下準備
作戦会議の翌日。
目無しちゃんはいつも通り街中を歩き回っての情報収集へ出かけた。ウチことアルスタはというと手紙を書きまくっていた。宛先は依頼の先々で知り合ったヒトたち。個人的にお世話になったおばちゃんから同じ吸血族の友人と、思いつく限り全員に向けた手紙だ。敵による破壊活動のこと、十字大陸どこにいても危険だということ。そして、敵に対向するために力を貸してほしいという救援要請。
ヒトはどこかで必ず繋がっている。個人の繋がりは細く短いものだとしても、その線はどこまでも分岐し、やがて全てが結びつく。それはまるで十字大陸全土に張り巡らされた蜘蛛の巣と言えよう。その蜘蛛の巣をこの手紙で可視化し、敵を引っ掛けようというのが狙いだ。
作業開始からどれほどの時間が経ったのか。ひたすら文字を書き続ける作業に腕が悲鳴を上げ始めた頃、コンコンッと部屋をノックする音が聞こえた。どうぞと返事をし、入口に振り返る。ガチャッと扉を開けて入って来たのは宿屋のおっちゃんだった。
「じゃまするぞー。昼になっても降りて来ねえからなんかあったのかと思ってよ。」
そういえばおっちゃんに説明するのを忘れてたな。丁度いいと思い、今の状況を簡単に説明した。
この宿屋は組織に用意されたものであり、おっちゃんも敵の息がかかっている可能性がある。その場合、作戦内容は筒抜けだろうが、もちろん織り込み済みである。
「おっちゃんは敵?それとも味方?」
部屋の光源は扉の横にあり、おっちゃんの影はウチの足下に伸びている。その影をわざとらしく踏みながら質問をした。入ってきた直後に聞いたのだが、問われたおっちゃんは恐れも緊張も見せることなく「味方だ」と即答した。口で言うのは簡単なことだ。何か味方だと証明できるものが欲しい。そう思い部屋の中で使えそうなものを探していると、おっちゃんは懐から一枚の紙を取り出し、文字の書かれた面をウチに向けて広げた。
『聞かれてる』
敵あるいは組織の盗聴を意味するその文を視認し、おっちゃんと目配せして話を合わせる。
「証明できるものは?」
「組織が俺に与えている情報でどうだ?」
「足りない。」
「なら指で足りるか?」
おっちゃんは言いながら指文字で『ちか』と伝えてくる。
「そもそも切る覚悟があったらやっても意味ないでしょ。」
ウチは口でそう答えながら指文字で『いく』と返す。
「まいったなぁ。これ以上なにを出せばいい?」
「うーん、そうだなぁ。しばらくおっちゃんを監視下においてウチらに友好的な態度だったら信じてあげる。」
「わかった。まずは目の前で飯でも作ってやるかな。腹減ったろ?全部毒味するから安心しろ。」
そう言っておっちゃんは部屋から出ていく。ウチもその後に続き、二人で食道へと向かった。
食事を終えると、おっちゃんに地下へと案内された。完全防音で盗聴器の類は仕掛けられていなかった。解放されたという安堵から二人で同時にため息をついた。
宿屋の地下には非常時に備えた食料の他に、武器や防具などの装備が整えられていた。各地の拠点となる宿屋の地下には必ず用意されているらしい。
「こうして宿屋には組織に何かがあったときに独自に動けるように設けてあるのさ。まあ、ここは敵にバレてる上に盗聴器を仕掛けるように脅されているがな。」
「他の宿屋も同じようにバレてるとして、どうしてここの地下は無事なの?」
組織が乗っ取られた時点で敵に情報が渡っている。地下の存在だって知ってて当然。なのにここには盗聴器がない。ウチの質問におっちゃんは顔をしかめて答える。
「わからん。随分と前に他の宿屋と連絡を取り合うことをやめたからな。ここが特別なだけかもしれない。」
おっちゃんは床に座って、少し長話になるとこちらに確認してくる。ウチは壁に寄りかかり続けてと返すと、おっちゃんは話し始めた。
「何日か前、ちょうどお前さんが泥棒を探してた頃だな。1つの木箱が届いたんだ。中には盗聴器とお前さんたちの行動範囲全てに設置しろっていう指示書が入っていた。ここの住所を記して一般の配送屋を利用して送って来たということは、既にここは敵の監視下に置かれていると言えるだろう。だが、宿泊客の中に怪しいヤツはいなかったし、中までは割れていないと腹括って地下だけには盗聴器を設置しなかった。その結果、今までお咎めなしだ。」
いまいち敵の行動が読めないなぁ。そこまで把握していて直接手を出さないということは、監視している敵がウチらより戦闘面では下ということ?だったら強いヤツを送ってくればいい。そうしなかったのは別にリソースを回す必要があったということ?もしくは強いと確信を持って言えるヒトがいない?
