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序章

世界における犯罪や悪行の多くは、あくまが人に乗り移って行われたものらしい。あくまは人を利用し、操り、人を貶める。そして乗り移った人に危害が及ぶ寸前か直後に、あくまは逃げる様にして人の体を見捨てるのだ。見捨てられた人は、すぐに我に返る訳でもない。己のした事と何度も言い聞かせて、ほとんどが最後まであくまの意思に従うのだ。





「おい化け物!」

「がはっ!」


そこはとある人通りの少ない路地裏。

体格も良くない者が一人、六人の学生服に囲まれて蹴る殴る行為をされていた。


「お前みたいなやついると迷惑だって分かんねぇの?」

「やめて……痛い」


少年にしては長めで、少女にしては短めの髪の毛を無理やりに引っ張り上げられて、苦しそうに悶えている。


「おいやめろ!!」

「んあ?」


息を荒らげて登場したのは、そこにいた誰もと違う学生服を着た少年であった。勇気がなくては出来ない行動。その証拠に、少年の足は震えている。


「何だよお前。こいつの知り合いか?」


ボロボロになったその者を乱暴に突き出す。


「いいや、知らない人間だ!」

「ならほっとけ」

「ほっとけるか!!」


少年はその者の髪の毛を掴んだ学生服男に、殴りかかった。少年には分かっていた。体格差もあまり変わらないのだ。それなのに六人も相手取って勝てる自信は無かった。それでも少年は、少年には見過ごせる状況で無かった。見捨てて後悔よりも見捨てず後悔。少年の心持ちは強く。しかし結果は


「ちっ、何なんだよおめぇは! おら、行くぞてめぇら」


文字通り、手も足も出なかった。


「ねぇ、大丈夫? ごめんね、僕なんかのために」

「何言ってんだよお前。そういう時は、ありがとうだろ?」


少年は傷だらけになりながらも、不敵に笑って見せた。


「あ、そっか。ごめん」

「ぷっ……だから、違うって」


言われて、謝っている自身を否定する。


「あ!……ありがとう」


これが二人の出会いだった。





二人はお互い話し合ったところ、他校の生徒同士だった。歳は同じ。学年も同じ高校一年生だ。ボロボロになった二人は、少年の家で汚れた服を洗濯する事にした。


「さ、千風。脱げよ」


あの六人から一方的にやられていたその者の名前は芦川千風という名前だ。最初男か女か分からない様な容姿で、分別はつかなかったが、自分の事を''僕''と言っていて、制服も男物だったので、少年は男同士だと思いながら気軽にそんな事を口にする。


「え?! あ……えっと………その………」


千風は驚いた様に体を(すぼ)める。


「何だよ、脱がなきゃ洗濯出来ねぇだろ?」


少年は何か地雷を踏んでしまったと勘繰る。そこで少年の頭には、千風は女の子疑惑が浮上した。


「あーごめん、そうだよな。体見られるの恥ずかしいよな、普通……そのごめん、そっちシャワー室だから。着替え置いといてくれ。で、千風……はシャワー浴びてて。服は回収しとく」

「あ……ありがとう……優夜」


それから、少年優夜の母が帰ってくる。絆創膏のいくらか貼られた二人の顔を見て驚いていたが、優夜は何でもないと言って誤魔化した。長袖を着ていたから平気だったが、もし袖の下にある痣やすり傷などを見られたら恐らくもっと驚かれただろう。何でもないの一言だけでは済まない。

と冷や冷やしたのは、奇しくも千風の方だった。





それから千風は優夜の母に食事を誘われて、三人で夕食を済ませた。

高校に入ってからの初めてのお友達というのがとてつもなく嬉しかった優夜の母は、終始千風への質問攻めや優夜の恥ずかしい過去晒しをしていた。

話によれば、千風の家はいわゆるボンボンの家で、親は普段から家を留守にしているらしい。

優夜はそこに目をつけた。そしてある提案を持ちかける。


「なあ千風、今日泊まってかないか?」

「え? 僕が? いいよそんな。迷惑だし」

「あーら迷惑なんて事ないわ! 千風ちゃんよーく気が利くし、優夜も新しい高校に入ってなかなから友達も出来てないみたいだったから私も心配してたの! 親睦を深めるって意味でもね! 遠慮する事ないわよ?」


キラキラ笑顔な優夜の母に千風は押されて、恐る恐る頷いた。母の強い押しに引くかと思った優夜だが、千風には少し微笑みが見えたので満足した。


「なあ千風、早く食べて俺の部屋でゲームしよーぜ! 新作のスマプラ! この前買ったんだよ!」

「え! スマプラ! やろうやろう! 僕スマプラ得意なんだよ!」

「お! マジか!? 何のキャラ使うんだ?」

「えー、それは秘密だよ〜」




千風と優夜は、夜十時を過ぎてもゲームに夢中に

なっていた。


「二人とも〜早く寝なさぁーい」

「分かってるー!」


と言いつつも、強すぎる千風に優夜は一度も勝てていない。千風とM2のコンビはあまりにも軽快な動きで優夜とマリスの攻撃を交わす。下唇を噛んでまたもや再戦を挑むが、千風の方もそろそろ限界がきていた。


