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異世界転生したけどただ歌を歌いたいだけ

作者: デイロー

異世界転生したらやりたかったことがあった。


それは歌を歌うことである。


子供のころから歌うことが好きだったけど、時間が無くなって、練習をしても決まった発声しかできない。カラオケに行ったら歌うまいねなんてほめられるけど、こんなの誰だって歌い続けたらできる。歌い方を曲ごとに自在に変えられるようになりたい。


アイドルになりたいの?それは考えたこともない。歌手になりたいの?それも考えたこともない。私はただ歌いたかっただけ。綺麗な歌を聞いたら自分でもそれを歌いたい。私の思いはそれくらいのものだった。


だから本格的に学ぼうとしても家は貧乏で、遊ぶためのお金も欲しいわけだからバイトで時間を使ってるので余裕なんてないから、何かを削ってまで学びたいなんて、そこまで切実な気持ちではなかったわけである。


しかしすべてをかけてでも願うものまでには至らなかったとしても、残ってしまった思いは燻るもので。


それはまるで甘く満ちた夢のように、弾ける時期を待っていたのだ。


死んだ原因とか、年齢とか、あまり重要じゃないのでもう思い返すことすらなくなっている。生まれて記憶を持ってるという事実こそが今を生きている私にとっては重要なのことなのだ。


今世での名前はジェニファー・ローランド。


菫色の髪に、目は澄んだ空のような明るい青。猫目と小顔で結構可愛い。初めて鏡を見ると小悪魔みたいな印象を抱いた。


そして転生した家はただのそれなりの広さの土地を持っており、畑を耕したり数百頭の牛と羊を育てる裕福な農家。


裕福と言っても兄弟姉妹が合わせて六人いて、私を含めると七人。


みんな土地をもらえるわけでもないので、早めに都会に仕事探しに行ったり、夫や妻を見つけては結婚してそっちの家に入ったり。


私は三女で、まあ、普通に考えて遺産なんて転がってくる量は微々たるものが想像に難くない。


この世界では魔法があるし、魔法学校もあるし、錬金術や迷宮、冒険者と言った定番の職業もある。実際の名称はこの世界固有の言葉を使って、【魔物狩り】なんて呼んでるけど、私からしたらただの冒険者。やってることがそのまんまなので。冒険者ギルドもあるし。直訳すると【魔物狩り連合】だけど、そのまんま冒険者ギルドだし。


そして冒険者ギルドに入るには職業が必要で、歌に魔力を載せてパーティを強化したり敵にデバフをかけたりする吟遊詩人、これもまた別の言葉だけどファンタジーのイメージそのまんま、私は迷わずその職業を選んだ。


職業を手に入れて、その職業をギルドカードに登録してから狩り続けると強くなるという仕様とかではないけど、その前に魔法学校は一応卒業しているのである。


現代の勉強なんて何に使うかわからないものばかり詰め込ませるのに比べ、ここは普通に勉強が面白かったので、奨学金をもらいながら通っていた。


魔力を歌にのせて歌うコツはすぐに学ぶことができた。


最初からそれを狙って入った学校なのである。


転生者仲間とか、この世界の貴族は貴族学校にしか行かないので身分が絡むテンプレ展開はなかったけど、普通に楽しかった。友達も幾人かできたし。


文化祭のような学校主催の生徒が参加するお祭りもあって、そこでは歌を歌った。私が専攻と選んだのも魔力応用学で、魔力を体に巡らせたり、ものに巡らせたりすることで特定の効果を引き出すことを主に勉強する。


これで試しにアニソンからアメリカのポップカルチャーで有名な歌などを歌ったわけである。


アニソンメドレーから始まり、今は古典のロック音楽を歌う。


私が前世で最も好きだった曲の一つ、ドージャ・キャットのキス・ミー・モアで終わる。英語の発音は聞いてもどうやってその単語を話しているのかわからない感じがするけど、異世界言葉にしたらわかりやすくなっていた。


文化祭のステージに立つにはオーディションがあって、そこで1位を取ったら30分を使える。そして私たちは1位で、30分ぶっ通しで歌った。


魔力を体に浸み込ませて、好きな曲を精一杯歌うのはとても楽しかった。後で知ったことだけど、ここの文化祭は魔法使いたちが派手に魔法を使ったりすることから国中のセレブたちに注目されるものだったようで。


王族とか来ていたようである。これが後で波乱を引き起こすことになるなんてこの時の私たちは知らなかった…、なんて知ってたけど。何となく予想はしてたけど。私じゃなく、頭を使うのが得意なメンバーたちが。


