔に直撃する。
そう思われた一撃は、鬼神の歯によって受け止められていた。太郎の手を氷の壁から剥がすほどの力で、尻尾を噛んだまま首を捻り、遠心力でそのまま吹き飛ばす。
「型破りな様には目を見張るものがあるか......」
予想外の一撃。太郎自体の熱と炎を突き破ってきたことによる熱のこもった尻尾は、とてつもなく高温であり、基本熱いものを食べることのない鬼神の猫舌には有効であった。
この程度のものがここまで遊べると考えていなかった鬼神は考えを改め、ニヤリと笑った。
懐かしき、友の気配を漂わせた刀を持ち、同じく山の主である赤龍の力を受け継ぐもの。考えてみれば、成長も望める。最高の暇つぶしである。
太郎の髪を掴み顔を持ち上げる。
「我への無礼は許そう」
未だ意識の戻らぬ太郎にそう言うと、鬼神の神刀により生まれた結界の上に女と共に乗せる。一度は投げ飛ばそうかとも考え、太郎を雑に持ち上げたものの、その後を妖怪に狙われたらつまらない。妖怪の親玉に釘を刺す必要があった。
鬼神の歩みとともに、大地が揺れる。世界が、鬼神の動きに反応しているかのようである。人間に合わせた姿でこれである。本来の姿のことを考えると末恐ろしい。
「貴様が、先の妖どもの主か?」
「あ...妖とはなんのことですかな? 」
鬼神が太郎達のいた家のある辺りまで行くと妖怪がいた。しかし、妖怪としての存在感がとても薄い。
それは、神刀による結界を張っていなかったら誤魔化されそうになるほどの存在。それほど矮小でありながら、強力なものであった。
「我を欺くつもりか?」
「めっ...滅相もございませぬ...私こそが先の妖怪の主人。ぬらりひょんでございます」
太郎とともに山へと向かった老人。その正体は、ぬらりひょんであった。太郎が見習いと共に、妖刀契約に行った際にいた妖と同一人物である。
「聞かぬ名だな」
「百鬼夜行を機に表に出たため、知らぬのも無理がないかと」
百鬼夜行とは鬼と妖が共に存在していた時代に起こった出来事である。
「ふむ。こいつらをしばらく保護しろ」
「承知いたしました」
これを言うと鬼神は二人と太郎の刀を置いて山に帰っていく。ぬらりひょんは何もできなかった。能力が通じなかったのは、生まれて初めての経験である。
心の底から震えた。今立っていられているのも心底怯えていたぬらりひょんへの鬼神の配慮によるものである。鬼神は、ぬらりひょんの本質をも見抜いていた。だから、脅すようなこともなく、太郎たちを託したのである。
ぬらりひょんは心を落ち着かせると、太郎たちが起きるのをしばらく待った。
「じっちゃん...? ここはどこだ?」
「太郎くん。目を覚ましましたか」
先に目覚めたのは太郎であったが女性もさして変わらない時間で目覚めた。
「あれ!? 私何をしてたんだっけ!! って...どなた!?」
「元気の良い娘っ子ですなぁ」
目を覚ますと老人と服がボロボロの男の子が目の前にいる。それに、最後の記憶は、妖怪に攫われたものである。混乱するのも無理はない。
「わしらは、お主を助けたんじゃよ......。ところで家に入っても良いかのぅ?」
「もちろんいいよ!」
ぬらりひょんの言葉に意を唱えることもなく承諾する。これがぬらりひょんの能力の一つである。まるで、知り合いの来訪のように状況を受け止める。さらに力を使えば、我が物顔で家に入ることもできるほどである。
このぬらりひょんの力を正確に理解しているものは、この世界には存在しない。部下たちも理解できていないし、実戦で力を振るわないため、ぬらりひょんですら理解できていなかった。
そも、ぬらりひょんは小心者である。本来、上に立つものではないのだ。家でのんびりお茶を啜るその程度の妖怪である。それが、この能力が故に、百鬼夜行を機に、一部の妖怪を従えるようになったのである。ぬらりひょんからすれば胃の痛い話である。
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