気になるあの人
まだまだ暑いですね。体調管理はしっかりとしていきましょう。
緊張で手汗を気にしながら歩くこと10分。
表通りから少し外れた場所にある我が店に到着した。
「着きました。ここが僕の店です」
「案内ありがとうございました。ところで、オーモンドさんがここにいるなら店はまだ開いていないのではないですか?」
「そうですが、仕込みは終わっているのでいつでも開けられるんです。今日は特別に早く開店としましょう」
「あらあら。私のためにわざわざありがとうございます」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女。
僕は胸のむずむずとした感覚に耐えられず、名前を呼んで手を引こうとした。が、かける言葉が出てこなかった。というのも、ここに来るまでの会話で名前を聞いてみたのだが、長考の末に出てきた答えが『目無し』。さすがに呼べないと別の呼び方を聞くも結局名前を教えてもらうことはなかった。なので会話の始まりが「あの」、「えっと」となってしまっている。
「……っ、じゃあ席に案内するので手を…」
「はい。よろしくお願いします」
彼女の手を引き厨房の中を覗けるカウンター席に案内する。ここなら僕と会話もできるし、食べる様子も見れる。僕にしては攻めた行動だとノームに褒めてもらえるだろう。
「椅子が少し高いので気を付けてください。あと足元に荷物を入れる籠があるのでよかったら入れますよ」
「では、これとこれを、笠は…」
「余裕があるのでこちらに」
彼女から杖と笠、一番大事に扱わなければならない三味線を受け取り、籠に入れていく。
「あの、心配なので足で触れるようにしていただけませんか?」
「足!?ああ、そうか。そうですよね。じゃあ失礼しまして、足の間で挟む形でいいですかね」
少し驚いたが当然か。目が見えない彼女には触れることでしか物の確認がとれないのだ。
彼女に手が触れないように籠をスライドさせる。
道具があることを確認し安心した表情を見せる彼女。それと同時にぐぅ~ッと彼女のおなかが鳴り、顔を真っ赤にする。
「えと、なに食べますか?メニューは…っと見えないんだっけ。リクエストがあれば作りますよ」
「…うぅ。では、このお店の一番人気、あるいはオーモンドさんのおすすめでお願いします。好き嫌いはないので気にしないでくださいまし」
おすすめ!?一番人気は焼き魚だけど、食べやすさを考えると…、オムライスかな。
「すぐできるので待っててください」
「この匂いはバターですね。それと卵。良い匂い。卵料理…何でしょうか」
彼女は何を作るか知らされていないので、小さく独り言で料理名をつぶやいる。
「はい、できました。熱いので気を付けてください。あ、スプーンここです。どうぞ」
「スプーンで食べる料理ですね。んー、オムライス…でしょうか」
「正解です。実はスープもあるのですが、どうしますか?」
「オムライスの奥に置いてくださいまし。場所が分かればこぼしたりしませんから」
スープを指定された場所に置く。
彼女は手を合わせて「いただきます」と小さく言って食べ始める。
オムライスのお皿の端を手でなぞっていく。次にオムライスの大きさをスプーンでなぞり確認し一口サイズにすくって口に運ぶ。
「珍しいですよね、私のような人の食べ方は。見られるのは慣れているので気にしませんわ」
「やっぱり見ているのわかっちゃいますか。ははは、すみません。おいしそうに食べてくれるのでつい」
「へ、変な顔していませんか!?見えないから自分がどんな顔をしているのか分からなくて。うぅ…恥ずかしぃ」
あまり見ているわけにもいかないので厨房を歩き回ることにした。
しばらくするとガラガラと店に入ってくる音がする。常連のおっさんだ。
「おう!今日は早ぇじゃねーか。なんかいいことでもあったのか?」
「ああ、ちょっとな。好きなとこに座ってくれ」
「いつものとこ、っと言いたいが先客がいたか。見ねぇ顔だな。隣いいかい?」
「ええ、どうぞ」
「言っとくけど、いつものだる絡みしたら追い出すからね」
「わーってるよ。で、ねぇちゃんはどっから来たん?普段何やってんのよ」
言った傍から。問題を起こすような客じゃないんだけど、誰にでもグイグイ行くから合わない客には迷惑がられている。
「すみません。もう少しで食べ終わるので、そのあとでなら…」
「おっとすまねぇ。ゆっくり食べな」
「今日は随分と素直だね」
「うるせえ」
その後、彼女が食べ終わるまでおっさんと世間話をしていた。
彼女が食事を終えるとおっさんが再度質問を投げかける。
「さっきも聞いたが、ねぇちゃんはどこの出身なんだ?」
「大陸の北にある小さな村ですわ」
「北は合ってたか。俺は北の都のノクスだと思ってたんだがなぁ」
「理由を聞いても?」
「ねぇちゃん、昼間に三味線弾いてたろ?ここらで三味線弾けるやつは見たことがない。三味線はノクスでよく弾かれる楽器っつーことは知ってたから、単純につなげただけよ」
「聞いてくださっていたのですね。この三味線は母のなんです。私が一人前だと認められた時にもらったもので、大切な宝物です」
と彼女は布に包まれた三味線を膝の上で撫でながら微笑む。
「技術を継がせるのも楽じゃないだろうよ。立派なもんだ。…にしてもよく一人旅が許されたな。普通に生きるだけでも大変だろうに」
「許可はもらってない、というかなんと言いますか……。その…」
「あーっと、聞いちゃまずかったか。すまねぇ。無理に答えなくていいって」
さすがのおっさんでも察したか。誰にでも踏み入ってほしくないこともある。うん、ちょっと気になるけど。
「じゃあよ、ねぇちゃんの名前はなんつーのよ。そこら辺の奴らは『目無し』って呼んでっけど、嫌じゃねーの?」
『目無し』ってそこからだったのか。彼女が考えたにしては呼びたくない呼び方だったから。そうか、他人から付けられてたのか。
「嫌ではありませんわ。私の目が見えないことがすぐに伝わって、気遣いもされてしまうお得な呼び名ではありませんか」
「本人がそーゆーなら良いんだろうけどよ、聞いてるこっちは胸糞悪いんだよな。人の気持ちを考えない奴が付けたんだと思うぜ?そんな呼び方を俺はしたくないのよ。だから名前を聞いたんだが、ダメか?無理にとは言わねぇけどよ」
おっさん、あんた良い奴なんだな。僕も同じ思いだよ。
「そこまで言われたら教えないなんて出来ませんわね。珍しくもありませんわ。私はレイと申します」
おっさんナイス!僕が聞けなかった名前を聞き出してくれた!
「名前に珍しいも何もないだろ。親御さんからもらった良い名前じゃねぇか。隠す必要もないだろうに。っと、俺も名乗ってなかったな。人に聞く前にまずは自分からってのによ。俺はサンだ、よろしくな」
「覚えておきます。あの、次は私から質問しても?」
「おうよ!何でも聞きな!」
二人が打ち解け盛り上がると同時に、店に来る客が増え始めた。
これを逃すと二度と機会が来ないと思い僕も二人の会話に混ざりたかったが、店の仕事があるために離れざるを得なかった。……後でおっさんから聞き出そう。
最近急に雨が降ったり、雷が鳴ったりとよく荒れますね。と、後書きの書き方を忘れたぬるま湯です。次回の投稿も未定ですが、読んでくれる皆様に感謝です。ありがとうございます!