それでギターに似た楽器とか、ドラムに似た打楽器とか、ほかにもヴァイオリンのような楽器もあったし、それで友人たちと練習をしたのである。


この世界の歌とはほぼクラシックか民族音楽で、ポップでわかりやすく伝われやすいメロディーに感情をこめて歌うことなんてまだなくて。


歴史的な事件のこととか、愛国心とか、神話とか、そういうのばっかり歌っていたから。それもそれで聞くとそれなりに発達しているのがわかって、楽しいっちゃ楽しいけど、アップアップな気持ちになったり、しんみりすることもなくて、ただ雄大に体の奥に響くような音楽だけって、やっぱりそれは面白くない。


だから歌った。


魔法学校を運営している人たちは貴族と同等な権力を持ってるけど上流社会の堅苦しいしきたりは面倒だと思っている変人ばかりで、かなり受けた。


文化祭で舞台に上がるためにはオーディションをするんだけど。


そこで取って置きの歌を歌ったのである。


そう、タイタニックの主題歌を。


もちろんこの国の言葉に変えて。


伴奏は弦楽器の演奏のできる二人。


魔力を体に染み渡らせると、それはもう魔法のような、そう、まさに魔法のように能力が上がって、歌声もずっと綺麗になって、原曲を歌った歌手もびっくりするほどの歌声が作れる。


これでもかなり練習した。自分がどこまで歌えるのか知りくて、それが思ったよりずっと広い音域と発声の仕方ができて。


これこそが私がやりたかったことだった。私は好きな曲たちをそれに似合う歌い方とテクニックで歌いたかった。それがどんなに難しい曲であっても。


人が歌うようなことを想定していないボーカロイド曲や世界的に有名な歌手が歌う、難易度の高い曲も自在に歌いこなす。


比較的に歌いやすい曲とかは自分なりにアレンジも加えて雰囲気を変えてみたり。


だがここで終わる私じゃない。


ダンスもしながら歌う。


振り付けは覚えてなかったり、そもそも踊ることを前提に作られていない曲も踊ってみる。


歌いながら踊るのである。これもまた魔力でへっちゃら。魔力で何でもできるわけではないけど、歌とダンスくらいはできる。それができるように工夫もしているから。


妥協はしない。どこまでも高い完成度を目指して、自分がどこまでたどり着けるかをただひたすら試す日々。


学業を疎かにすることはない。好きなことだからどこまでやる気に満ちている。


だけど振り付けを考えるのは一人ではできなくて。友人たちと一緒にやっていた。


一人目の友人は短い金髪で新緑のような色の瞳、少しだけ尖った耳とスレンダーな美少女、私より2歳年上のハーフエルフ、リアーナ。


この国は種族差別なんてものは殆ど存在しないけど、冷たい印象を持つ彼女は交友関係が狭かった。


私も前世の歌をどう再現するかに余念がなかったので、友達を作れなくて。


二人ともペアになる授業はよく組まされて会話してみたらびっくりするほど感受性が似通っていた。ただ私は暇なときは好きなことに専念したいけど、彼女は奔放に遊びたいということで違いがあったんだけど。


彼女が冷たいのはハーフエルフの寿命だと下手に友人を作ったら先に行かれたると辛くなりそうなので、という何とも可愛らしい理由。


私はせっかく異世界転生したからと子供のころから魔力の鍛錬を死ぬほどやってたので、それで寿命がめちゃくちゃ伸びていて。知らなかったのだ。持ってる魔力に比例して寿命も延びるって。


みんなやればいいのに、なんて思っても、そもそも魔力を使うことはかなり疲れるもので、一般的な生活をしている人はそこまで積極的ではないのである。だから魔法使いは変人扱い。


春の魔力測定でハーフエルフであるリアーナとほぼ同等の数値をたたき出して、みんなからは人外仲間認定された。


ちなみに彼女の両親は父親の方は旅の魔法使い(人間)で、母親の方はどこにでもいる(?)平凡なエルフの狩人。


エルフの数自体が人間に比べると少ないので、平凡と言っても人間からしたら存在自体が特別な感じ。


二人ともエルフの森のすぐ近くにある小さな町で住んでいて、魔法学校のあるこの街とはそこそこ離れている。同じ国だけど。


担当はギターっぽい弦楽器。この世界のものは音も小さくて、なんというか、魂を震わせるような音は出せなくて、それで二人で改造した。魔性の音を出すようになって大満足である。


