34話 誘い
「すまないな。母親を探す手助けができなくて」
一週間の時が経ち、手続きが終わったのであろう元に呼び出されていた。
「大丈夫だ! 色々できたからな!」
百花組に仮加入する際の元の口説き文句が、百花組の存在はおっかぁを探す手助けになると言うものであった。確かに、太郎は百花組に入り、おっかぁを見つけるに至らなかった。しかし、太郎が色々できたと言ったとおりに、かなりの学びを得ていた。それに、隊長にでもならなければ、自由に帝の領域から離れることはできない。そのため、今現在を含めて、元は太郎の手助けをしているとも言える。
「そうか。ところで本当に仲間はいらないのか?」
「うん。いらない!」
上級の鬼と対峙したことを機に太郎の考えは変わりつつあった。元との別れを済ますと、お世話になったオトギリ隊や川路姉妹、光忠に挨拶をし、すぐさま山へと向かうのであった。
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「ここどこだ」
意気揚々と街を出た太郎であったが、迷子になっていた。山へと向かっていたが、なにぶん土地勘がない。関所を超えてすぐに迷子である。自身の住んでいた赤雲山なら迷うことはないのだが、そこから外に出るとてんで駄目である。
そんな太郎は、現在、空腹である。立ち入りを禁止された山の存在を忘れるぐらいには、ご飯のことで頭がいっぱいである。つまり太郎の取る行動は一つ。
「まぁ、いっか!! 元からもらったご飯食べよ!」
元からもらった食べ物に手を伸ばす。すると、足音が聞こえる。かなり近い。
それは、ご飯を狙う動物や人間の気配ではなかった。
「お兄さん! ちょっといいかね?」
声の方向に顔を向けると、そこには、温厚そうなご老人がいた。
「どうかしたか?」
「この辺の山に美味しい団子屋さんがあると聞いてね。行きたいんだけど、一人じゃ危険かもしれんから着いてきてほしくてのぅ」
通常であれば、老人がこんな場所にいたら怪しむかもしれない。だが、太郎には怪しんだ様子がない。それどころか街中で人間にあったかのように、自然に受け入れている。
確かに、老人が一人で山に行くのは危険であることは想像するに容易い。その上、太郎も山を目指していたのだから断る理由はない。そこに疑問が介在する余地はない。というように、思考が安易に信頼へと直結してしまうぐらいには、太郎は老人を受け入れていた。
「良いぞ!」
「本当かぃ。ありがとうね」
「ご飯食べるから待ってて!」
相変わらず、太郎は自由奔放である。人を待たせても全く意に介さない。しかし、太郎も人間と暮らして、人間との関わり方を知った。口の中に入っているものがなくなると口を開く。
「どっから来たんだ?」
「かなり遠くからですよ。私は山に住んでいてね。先の短いこの命だから少し冒険したくてね」
太郎の質問は実に無難である。太郎は現在関所を超えて、帝の領域から離れたところにいた。そのため、辺りを見回しても草が生い茂るだけであり、人間が暮らしている痕跡はほとんどない。誰もが疑問に思ってもおかしくない。
「よし!食べ終わった。案内してくれ!」
しかし、太郎は爪が甘い。なんの疑念も持たず、会話を打ち切る。
「じゃあ行きましょうか。神穢山」
神穢山は、太郎が立ち入りを禁止された山である。しかし、太郎は行き先が立ち入り禁止の山であることに気づいていない。
これは、太郎の性格によるものでもあるが、それだけではない。老人の雰囲気が違和感を覚えさせないものであるためであった。
「そういえば、太郎くんは何しにきたんですか?」
「おっかぁが居なくなったから探してるんだ!」
「それならばちょうど良いですね。あそこの主人は長く生きているから、なんでも知っていると思いますよ。まぁ、何よりも強い方なので会うのはよした方が良いかもしれないですけどね」
神穢山と呼ばれる所以は山の主人にある。古の存在である山の主は神の穢れから生まれた者であると言われている。そして、それが侵入を禁じられている理由である。
しかし、禁じられてはいるものの、誰もが立ち入ることができないため、その主人が本当に存在しているかは、元ですら知らない。
なぜなら、元も入ることが許されていないからである。
「そうか! じゃあ会ってみたいな。強いやつ!」
太郎の向かう先は禁じられた土地であるのにも関わらず、能天気にも向かっていく。しかし、太郎も阿保ではない。近づけば嫌でも気づく。
太郎が今まで出会ってきたものとは比べ物にならない別格の気配。大天狗や上位の鬼すら足元に及ばないほどである。
「じっちゃん。これやばいぞ」
「おや? 何かありましたかな?」
老人はとぼけているわけではない。本当に感じていないのである。太郎という野生動物のような存在特有の感覚である。
「ここに入るのはやめといたほうがいい。俺は入りたくない」
「そうですか。でも大丈夫ですよ。神穢山には入りませんから」
何を惚けたことを言ってるんだと思うかもしれないが、老人は確かに神穢山に行くと言っていた。しかし、考えてみれば、山に登るとは言っていなかった。
「じゃあ、もしかしてあれか? なにかあるぞ」
太郎が指を刺す。老人にはまだ見えない。これは老人の目が悪いわけではない。これもまた、太郎の目が良すぎるのである。
「本当ですか? まさか、こんなところに...?」
老人が小さな声で呟く。老人が山に行くと言い出しておきながら、驚いているのはおかしな話であるが、太郎は特に気に留めた様子はない。
「よかったな! 山の中じゃなくて!」
太郎がそう言うが、老人は神妙な様子である。
老人の様子など気にせず、太郎は建物へと向かう。すると、次第に老人にも見えてきた。
「これ、普通の家じゃないかい?」
「そうか? とりあえず行ってみよ!」
まさか、神穢山付近に家があるとは、老人も考えていなかったようである。
「誰かいるか?」
太郎がそう言い、様子を伺う。人がいる気配はある。家周辺には、小さな畑があり、自給自足での生活をおこなっているのが伺える。ここは、帝の領域から多少離れてはいるが、帝の手が届く位置にあるのだろう。離れた場所に比べると立派な家である。
「太郎くん。誰も居ないようですな?」
「いや、裏に誰かいる!」
太郎が慌てて走る。太郎の感覚は、神穢山に近いこともあり鈍っていた。いや、今も鈍っている。急いで家の裏へと回り込む。
「何をやってるんだ!?」
太郎が声をかける。そこには、一人の女性と妖怪が数匹居た。一人の女性を数匹の妖怪が持ち上げ、布のような妖怪の上に載せるとそのまま走って逃げだした。
「待て!!」
太郎は慌てて走りだす。妖を追いかけるつもりなのだろう。
「おじいちゃんはここで待ってて!」
老人に声をかける。太郎が声をかける際に振り返り、老人を見たが何やら俯いていた。しかし、太郎は気に留める余裕もなく、妖たちの跡を追った。
太郎の背が見えなくなったあたりで、老人はつぶやいた。
「すまんのぅ。太郎くんや。わしの仲間が先走ったようじゃ」
俯いていた老人が顔を上げる。その顔は、苦い顔をしていた。大した力を持たない老人はただ待つことしかできず、太郎たちの跡を目で追うのであった。
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