小さな歯車
時間が経つのが早い!
「セルシュくん。キミのお父さんは亡くなってしまったよ。とても残念なことだ。」
幼い頃、知らない人に突然告げられた父の訃報から、僕の人生はただただ落ちていくだけのものになった。
母は妹を産んですぐに他界した。それからは、妹が大きくなるまで父の稼ぎでなんとか食べていける状態だった。当時7歳の僕は働けるはずもなく、妹の面倒を見ながら家事をこなす。それしかできることが無かった。
父は自身の職業について話すことはなかった。子供二人をギリギリ養えるくらいのお金を稼げる仕事ということしかわからなかった。時々、ひどく疲れて帰ってきていたけど、愚痴の一つもこぼさずに笑っているのを見て、立派な大人でかっこいいと憧れた。
妹が大きなって、僕も働けるようになった頃、妹が病で倒れてしまった。医者に連れていくと治すのが難しく、治療をするにも大金が必要だと言われた。医者の言葉に父は顔を曇らせ、しばらく考え込んでいた。
「金はなんとかする。だから絶対にセリナのことは助けてくれ!」
考えた後に何かを決心した父は医者にそう言った。当時の父と僕の稼ぎを合わせても足りない額だったが、その時の父には当てがあったようだ。
その後、僕はその父が当てにしていたものが悪いものだったことを、父の死と共に知ることになった。
「ニャー、ニャーォ。」
鳴き声と同時に顔に何かが当たる違和感で目を覚ます。目を薄く開いて鳴き声のする方を見ると、真っ黒な猫が僕の顔の前に座って前足を少し上げていた。察するに僕の顔を叩いて起こそうとしていたのだろう。
僕がむくりと身体を起こすと、その猫はベッドから飛び降りてどこかへと歩いて行った。
しばらくボーッとしているとだんだん意識が覚醒してくる。ハッとして時計を見るとバイトに間に合うかギリギリの時間だった。
僕は急いで支度をして家を飛び出した。
バイト先にはいつも時間に余裕をもって着くようにしていたので少し心配されたが、今日も問題なく仕事を終えることができた。
掛け持ちで働いているため、バイトが終わればバイトが始まる。家に帰るのは日付が変わってからが日常となってしまっている。
すべては妹のため。暇を見つけては見舞いに行くようにしている。時々心配そうに僕を見つめる妹の顔を見ると、憧れた父の姿にはまだ追いつけていないんだと自覚してしまう。
良くも悪くも今こうして妹の治療が継続できているのは父のおかげだ。彼を恨むことはないが、今まで医者を疑ったことは何度もある。借金の相手と医者が繋がっていて、ただ搾取され続けているのではないかと。これは都合のいい妄想だということはわかっている。こう考えてしまうほどに疲弊していることもわかっている。でも、生まれながらに弱者な僕には運命に従っていくしかない。
またネガティブなことを考えながら、疲れきった身体をなんとか動かし家に帰る。扉を開けると真っ黒な猫が何も言わずにただジッとこちらを見て座っていた。影で作られたそれに目はないはずなのだが、しっかりと僕を見ていることがなんとなくわかった。
僕はつい癖でその猫の頭を撫でた。撫でてしまった。撫でてすぐにその行動があのヒトを呼び出すサインだということを思い出した。取り消そうと思ったがやり方を知らない僕にはどうすることもできず、彼女の到着を待つしかなかった。
猫を撫でてから約10分は経過した頃。コンコンと家の扉をノックする音が聞こえた。僕は急いで扉まで向かい、「すみません!間違えました!」という謝罪と共に玄関の扉を開け放った。しかし、目の前に立っていたのは着物に笠を被り、予想していたヒトよりも身長の高い女性だった。僕がその状況に理解が追い付かず固まっていると、目の前の女性は挨拶と共に自己紹介をしてくれた。
「こ、こんばんは。『何でも屋』をやっているレイと申します。アルスタちゃんに言われて参りました。」
笠をとり深々とお辞儀をするそのヒトは、今まで見てきた女性の中でも一二を争うほどに美しいと感じた。
僕が反応しないことにレイと名乗った女性は「あの~。」と応答するように促す。そこでやっと僕の脳は状況を理解し、再び謝罪をしようと信号を送り始める。
「ごめんなさい。アルスタさんが来ると…思ってて。他にも、…いらっしゃったんですね。」
相変わらず初対面のヒトとの会話がぎこちない…。相手を不快にさせているだろうと顔色を窺うと、レイさんはニコッと笑っていた。しかし、僕にはその表情が愛想笑いのようには見えず、『ただ口角を上げているだけの顔』という自分でもよくわからない認識をしていた。
「アルスタちゃんは今忙しいみたいで、私が代わりに様子を見に参りました。先程間違えたと言っていましたね。誤報ということでしょうか。」
僕の散らかった少ない言葉から的確に読み取れるなんて、何でも屋のヒトたちはみんな心を読めるんじゃないか?