友人二人目。


竜人のトゥーリア。黒髪に赤い瞳。


彼女を一言でいうと、ロックである。竜神族の文化的に耳にピアシングもたくさんしてて、制服も着崩している。


怒ると咆哮をする。正面で咆哮を受けると魔力が低いと吹き飛ばされる。


得意魔法も戦闘や破壊に特化しているし。


番長みたいなことをやっていて、教師たちを悩ませていた。彼女をどうにかしてほしいと言われたので、どうにかした。音楽の、歌の楽しさを教えたのである。歌でわからせる歌のバトルである。


この時は本気で声に魔力を載せて、彼女の前で歌った。


「そんなに自信があるなら歌ってみな。」なんて言われたらやる気が出るって。


この時歌ったのは、ニルヴァーナのスメルズ・ライク・ティーン・スピリット。続けてクイーンのドント・ストップ・ミー・ナウ 。


まだまだあったけど、二曲目で陥落した。


それから彼女はドラムのような打楽器担当になった。


友人三人目。


ホムンクルスのグリオン。ホムンクルスは錬金術の最高峰で、よくファンタジーでは禁忌として扱われているけど、この世界では子供が産めない金持ちの夫婦が錬金術師に高いお金を支払って二人の生体情報をもとに作成される、いわば試験管ベビーの魔法版。


なので一般人と大差ないけど、グリオンは違った。彼の父は翼人族で、母は人魚だったのである。


どっちも生まれながら魔力が高い種族で、彼は翼人の特徴である翼と人魚の水中呼吸を持っている。足は人のままだけど、水泳もめっちゃ早いんだと。


長く伸ばした青い紙と黄金のようなグラデーションかかった瞳が神秘的な雰囲気を醸し出す美少年で、見た目からして入学当初からかなり注目されていた。


だけど学業にしか時間を使わず事務的な会話しかしていなくて。


ぶっちゃけて言うとあまり面白みのない。


それでトゥーリアが直接、あんた面白くない、なんて言ってから喧嘩を売ったことがある。


相手にしないようにしていたグリオンだったけど、授業で魔法を使う模擬試合があって、それで二人がこんなのしてたら学校が壊れちゃうんじゃないかと心配してしまうほどの大規模で戦ってて。グリオンは水と風を操るのが得意で、トゥーリアは炎と岩を扱うのが得意。相反する属性がぶつかり合って阿鼻叫喚の地獄絵図。


ここで私が歌で入り込んだ。グロリア・ゲイナーの恋のサバイバルを即興で歌った。歌詞にストーリーがあるから、二人とも聞き入っていつも間に戦いは終わっていた。


それからグリオンが私たち人外仲間に入るにはそう時間はかからなかったのである。


彼の担当楽器はピアノっぽいけど持ち運べるもの。魔法で作動するキーボードみたいなものである。


最後の私。ただの農家の娘だけど、なぜか気が付くと人外たちをまとめる立場にされていた。


担当はリードボーカル。踊りもするよ。


そして文化祭当日。


アニソンは最後まで歌うことなくメドレーにし、名曲はイントロは飛ばしてAメロからサビまで。


20曲くらい歌った。


会場は熱狂の渦に飲まれた。


私たちの青春の一ページ。


卒業してからは全員で冒険者になって迷宮に挑むようになった。この世界の迷宮って、めちゃくちゃ広いし、別に暗いわけではないので。


歌の練習でチームワークを発揮し、たったの五年で最高位冒険者に。


今じゃ兄弟姉妹たちの中でも一番稼いでいる。


弟の一人が詐欺に引っかかって借金を背負わされた時は詐欺師が集まっている場所に殴りこんで歌でグロッキー状態にしてから全員捕まって奴隷に落とした。


その時歌った歌は現代に喰種がいるという滞在で描かれたアニメ一期のオープニング。


吟遊詩人でも普通に武器で攻撃はする。私はアカペラで歌いながらナックルをつけて殴りつける。最初はリーチのある武器とか使いたかったけど、リーチのある武器は扱うのに技術が必要で、声に魔力を載せて歌まで歌いながら武器を操るのはちょっと難しくて。


