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夜の非日常その3

作者: ☆ひさよ☆

死神のお仕事

夜の住宅街、人通りの少ない路地に、黒いぼろ布を纏った者が漂っていた。その者には線が見えた。命の線、運命の線。それが切れない限り、人は生き続ける。そしてその線を切る仕事をしているのが、その者であった。

今日のターゲットは、女子高生を連れて歩く成人男性である。その男は、幾度となく援助交際を繰り返していた。そんな極悪人なら、死んでも世の為にしかならないであろう。

その男の線を切ろうと、ぼろ布の者は鋏を取り出した。その鋏は、片手で持てるほどの大きさであったが、ぼろ布の者は両手で大事そうに持っていた。

ぼろ布の者が線を切ろうとした時であった。隣を女子高生が通った。しかもその女子高生は、目の前の線を潜っていったのだ。わざわざ身を屈めて、線に体が当たらないようにしていたのだ。

普通、人には線は見えない。なぜなら、人が人を裁くなどおこがましいにもほどがあるからだ。と、ぼろ布の者は上司や先輩に聞かされていたのだ。


「切らないの?」

その娘にあっけにとられていたぼろ布の者は、動きが止まっていた。さらに、娘に声をかけられたぼろ布の者はびくっとして鋏を落としてしまった。鋏を落とした瞬間、線は消えてしまった。線はタイミングを逃すと消えてしまう。そういうものなのだ。

「もう、切れない」

ぼろ布の者は、咄嗟に返事してしまっていた。ぼろ布の者が人と話すなど、普通なら考えられないのに、それがいま現実に起こってしまっていることに、ぼろ布の者はひどく動揺していたのだ。

「そうなの」

娘は素っ気なく返事をした後、続ける。

「死神さんの今日のお仕事はもうおしまい?」

ぼろ布の者は少し躊躇したが、答えることにした。こんなことは二度と起こるものではないと思ったからだ。貴重な体験に目が無いのは、人も神も変わらないのだ。

「しにがみ・・・?」

「あなたたちは私たちにそう呼ばれているよ。だから私もそう呼ぶ」

「今日の仕事は・・・終わりにしてもいい」

「そ。じゃあ、うちにきなよ。話し相手欲しかったんだ」



死神と娘は、娘の家の一室にいた。そこは質素なベッドと勉強机、それからいくつかの収納が置かれた部屋であった。

「ここが私の部屋だよ。お風呂入ってくるからちょっと待ってて」

死神は部屋を見渡す。年頃の娘とは思えないほどに質素な部屋だ。可愛げもない部屋ではあるが、それが娘の人となりを表しているように見えた。


しばらくすると、娘が戻ってきた。

「おまたせ」

娘はベッドに腰かける。

「まずは自己紹介。私はシキ。年は16。性別は女。あなたは?」

死神も答えることにした。しかし、どうして答えようと思ったのかはわからなかった。

「我に名前は無い。この仕事に就いてから日は浅い。100人ほどしかまだ切っていない」

「へー。じゃあ新米死神さんなんだね」

「・・・なぜお前は我の事が見える?」

「さあ? 物心ついたときには変な線が見えて、あなたみたいなのも見えたよ。でも、お話してくれた人は少ないかな。そういえばあなたたちは人じゃないんだっけ」

「我も、我が何者なのかは知らない。だが、我の上司は人とは違うものと言っていた」

「ふーん・・・。まあ、知らなくていいよね。自分が何者なのかなんて」

シキは布団に潜り込んで顔だけ出した。

「何をしているのだ?」

「眠るための準備だよ。あなたたちは知らないかもしれないけど、人は眠らないと生きていけないの。途中で反応無くなったら眠ったってことだよ」

「そうなのか」

死神は興味深そうに頷いた。

「あなたのこと教えてよ。それ聞いてたら安眠できそう。あなたたちの声って地の底から響いてくるみたいな感じがして睡眠用にちょうどいいんだよね」

「我の事?」

死神は首をかしげる。

「そうそう。これまで切ってきた人たちってどんな人たちだったの?」

「そうだな・・・。どいつもろくでもない者ばかりだった。ギャンブルに嵌って借金まみれになったやつや、強盗犯、ホームレスもいたな・・・ってもう寝たのか?」

シキはすーすーと寝息をたてていた。まだ話始めだというのにと、死神は少し落胆していた。しかし、死神はすぐに、なぜ落胆などしているのかと自分を戒めた。

死神はシキが寝ているのを確認すると、家を出て行った。



数日後、死神はシキを発見する。シキは先日切らなかった男と共に建物の中に入っていった。その建物の看板には、『にゃんにゃんホテル』と書いてあった。

死神はシキの後を追い、建物に入っていった。死神は自分に言い聞かす。

「これはあの男を今度こそ切る為だ。決して情が湧いたとかではない」

なんども唱えながら、シキと男が入っていった部屋の中に入ると、そこでは男とシキが性行為を行っていた。死神にも知識はあったが、特に情念を抱くなどということはなかった。なにしろ、死神は人ではないのだから。人に例えれば、動物の交尾を見ているようなものなのだ。

シキは男に突かれながら、小さく喘ぐ。それを見て満足そうな笑みを浮かべながら男がまた突く。そんな行為が繰り返された。



一頻り行為が終わり、各々余韻に浸っていた。すると、おもむろに男が刃物を取り出し、シキに向かって突き立てようとした。

()()殺すの?」

シキが発したその言葉で、男の手は既のところで止まった。

「知ってたのか?」

「噂は聞いてたから」

シキがそう言った直後、男が急に苦しみだし、その場に倒れた。

男は長年の不摂生のせいで、いくつもの生活習慣病を患っていたのだ。その全てが奇跡的に命を蝕まない程度で止まっていたのが、今この瞬間、瓦解したのだ。

それは雪崩のように男を蝕み、男は遅かれ早かれ死ぬだろう。

「切ったの?」

シキは死神に問いかける。シキは途中から死神がいることに気づいていたのだ。

死神は静かに頷く。

「どうして?」

「それは……」

死神は答えられなかった。それを答えてしまえば、死神は死神でなくなってしまう。神は人間に加担してはいけないのだ。情を抱いてはいけないのだ。それは神ではなく、人にだけ許された感情なのだ。

それをシキもわかっていたのか、それ以上は聞かなかった。

シキは、1人着替えを済ませると、死神に一言だけ言い、その場を去った。


「やっぱり、あなた死神にむいてないよ。もしかしたら、誰もむいてる人なんていないのかもしれないけどね」

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