悩み事
暑いですね。熱中症に気を付けてくださいね。
ここは十字大陸の南端の都カノン。
気候は穏やかで滅多に荒れることはない。
この地で種族間の争いを終わらせたことから平和の象徴とされている。
ここに住む種族は多種多様で、他の都に比べて偏りが見られないのも平和の象徴と言える。
そんな街で居酒屋をしている僕はとある女性に好意を抱き、友人に相談に乗ってもらっていた。
~喫茶店のテラス席~
「で、話しかけたことは?」
「ない!」
「ん?じゃあ、店に来たとか?」
「来てない」
「…。それどこの誰だよ」
「知らない」
「はぁ…。オーモンド、お前よ。なんで情報量少ないんだよ。普通は怪しまれない程度に調べるもんだろ?」
「そんな、一歩間違えたらストーカーって思われるようなことはしないよ」
「相談に乗るんじゃなかったかもなぁ」
この呆れている友人がノーム。僕の唯一の親友だ。
ノームは僕みたいに悩まずにすぐ行動するタイプで、何か参考にならないか相談したのだ。
彼が出す案に心配な要素を聞いていったら、とうとう呆れられてしまった。
「まずは相手に認識してもらわないと始まらないんだよ。彼女にとって今のお前はそこらへんのモブだ」
「そうだよねー。」
うーんと考えながら人の通りを眺める。
どの人を見てもなんとも思わないのに、なんで一瞬見ただけの人にドキッとしたんだろう。
流れる人、人、人と目で追う。その時、視界のすべてがスローモーションになった。
人と人の間を抜けて丁度この喫茶店の反対側に例の女性が立っていたのだ。
「あ、あの人だ!」
「急に大きな声出すなって。どこにいるんだ?」
「あそこ!反対側にいる!」
「んー、見えにくいが…。お、ちょっと見えた。ほうほう、なるほど。なかなかの美人じゃねえか」
「でしょ。でもあんなところで何をしてるんだろう」
その女性は被っていた笠を地面に逆さに置き、背負っていた布に包まれたものを取り出す。
中からはあまり見かけることのない三味線が出てきた。
「ありゃ銭稼ぎだ。手にしてるあいつを弾いて通りがかりの客からちょっとした小遣いをもらってんだな」
「でもそれって他の楽器のイメージがあるよね」
「確かにな。その証拠にほら、物珍しさに人が集まってるぜ」
なんだなんだと道行く人が足を止め、あっという間に彼女を視認できなくなってしまった。
「なにしてる。早く行け!これは彼女のモブから昇格するチャンスだ。いいか?金を渡すときに話しかけるんだ」
「え、でもなんて言えばいいか…」
「感想でもなんでもいいんだよ。とっとと行きやがれ!」
バシッと背中を叩かれ人混みに押し入れられる。
こういうのは人をかき分けるものじゃないんだけど、入ってしまったものはしょうがない。
すみませんと何度も謝りながら進む。
やっとの思いで人混みを抜けると、今まさに彼女が三味線を弾こうとしている時だった。
再度訪れるスローモーション。長い黒髪をわずかに揺らし、右手の撥を弦に近づける。ついに弦が弾かれた瞬間、時間が一気に加速し周囲の雑音が消えた。まるでこの場に彼女と僕の二人だけしかいないかのようだった。目を瞑っている彼女はただひたすらに両手を動かしている。その見事な手捌き、三味線を弾くことによってさらに増した彼女の美しさに僕はただ見惚れていた。
気が付くと演奏は終わっていた。それどころか周りの人はまた流れることを再開し、彼女は三味線を片付け終えていた。僕は慌てて手持ちのお金を渡しに行く。
「あ、あの!これ受け取ってください!」
何言ってるんだ僕は。他にも言い方があっただろう!
「あらあら。どうもありがとうございます。そこの笠に入れていただけますか?」
「ああ、はい。さっきの演奏とてもよかったです。終わってからもしばらくぼーっとしちゃいました。あはは…。」
「ふふ、面白い方もいらっしゃるのですね。お名前を聞いても?」
「お、オーモンドです。居酒屋やってて、よかったら来てください!サービスしますので」
「サービスなんてそんな。普通のお客様と同じようにしてくださいまし」
焦りすぎて余計なことまで言ってしまったが、これは良い流れなのではないか?
「と言ってもお酒は飲めなくて。私のようなのが一人でいると場違いなのではないでしょうか」
「だ、大丈夫ですよ。居酒屋って言っても食事がメインの人が多いですから。それに、あなたを悪く言うやつは僕が追い出します」
「そこまでしなくてもいいと思いますが。でしたら今日はそちらでお夕飯を済ませていきましょう。案内していただけますか?」
「は、はい!もちろんです!」
「うふふ。少し待っていただけますか?残りも片付けますので」
「手伝います!」
やった!途中から頭真っ白だったけど一緒の時間が作れた。ありがとうノーム。僕がんばったよ。
そう思ってノームの方を振り返るとそこに姿はなかった。…ノーム、お前。
笠の中のお金を袋に入れ、彼女の移動の準備は完了。いざ、我が店へ!
と歩き出そうとした時、彼女から手を差し出された。
「手を引いていただけませんか?」
「手ですか!?」
いきなり手を繋ぐだと!?許されるのか?いや、女性をエスコートするんだ。彼氏彼女の手繋ぎとは違う。落ち着けオーモンド。
「で、では失礼します」
「あらあら。オーモンドさんの手は大きいのですね」
「そ、そんなことないと思います。友人もこれくらいですし、普通の大きさではないですか?…そちらの手は細くて、とても綺麗です」
「この手が綺麗、ですか。そう見えるのですね」ボソッ
ん?今何か言っていたような。
「さあさ、早くしませんと日が暮れてしまいます」
「ああ、そうですね。では、行きましょう」
いつもより遅めで歩き出す。手を繋いでいるからか少し違和感がある。
「あらあら。少し早いですわ。もっとゆっくり歩いてくださいまし」
彼女は倒れないように杖を突きバランスをとっている。
僕としたことが、彼女への配慮が足りていなかったか。反省してもっとゆっくり…。
「あの、失礼ですが…、なぜずっと目を閉じているのでしょうか」
「目?ああ、これですか。きっと驚かれると思いますが、よろしいですか?」
驚く?目になにがあるというんだ?
「実は、こういうことでございまして」
ゆっくりと開いたその目は、輝きを失っていた。
「見えないのですか?」
「…はい。」
「なにも?」
「真っ暗です」
驚くことに僕が好意を抱いている女性は目が完全に見えなかった。
どうも、ぬるま湯です。このお話ですが、基本的に目無しの視点では書かないつもりです。って言って2、3話後で書いたりしちゃうんですよね。うん。頑張ります。