36話 薄氷
鬼の躍動に森が叫び出す。周辺の妖怪の逃避。鬼神という存在が隔離された世界から離れたことによる大地の揺れ。全てが現実に起きる事象である。
太郎は珍しく早々に刀を抜く。太郎の速度はこの環境にあっても落ちることはない。すでに切先は鬼神の喉に迫っている。
「鈍い」
熊をも投げる人間離れした筋力。そこから繰り出される一閃。それを鬼神は、親指と人差し指で軽く掴む。しかし、鬼神は攻めに転じることもない。
「この程度か......」
太郎にではなく、刀を憐れむような視線で眺める。
「まだだ...!!」
強く掴まれた刀を軸に、鬼神の顔面に向かい蹴りを入れる。しかし、鬼神はそれを腕で軽く受ける。蹴りから始まる太郎の連撃を全て軽く受け流すと、太郎の手首を捻り刀を奪う。
「妖刀の強さは信頼関係に依存する。つまり、折るのは容易いということだ」
鬼神の言葉に太郎は一抹の不安を覚える。それは折れる可能性にである。太郎とて、刀に折れてほしいわけではない。
「返せ!!」
「奪ってみせろ」
ピキっと太郎からわかりやすく音がする。
刀の元へと一目散に太郎は飛ぶかかる。怒髪天という言葉があるが、太郎の凄まじい気と速度により、本当に髪が逆立っている。髪の変化に加え、太郎の腕と足には鱗が浮かび、手足の形もとても人間のものではない。爪が伸び、その姿は鬼よりも攻撃的に変化している。
「それが本気の姿か?」
太郎は隊長という立場を与えられたが、実力に関してもそれに相応しいものとなっている。百花組に入ってからの幾度かの戦闘経験により、並の隊長より強く、鱗が浮かんだ状態であれば、妖刀解放した武闘派の隊長と同じ水準にいる。つまり、上級の鬼と単騎で戦うことが可能である。
そんな太郎の一撃一撃が鬼神に当たると大地が揺れたと錯覚するほどの衝撃が生まれる。先ほどの太郎と比べても威力、速度、技の切れ、その全てが比べ物にならないほどに上昇している。これは以前上級の鬼と戦った時よりも断然強い。しかし、それでも、鬼神には届かない。
「ギギギギギィ」
太郎が歯を強く噛み締める音が響く。歯が折れないのが不思議なほどに強い。それほどまでに力を込めた攻撃である。
だが、それすらも変化前の太郎を相手にした時と変わらない様子で受け止める。
「随分と身軽で、型破りな動きではあるが、目を見張るのはそれだけだ。この程度の者にこいつの時間が奪われるとはな」
鬼神はそういうと、太郎の蹴りを紙一重で避け、顔を掴むとそのまま太郎を地面へと叩きつけた。地面は凹み、太郎は白目を剥く。完全に意識が飛んだ。
「グァァァァァ」
暴走状態である。今までのものとは違う。怒りで我を忘れるなどではない。人間の器から力が溢れ始める。
「龍か」
鬼神が太郎を見てそう言う。太郎のいた山。赤雲山は、赤龍の加護である赤い雲で護られていた。そのため、鬼神からすれば太郎の正体など予測可能な者である。
太郎の力は肉体を上回り、体を形を変化させる。腰の辺りから尻尾が生え、全身鱗に覆われる。爪だけではなく、牙や角が生えている。本来存在しない角は鬼同様に力の証明であると考えられる。
さらに、太郎の口からは火が溢れでる。もはや人間ではない。
「山でそのように火を扱う愚か者はさっさと鎮静化してやらねばな」
太郎が火を纏い鬼神に殴りかかる。だが、最初の一撃同様に鬼神には届かない。しかし、初手のように神刀を使い断絶した空間を生み出したわけではない。氷の壁が太郎の進行を阻んだのである。
「この薄氷を溶かすこともできぬか」
太郎は氷に阻まれるとすぐさま手を離し、再度殴りかかろうとする。我を忘れているが故の愚かさである。太郎の手は氷の壁から離れることなく、両手が氷の壁にくっつくこととなった。
「我に届けば多少は傷を与えられたかもな」
鬼神がそう言い太郎へと近づく。龍とは、鬼神がそういうのも不思議ではないほどの潜在能力を秘めたものである。
だが、やはり、両手が封じられて、手も足も出ない太郎はなす術がなかった。今までであれば......
突如鬼神に顔を向けると太郎は炎を吐く。口から火が溢れていたため、予想はできたが、まさかそこまでのことを為せるとは鬼神も考えていなかった。
軽く手を振り、火を払うが、さらに予期せぬ一撃、尻尾による一撃が鬼神を襲った。
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