告白
とりあえず書けるとこまで書きました。
店が賑わい始めてレイさんとの会話どころではなくなってからしばらく。
突然サンから声をかけられた。
「おい!オーモンド!レイちゃんにここで弾いてもらっても構わねぇか?」
レイちゃん!?距離感近くない?
「構わないが、ちゃんと金払えよ。レイさんにとっては商売でもあるんだから」
「おうよ!この場にいる全員分払ってやらぁ」
レイさんも何かしゃべっているようだが、店内の喧騒にかき消されてしまっている。
ちょうど客からの注文も少なくなってきたことだし、休憩にもなるだろう。
と考えていると不意にサンが立ち上がり店内の客に向けて声を張り上げた。
「お前らぁー!今日はラッキーだぜ!こちらにいますは十字大陸の北から来たレイちゃんだ。なんと、ここらじゃ聞けない三味線を、今から弾いてくれるって話だ。金はいらねぇ、黙って聞いてな!」
サンの呼びかけにざわざわしていた客の全員がレイさんに注目し、口を閉じる。店内は無音となり三味線から放たれる第一音を今か今かと求めている。
レイさんはやりにくそうにしていたが、撥を構え「では、」と小さく一言。その後に力強くもやさしい音が響き渡り、店内を居酒屋から穏やかな村へと塗り替えていった。油臭かった厨房に爽やかな風が吹いているような気がしてくる。皆は酒を片手にその音に聞き惚れている。
そうしているうちに安らぎの時間はあっという間に過ぎていった。
演奏が終わり、レイさんが一礼すると大きな拍手が鳴り響いた。
その状況にレイさんは驚いていた。聞くとノクスではあまりに普通であるために拍手喝采など起きないのだという。
「いやー、やっぱり外と屋内じゃ聞こえ方が違うわ。良い思い出になった。ありがとう」
「どうしたんだ?死ぬのか?サン」
「死なねぇよ。なんでそうなる」
そんなやり取りをしている横でレイさんはクスクスと笑っている。見るとレイさんは帰り支度を済ませ席を立つところだった。
「では、私はこれで。今日は楽しかったですわ」
「え、もう帰るんですか?って、結構時間経ってるか。これ以上遅くなると危ないですよね」
「ええ。ごちそうさまでした。代金は、」
「俺が払っとくよ」
と、サンがお金をカウンターに置く。申し訳ないとレイさんは銭袋を取り出そうとするが、サンはそれを制止する。
格好つけたいのだろう。
「なんだか悪い気もしますが…。サン、オーモンドさん今日はありがとうございました」
「……また、来てください」
レイさんは僕の言葉に振り向き、ニコッと笑って店を出て行った。
「なあにが、また来てくださいだバカ!夜道は危険つったのはお前だろうが。すぐに追っかけやがれ!でもって宿かどっかに送り届けんだよ!」
バシバシと僕の背中を叩きながらサンが説教をしてくる。
「でも店が…。」
「心配すんな!俺が皆をまとめといてやる。さっさと行け!」
「う、うん。よろしく頼むよ」
言われるがままに僕は店を飛び出しレイさんを探した。
レイさんが店を出てそんなに時間は経っていないはずなのだが、店の近くにも来た道にも姿はなかった。
目が見えない彼女は歩くのが遅いはずだが、どこにも見当たらないとなると…。嫌なことを考えてしまった。早く見つけないと。
「レイさーん!いたら返事してくださーい!」
周りの目も気にせず大声を出し探しまわる。すると視界の端に親友のノームを捉えた。
路地裏に入っていく彼に疑問を抱きながら後を追う。
ノームを追いかけ声をかけようとした瞬間、目に映った光景に言葉が詰まった。
壁に背中をつけて泣いているノームと、刀を突き付ける笠を被った見覚えのある人物。
「…の、ノーム?」
名前を呼んだ瞬間ノームは勢いよくこちらに振り向き、恐怖におびえ歪めた顔を見せる。
彼は僕を認識したと同時に全力でこちらに駆け寄ってくる。うわあああああああ!っと叫びながら。
「ど、どうしたんだよノーム。あの人は」
「助けてくれ!死にたくない、俺は何もやってない。殺されるようなことはなにも…」
「落ち着いて。なにがあったんだ」
状況を聞き出そうにもノームは混乱していて説明できそうにない。
ノームを見る視界の端に、カンカンと杖で地面を突きながら近づいてくる人影。その時、考えないようにしていた情報から脳が勝手に解を導き出していく。
笠を深く被り、着物を着た、杖を突いている、背中に長い包みを背負った、女性。
きっと包みの中には三味線が入っているのだろう。
「なぜ、このようなことを。レイさん」
「その声は、オーモンドさん」
彼女は僕の声に気付き歩みを止める。
「その方をこちらに」
「ノームに何をする気だ!」
「見て、わかりませんか?」
わかるさ。見えているんだから。
「彼がなにをしたって言うんだ!殺されるようなことなのか?」
「私は、なにも。ですが、殺せと…。」
彼女の歩みが再開する。一歩、また一歩と。
「レイさん。あなたは、理由もわからないまま誰かを殺すのですか」
迫りくる死の恐怖にノームはただ震えている。