「は、はい。そういう…ことです。ご迷惑をおかけしました。そ、そうだ。迷惑料ということで、これくらいぃ…、ですかねぇ?」
身体に染み付いた習性でポケットからお金を取り出す。こうすることでいつも厄介ごとを回避しているのだ。助けてくれたアルスタさんの同業者を疑うつもりはないが、やらないよりはいいだろう。このヒトも仕事あるいは睡眠を邪魔されたようなものなのだから。
レイさんの前にお金を差し出すが、受け取る気はないのかピクリとも腕を動かす気配はない。表情も変わらない。額が足りないのかと追加してみるがそれでも受け取ろうとはしない。レイさんの意図がわからず困っていると、差し出していたお金を戻すように腕を押し返してきた。同時に静かな声音でレイさんは僕に問いかけてきた。
「いつもこのようなことを?」
「……はい。」
問いかけに対し僕は小さく答えた。きっと周りのヒトたちのようにわかりきった忠告をされる。そう思いながら返事をした。しかし、僕の予想は外れた。
「そちらの『猫を撫でる』という行為ですが、本当に間違いですか?」
彼女の言葉の意味が分からず、しばらく考え込む。
猫を撫でる。それはアルスタさんとの約束。何でも屋に依頼をすること。依頼内容が決まったら何でも屋を呼ぶために預けられた猫。つまりレイさんは、本当に困り事はないのか?と聞いている。困りごとは……、ある。借金、妹の病気。お金の相談なんてしたところで何の解決にもならないだろう。ならば、せめて僕たち家族が騙され続けているのではないか?という疑いに答えを見つけられれば、気持ちがいくらかマシになる。
改めて整理がついたところでレイさんに向けて口を開く。
「間違いでは…なかったです。何でも屋さんに、お願いしたいことがあります。聞いて…いただけますか。」
「もちろんです!何でも屋ですから。」
そう勢いよく答えるレイさんの表情には、最初に感じた違和感は見られなかった。
レイさんを家の中に通し、改めて僕たち家族の現状を伝えた。そして、借金をしている相手と妹がかかっている医者について調査してほしいと依頼をした。
一通り話を聞いた彼女は、いつの間にか膝の上に乗せていた猫を撫でながらうんうんと頷き口を開く。
「その依頼受けましょう。料金は先程見せていただいたお金の2倍ってところでしょうか。支払いは結果を報告するときで構いません。成功報酬ってやつです。」
「それって、あまりにも少なすぎませんか?だって、さっき僕が出したお金って…。」
僕が1日働いた給料の半分くらいだ。それの2倍。こちらとしてはありがたいが、何でも屋としては儲けにもならないと思うのだが。
チラッと彼女を見ると、問題ないと顔に書いてあるかのような表情をしていた。これ以上聞くのも野暮だと思い、「お願いします。」とだけ言ってこの話は一旦終わりとなった。
「では、経過報告もしますのでまた伺います。なにかあればそちらの猫を撫でてお知らせください。」
「はい。よろしくお願いします。」
レイさんは軽く頭を下げて家を出ていった。
再び1人(と1匹)となった僕は、猫を不用意に撫でないように気を付ける日々を続けることになった。
どうも私です。暖かくなってきましたね。季節の変わり目は体調を崩しやすいので皆さんも気を付けてくださいね。さて、お話書き終えるために頑張るぞと言ってからのこの更新頻度。いったいどうなることやら。皆さんの呆れている顔が、たくさん。あるのかな?あるか。ごめんなさい。こんな私ですが今後もよろしくお願いいたします。




