1話 物部太郎
赤い雲がかかる恐ろしい山の奥に一軒の家があった。そこへいたる道は、不思議なことに人間がたやすく歩ける程度には舗装されていた。そんな場所に、老婆と10代前半に見える子供が住んでいた。
「おーい太郎やい」
「どうしたんだい。おっかぁ」
力のある声で返事をする。
「ほれ今日も遊びに行くんだろう?」
そう言う母の手にはいつものおにぎりがあった。
「ありがとう。おっかぁ!」
そう言い、おにぎりを受け取る。おにぎりは太郎が遊びにいくときに、必ず持たせてくれる母の味だ。そんなおにぎりを一瞥して走り出す。太郎は足が速い。
「気をつけるんだよー」
その声が届く前にもう太郎の姿は消えていた。物部太郎の走る速さは凄まじい。到底人間の出せる速度ではない。ズンズンと進んでいく。ずっと住んでいるこの山は太郎の庭のようなものだ。入り組んだ山道を迷うことなどなく、凄まじい速度で走り抜け友達の元へと辿り着く。
「おーい」
太郎が大きな声で呼ぶ。
「ガァ?」
友達から返事が返ってきた。ちゃんと友達に太郎の声が聞こえたようである。
太郎の友達はやけに毛深く耳が頭から生えている。そして図体も太郎よりも大きく、太郎を見下ろす形で立っていた。
その大きな友達は、少しの間の後に太郎であることを認識すると突如声を上げる。
「ガァァ!!」
唸り声を上げて太郎に向かって突進をする。到底人間が耐えることのできない勢いで突っ込んでくる。
ーー熊が
しかし太郎は足が速いだけではなく力も強い。突撃してきた熊を真っ向から掴み吊り上げる。そして、太郎の3倍ほどの重量であろう熊をそのまま後方へと投げ飛ばした。
「今日も元気だな」
長い距離を走り、クマを投げ飛ばした後に息一つ切らさずに言う。
クマすら凌駕する太郎。これはいつもの光景だった。
太郎と熊はよく遊んでいた。徒競走や相撲、綱引きなどを他の動物も混ぜつつ行っていた。そして、どの競技でも太郎が負けることはなかった。だが、ただ一つ太郎と競る競技があった。
それは、徒競走だった。
ーー徒競走
定められた距離をどちらが速く走り切るか。この勝負は太郎であろうと、苦戦を強いられていた。
それでも今日を含め負けることはなかったのだが......
「うん?」
今日も太郎の全勝で終わりおにぎりを食べながら一休みしていると、違和感を覚える。いつも穏やかな雰囲気の森が、ピリピリとしている。
木々に止まる鳥達は一斉に飛び立ち、熊ですら落ち着かない様子だった。
○○○○
太郎たちが休憩をしている頃山奥の家では、いち早くに違和感に気付いていたものがいた。
「おや? もうきたのかい?」
洗濯物を干しながらつぶやく。太郎の母はその正体に気付いていた。
その違和感の正体は人間だった。4人の人間が森に入ってきたのだ。太郎の母は、ここに人間が来た理由も分かっていた。
この山に鬼、もしくは、鬼に打ち勝つ戦力を求めてきたのだろう。この山は、赤い妖力で包まれた雲に守られている。
人間からして見れば、正体のわからないものを守る恐ろしい雲。
興味を持っても仕方がない。
「私は元々あんまり乗り気じゃなかったんだけどねぇ」そんなことをぽつりとこぼす。
この雲は太郎そして、その母を守るためのものだった。だが、こうしてこの雲が原因で人が入る。そして、この雲が原因で人の未来が変わる。
「そろそろかねぇ。太郎」
読んでいただきありがとうございます。
次も読んでくれると嬉しいです。
昨日節分に合わせて投稿したため、書き溜めがほとんどないです......