「僕が知る限り、彼は何もしていない!」
一歩。
「彼は僕の親友なんだ!」
一歩。
「やめろ」
また一歩。
「やめてくれ」
あと一歩。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
彼女は何も言わず、刀を振った。
だが、彼女の持つ刀からは一滴も血は落ちなかった。
「は、ははは、はははははははは!生きてる。俺は生きてる!」
「よかった。レイさん、やっぱりあなたは…」
「どうか、安らかに」
「へ?」
彼女の言葉と同時に、抱き合っていたノームの呂律が回らなくなり、首からはじわじわと赤黒い血が滲み始めた。そして、ボトッ…と重みのある鈍い音が聞こえた。
「あ、ぁああ……あ、あ」
「………」
彼女は何も言わずただ立ってこちらを見ている。
ノームからは返事が返ってこない。
「どうして…」
「………」
抱いていたノームの体を静かに寝かせる。
「なぜ?」
「………」
彼女の閉じた目を見る。
「人じゃない」
この一言に彼女はピクッと身体を緊張させる。
その様子を見て僕は何を思ったのか、あるいは何も考えていなかったのか。
口が勝手に動き、喉が震える。
「あんた、人間じゃないよ。種族的な意味じゃなくてさ。なんていうのかな。意思のある生き物じゃないっていうか。はぁ…、なに言ってんだろ」
彼女が何も言わないことをいいことに感情が溢れ出していく。
「僕ね、彼に相談してたんだ。気になる人がいるって。あの時銭投げたでしょ?あれ、ノームのおかげだったんだ。彼がいなければ僕とあんたは仲良くなれなかった。あんたとの会話とか、手繋いだこととか、あいつに話してびっくりさせるつもりだったんだ。…なのに」
彼女は静かにこちらを見つめている。薄く涙を浮かべているようにも見える。だが、僕はもう止まらない。止められない。
「なのに!…あんたが殺した。その刀で、その手で!……よくもまあ人を殺した手で弾けるよなぁ。僕、あんたの手を綺麗だって言ったよね。そうだろうね。だって血の一滴汚れていないんだから!大した技だよ。すごいすごい!」
自分が壊れていく。何もかもどうでも良いと、目の前の女を壊してしまいたいと思う。
「何人殺したのかなぁ?何人殺せばそんなことできるようになるのかなぁ?答えなくていいよ。聞きたくもないし。あーあ、この際全部言ってしまおうか。…ははは。」
もっと仲良くなってから言うつもりだったのに。
「バレてたかもしれないけど、僕はあんたに惚れてたんだ。自分の気持ちに真剣に向き合って、一目惚れだけど頑張ろうって。僕は、……あなたが好きでした。…、今は変わってしまったよ。僕を一緒に殺さなかったのは命令されていなかったからだろう?このまま放っておかれるだけなら言いたいことがある。もう二度と、その顔を僕に見せないでくれ。僕の視界に入ってくるな!その音を僕に聞かせるなぁ!」
僕の言葉を全て受け止めた彼女は何も言わず、笠をはずし頭を深々と下げる。
顔を上げると、路地の奥へと歩き始める。
僕は離れていく彼女の背中に向けて、呪いを口にする。
「あんたが奪った命の全てを、重さを忘れるなよ」
彼女の姿が闇の中に消えてからも、杖を突く音が路地裏に響いていた。
その後、街の警備兵を呼び事情を説明した。
精神的な疲労もあるだろうと一度帰宅するように言われた。ノームは警備兵が預かるそうだ。
ぼーッとしばらく歩いているとモヤモヤした何かにぶつかった。
「すみません」
訳も分からず反射的に謝る。
するとそのモヤモヤからおよそ人とは思えない声が聞こえてきた。
『オ前ニダケ、ノームノ罪ヲ教エヨウ』
モヤモヤから出てきたノームという名前に反応し、睨みつける。
『子供ノ誘拐ト売買。裏取引。ソシテ、組織ノ裏切リ』
「何を言って…」
『事実ダ。気ノ毒ダガ彼ノ事ハ忘レテ、我々ニモ関ワラズ生キテイクコトダナ』
そういうとモヤモヤは霧散し呼びかけても返事は返ってこなかった。
店に帰ると、血まみれの僕を見てぎょっとした様子のサンが慌てて店の奥に押し込んだ。
何があったと聞かれたが答える気力もなく、僕を休ませるために店の片づけを引き受けてくれた。
ノームの事件から数日。
街で目無しを見ることはなくなり、あの珍しい音も聞かなくなった。
気持ちを落ち着かせるために今は店を閉めている。
僕の初恋は辛い記憶として刻まれている。今後しばらく、あるいは死ぬまで女性に好意を抱くことはないかもしれない。あのモヤモヤが言っていた組織も気になるが、今は関わりたくない。
僕のこれからの人生、どうなるのだろうか。
どうも、ぬるま湯です。皆さんは休日に何をして過ごしているのでしょうか。私は基本寝てます。二度寝の幸福感はたまりませんね。休日を無駄にしたとは思いませんよ。好きで寝ているのですから。さて、オーモンドを中心とした話はここまでですね。次回はまだ未定ですが、目無し視点ではありません。気長に待っててください。ではまた。