ぐるぐると考えているウチを見ても、おっちゃんは気にすることなく話を続ける。
「お前さんらにもっと早く伝えるべきだったんだろうが、設置してすぐ対策しちまうと向こうに気付かれちまうから、こんなに遅くなっちまった。すまねぇ。」
おっちゃんは床に打ちつけそうな勢いで頭を下げて謝罪する。
「そーゆーのいいよ。おっちゃんも死にたくなかったんでしょ。てかウチら宿で大事な話しないから大丈夫でしょ。つーか何話しても既に敵さんは知ってることだろうし関係ないよ。あーでも、目無しちゃんのパンツの色を聞かれたのはマズい?」
冗談交じりでおっちゃんの謝罪を受け流すと、おっちゃんは気まずそうに少し笑って顔を上げ、話を再開した。
「奴らがお前さんたちに何をしたいのかはわからんが、ずっと前から監視されていることは確かだ。その上でもう一度、お前さんたちの計画を練り直した方がいいんじゃねぇかと俺は思う。」
「大丈夫。むしろ盗聴がそんなに最近からだったのが驚きだね。想定ではもっと前からされてると思ってたから。心配ない。計画に変更はないよ。」
ウチがそう答えると、おっちゃんは悪いことをした子供のように少し顔を俯かせて「そうかい。」と返すだけだった。
「だからさぁおっちゃん。キミも協力したまえ。この天才アルスタちゃんが考えた計画は必ず良い結果に繋がるだろう。さっきも話したけど、敵を捕まえるにはこの大陸のみんなでやらなきゃダメだ。おっちゃんの交友関係だって広いだろ?」
この問いかけに対しておっちゃんは少しだけ元気を取り戻してくれたようで、知り合いの数を指折り数え始めた。
「忘れる前にリストアップして全員と連絡とってよ。あと、盗聴器はそのままでいいから。護身用に武器装備しときな。そこまでは面倒見切れないから。じゃ、ウチはこれから出かける。」
「おう。気ぃ付けてな。」
おっちゃんの返事はいつもの声に戻っていた。
ウチは地下室を出ると書き終えていた手紙を影に入れて、配送屋へと向かった。
宿屋を後にしてしばらく歩き、目的の配送屋に到着した。カランカランと来客を伝える音と共に店内に入る。来店の音に反応して奥の部屋から元気に返事をして出てきたのは、数日前家の窓辺でちょっとお話したドルトンだった。
「おや?アルスタさんじゃないですか。いらっしゃいませ。」
「やあやあ今日も元気だねぇ。今日は店番かい?」
挨拶をしながら影から手紙を取り出しカウンターに並べていく。
「はい。といっても今だけですけど。ちょうど店長に用事ができてしまって、帰ってくるまで僕が店番を引き受けたんです。…それにしても手紙だけですごい量ですねぇ。」
軽く事情を話しつつ、並べた手紙の量に驚くドルトン。
「全部で28通かな。あとで追加を持ってくるからよろしくね。」
事前に把握していた金額ぴったりに影からお金を取り出しドルトンに渡す。ドルトンはお金が足りていることを確認するとカウンター下の金庫にしまった。
素早い対応のおかげでシアリアとの約束まで少し時間ができたので、少しドルトンと話すことにした。
「ねぇドルトン、少し時間あるかい?」
ドルトンはウチの質問に「はい」と頷く。そして受け取った手紙をまとめる手を止め、聞く姿勢をとってくれる。
「ありがと。さっそくで悪いんだけど、怪しいヒトを見かけたことはあるかな?」
「怪しいヒト…ですか?」
うーんと考えるドルトンは、しばらく経つと首を横に振った。そして申し訳なさそうな顔で謝る。
「すみません。仕事で色々な道を通るのですが、特に怪しいヒトはいなかったと思います。」
「謝らなくていいよ。話はここからだから。これから一人でも怪しいと思ったヒトや物を見かけたら誰かに知らせて。ウチでもいいし衛兵でもいい。頼れるヒトに知らせて対処してもらうように。絶対に1人で近づいたり確認したりしたらダメだからね。」
ドルトンはウチの忠告に少し顔を強張らせながら頷く。
「それと、ドルトンはどれくらい知り合いがいて、連絡取れそうなヒトは何人いる?」
そう聞かれたドルトンはえっとぉと数え始める。数え終わると「たくさんいますし、大体のヒトと連絡とれますね。」と答えてくれた。
「それは良かった。ちょっと変なお願いになるんだけど、そのヒトたちにも同じように注意を促してくれない?最近物騒なことを耳にしてね。何が起こるかはわからないんだけど、知っているのと知らないのとじゃ被害は違うでしょ?だからできるだけ広めてほしいんだ。」
ドルトンはすぐに頷いて了承してくれた。これで蜘蛛の巣が少し早く構築できるはずだ。
「話はこれだけ。聞いてくれてありがとう。じゃーね!」
そう言って、ひらひらと手を振って店を出る。ドルトンは元気に挨拶をしてウチを見送ってくれた。
さて、そろそろシアリアとの約束の時間だ。遅れないように早足で集合場所へと向かった。
明けましておめでとうございます!私です。お正月気分が抜けずにボケッとしております。さて、だいぶ前から書き始めた今のお話ですが、今年のうちに書き終えるといいなと思っています。ですが、投稿頻度がめちゃくちゃなのは変わらないので、半年に一回くらい覗いてみることをおすすめします。やる気があるのか無いのかはっきりしない私ですが、書き続けはするので今後もよろしくお願いします。それではまた次回!