別に殴ることに快感を覚えたりはしない。自分の役を忠実にこなしているだけ。


歌の力はただ魔力によって力に変換されるだけにとどまらない、歌う自分も予想もできなかった効果もある。


特定の感情を呼び起こせる、思いを呼び覚ませる。感じたことのない痛みを覚えさせる。


例えば、故郷の懐かしい情景を思い浮かべるようになる歌とか。


隣国との戦争になった時があった。


国王からの要請だった。兵士たちの士気を上げて欲しいと。だけど私はそれ以上のことを考えていた。


私は仲間のみんなと共に戦場に向かった。


そして敵側に向けてステージを設置する。兵士たちは何をしているのかとただ見ているだけ。


そしてイーグルスのホテルカリフォルニアを歌った。歌詞は原曲そのまま英語で。女性ボーカルの曲じゃないけど、女性ボーカルでも全然悪くない。


高速道路とかお酒の名前なんて固有名詞が入ってる曲だから翻訳してもあまり意味が伝わらないと思って。


この歌がすごく反響して、敵の兵士たちが武器を捨ててことごとく投降。敵将までも投降し、戦争は戦わずに勝利して終わった。


ただの吟遊詩人が、戦争を一つ終わらせたのである。


戦争にも意味があるかもしれない、文化の出入とか交易が活発になるとか。だけど魔法のある世界、戦争に依存しなくてもやりようはあるでしょう。


それからだった。私たちは冒険者の仕事はそっちのけに、コンサートを開くようになったのである。


「それ、アニソンですよね。」なんて言っている人がいたので、


「もしかして前世は日本人だったんですか。」そう聞いたら彼は、


「いや、俺はアメリカ人で、ウェーブ(日本オタク)だったよ。」


名前はデュラーン。魔族である。


彼は前世ではベースを演奏したことがあったようで。


またベースも一から作って。


彼はハーフエルフのリアーナといい感じになっていた。


アメリカ人男性だとミソジニーが強いイメージがあるけど、彼は無責任に逃げた父と誠実でプロのように仕事をする母親のもとで育ったため、偏見は少なかった。むしろ社会保障がしっかりしていて、一度仕事始めたらキャリアを自分で管理するより職場に依存する日本人よりずっと物事を冷静に判断できて、その性格がしっかりしているけど人に甘えたことが少ないリアーナのツボに刺さったようで。


二人がくっつくまでそう時間はかからなかった。そして竜人のトゥーリアとホムンクルスのグリオンだけど、喧嘩していたころから何かしら通じるところがあったのは何となくわかっていた。


国中を、時には隣国も回ってコンサートをしながら魔物を狩る生活は10年ほど続いた。カップルが二つできて、夜にはカップル二つともやることはやってて。私はというと夜の繫華街などに行って歌った。


人が何をしても、それはドラマとなるのである。


歌を歌うとそれまでは感じなかったことを感じるようになったけど。


思いは日々のたわいのない時間を過ごす間にも蓄積して、音にして外に向かって表現したくなること。


歌がこういうものだとは思わなかった。


やめられないのである。誰が何を言おうと、何が起きようと。


魔力を長年馴染ませ続けた結果、まるで全身が歌うためだけに作り替えられているようで。


私自身が楽器となって歌うのである。


悪いことも、いいことも、つまらなかったことも、面白かったことも。


何年もしないうちに作曲にも手を出していたのだ。この世界で生きていると、それだどこの世界であったとしても人が生きている場所だからドラマが生まれ、それがたとえ自分が体験したことではないとしても、それを見たら感じることだって当然ある。


そして自分で経験したことから知ってしまったこと、感じてしまった感情、それに伴う数多な思いもまた歌にのせて歌うよう、作詞作曲をする。


別に誰かに聞いてほしいとかじゃなくて、誰かが聞いてくれたらそれはそれでうれしいけど、最初からそれが狙いじゃないから。


ただ歌いたいだけ。


仲間たちはカップルになって、結婚して。


私は一人になったけど、そこには歌があった。自分が今まで作ってきた歌、誰かが作ったけど私が歌い続けてしまった歌が。


それから何十年も過ぎた。


兄弟姉妹たちはみんな亡くなって、魔法使いじゃない人間の知り合いも亡くなって。


私はまだ一人。


体力はまだ全然衰えることを知らなくて、だからいつものように、この時はもう定住しながら作詞作曲だけじゃなく楽器を作ったり、私にあこがれている子供たちが通う吟遊詩人学校で校長みたいなこともやっていて、広場には私専用のステージも開設されていた。