「優夜、僕もう疲れちゃったよ」

「頼む! あと一回! あと一回で千風を攻略出来そうなんだ!」

「いいよ別に。僕なんか攻略しなくたってさ」


と千風は立ち上がって、優夜のベッドの前に立つ。


「ここ、寝ていい?」

「ああ、良いけど」


ぼふんと音を立てて千風は布団に埋もれる。


「わぁ、これが優夜の匂いかー」

「は!? 何言ってんだ!? 変な事言うな!」

「変な事?」


不思議そうな視線を優夜に送ると、優夜は頬を赤くしながら目を逸らす。


「いや、何でもない……」





気づけば二人は仰向けにベッドに並んでいた。電気を消して、窓から差し込む月明かりの中で互いは顔を確認する。


「なあ千風、お前どうしてあんな目に……いや」


言いかけてやめた。その問いかけでせっかくの楽しい気分を壊したくなかったからだ。


「千風、お前って……男? なのか?」

「僕? ……ふふん、どっちだと思う?」


にやりと優夜を見る。月明かりのせいか、優夜の目には千風の笑みが、艶めかしく映った。


「何なら、触って確かめる?」


千風は優夜の手を取ると、自分の太ももにあてがいそのままゆっくりと上へ上へと滑らせていく。


「待て、俺が悪かった。バカな質問したよ」


と千風の手をそっと退けた。


「千風が男だろうと女だろうと、今日の楽しい出来事は千風と作ったんだ。それで十分だよな」


千風は少し笑った様な気がしたが、優夜は少しだけ気に留めて目を瞑った。


「千風、明日土曜日だろ? 一緒に遊ぶぞ」

「……優夜の家で?」

「いーや、外だよ外。出かけるぞ」

「……外……ね……分かった」


少し千風の返事に元気が無かったように感じた優夜。


「ん? どうしたんだ?」

「ううん、何でもないよ」


優夜は何か至らぬ事を言ってしまったかともう一度自分の発言を(かえり)みる。


「あーそっか。人通りの少ないところは避けて通ろう。そうすれば今日みたいな奴ら手を出せねぇよ」

「いやそういう事じゃなくて」

「えっ?」

「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」


優夜は千風の言動に不透明な気分になりながらも目を閉じて、睡眠へ入ろうとする。段々と意識が薄れる中で、千風が何か呟いた気がした。


「きっと優夜も……僕の事を嫌いになる」





次の日、二人は人通りの多い賑やかな街へと出かけていた。そして、千風が外に行くのを、人通りが多い場所に行くのを渋った理由に優夜は直面する。



「あ、化け物だ。気持ち悪ー」

「歩いてんじゃねーよ、臭いんだって」

「キモ」

「人間の真似すんな化け物」


通り過ぎる人々の多くが冷たい眼差しで千風を見ていた。せっかく遊びに来たというのに。昨日の六人にさえ出くわさなければ大丈夫だと思ったのにと、優夜は己の安直な考えに腹を立てる。


「千風、こっち!」


千風の腕を引っ張り向かったのはカラオケ店。





カラオケ店の個室であれば誰かの声を聞くこともないだろうという優夜の策だ。個室に入ると、案の定先の様な罵倒の連鎖からは逃れる事が出来た。


「なぁ千風……」


俯き加減の千風がいったいどんな表情をしているのか。千風は優夜を見ない。優夜の不安な気持ちは強く煽られる。優夜が千風の頭をそっと撫でようとした。


「優夜……ごめん。嫌な気分だったよね」


唐突と千風は顔を上げる。目からはすっと涙が流れ、優夜に笑いかけていた。


「でも、知って欲しかったんだ。僕がどんな人間か。どう思われているのか」


人通りを避けて歩けば昨日の様に集団で襲われる、人通りの多い場所を歩けば先程みたいに大勢の人々から罵倒を受けてしまう。そんなどうしようもない中で無理に連れ出した自分を、優夜自身が叱責(しっせき)する。


「千風は……どうしてこんな目に」

「昨日、触って確かめるかって聞いたよね。もし僕がいじめられている理由が、僕の体の一部にあるのだと言ったら、君はどうする?」


優夜はごくりと唾を飲み込んで千風の股を凝視する。



そこには膨らみは無かった。でも小さいだけかもしれない。それかもしくは、ついていない。女の子ということだろうか。だから男子の制服を着ているのを見て、人々が蔑んだ目で見ていたのか?

性別不合? だとしても、今の世であそこまで辛辣な思いをさせられてしまうのか。いやそもそも、この世はちっとも良くなんかなっていないのではないか。隠蔽されているだけで、人の質は変わっていない。と優夜は色々考えあぐねっていると、千風の方から口を割った。


「僕ね、性器がないんだよ」


それは優夜が予想していたどの答えとも違っていた。優夜にも学校での教育を経てある程度セクシャルマイノリティについて知識はあるつもりだったが、性器がないというのは聞いた事も無かった。


「僕人間じゃないんだ……だから、ね?」

「それで?」

「え?」


優夜は真っ直ぐな眼差しで、千風を見つめた。


「そんなの、いじめる理由になんかならない……いじめって言うのは人を死に追いやるための殺人手法だ。千風は生きてていい。もちろんあんな奴らにも人の生死を決める裁量なんてあるはずもない」


千風は目を見張る。優夜の言葉とても優しかった。誰からもそんな風に言ってもらった事がない。先の見えない暗闇でずっとただ一人で歩いている中で、初めて光をもった人間と出会えた。千風にとっては、優夜はやっとの思いで見つけた''黒くない''人間だった。


「優夜……ありがとう」


千風はぽろぽろと涙を溢れさせる。その千風の頭にぽんと手を乗せる優夜。


「当然だろ? さ、歌おうぜ! フリータイムいくぞ!」

「うん!」




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