そこで歌っていたある日。


遠い国にある迷宮の中から魔王が現れ、魔物の軍勢が国々を飲み込む勢いで現れているという話を聞いた。


私は迷わずそこに向かった。


弟子たちは止めたけど、結局のところ、私の心は初めから変わっていない。自分がどこまでいけるのか試したい。


魔王の軍勢にも私の歌は果たして届くのだろうかと。


魔物たちの進軍を止めている場所、人々が抵抗をし続ける最前線に到着したらかつての仲間たちが待っていた。


彼らは故郷に戻ったり別の町へ住んでいたりと、ここ十年ほど手紙でしか交流がなくて。久々に見る彼らの姿に変わりはなく、むしろ前より生き生きとしているような気までした。


伝説のメンバーがまた集まった。場違いかもしれないけど、私たちの名声は届いていたのかステージを即席で作りだしても誰もいぶかしんだり、邪魔にすることはなく。


もしかして歌が通じないかもしれないという不安はあった。


最初は前世で聞いた歌を、そして徐々に自分が作詞作曲した歌を混ぜて歌う。


威勢のよかった魔物の勢いが徐々に衰えていく。


だけど魔王が現れた瞬間、魔物の波はまた押し寄せてきた。


魔王は、見た目は40代ほどの西洋人男性だった。


彼の顔をどこかで見た気がする。


今世ではない。前世で。


私は負けずと歌った。魔物たちは魔王の圧力と私の魔力を載せた歌に挟まれ混乱中。


試しに英語で歌ってみたら魔王がこっちに近づいてきた。私は歌を止めて彼と向き合った。魔物たちも動きを止めている。


彼は知らない言葉で話してから私に通じないことがわかったのか、この世界で広く使われる言葉の一つで話し始めた。


「俺には娘がいた。見目のよかった彼女は腐敗した連中に捕まって蹂躙された。俺は彼女の復讐を誓った。だけどできなかった。殺されたのは俺の方だった。その時声を聴いたんだ。この世界を壊しつくせたなら、あの世界で復讐ができる力を授けられると。」


「その言葉を信じたんですか。」


「いや、信じてなかったさ。」


「ならなぜこんなことを。」


「悲しかったんだ。どうしようもできなくて。この悲しみを、怒りを、どこかへぶつけたかったんだ。」


彼は涙を流していた。


魔王になった男はただ悲しんでいる一人の父親だった。


それから百年ほどかけて、私たちは異世界と行き来する魔法を開発した。


そして行く場所の時間、時代もある程度決められるようになった。


私たちは異世界、魔王になった男の娘が蹂躙され殺される一年前の地球に乗り込んだ。もう前世よりこっちのほうがずっと長いから、もうそっちのが異世界のように思えたのである。


地球に行ったら魔法が使えないんじゃないかと心配したけど、そうはならず。


魔王の彼は力はそのままだった。


当然のように魔王は娘の仇を取ったんだけど、その瞬間彼の力は彼の中から消え、彼の記憶は現在を生きている一人の父親のそれと統合された。


私たちは異世界から来たバンドということで、世界中でコンサートをすることになった。


初めての異世界人の来訪に世界中は大騒ぎになったのだ。


地球では自分が作詞作曲した曲だけ歌った。


何十年も研鑽した末に作った曲たちだからか、それともただ異世界人が異世界言語で歌う曲なのにメロディーとか馴染んでいることを使ってることが面白かったからなのか、すぐに大人気になった。


だけどすぐに世界中にパンデミックが起きて、私たちは元の世界へ戻ることにした。


楽しかったけど、いつまでもこの世界にいるわけにはいかない。


私以外はみんな人外なので、あらぬ誤解を受けたり、科学研究などにサンプル提供を求められたりしていたので。


一部の宗教では悪魔とか言ってたし、あまりいい気分じゃなかったこともある。


それでも動画とかたくさん残ってたし、取材とかされたし。


歌は世界を超えても共通であると知ることができただけいい。


言葉が通じなくても思いが通じるのを知ることができたから、それでいい。


地球で過ごす最終の日、私は声に魔力を載せて歌った。


いつまで差別なんてせず、憎悪に心を曇らせず、人の痛みに共感できたなら、それがどんな人間の痛みであろうと、人の痛みはみんな同じであると。


今の現実に満足せずによりいい世界を思い描いてほしいと。


戻った私たちの世界。


変わらない日常がまた始まる。


命が許される限り、私はこれからもずっと歌い続けるのだろう。

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[良い点] ひとつのことに打ち込む主人公ってのはかっこいいね [一言] 歌をテーマにしたのもっと増えてくれ
[一言] とても好きです。
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