見えないところ
時間経つの早いぃ。
十字大陸南端に位置する都、カノン。平和の象徴とされているが都のすべてがそうというわけではない。日の光が当たるところからは見えない場所で、平和は脅かされているのだ。
今日もまた一つ悪を退治した。美味しいパン屋を営むおばちゃんの大事なものを盗んだ泥棒を懲らしめてやったのだ。(見回りの兵士に引き渡しました。お礼に貰ったパンはとても美味しかったので近くを通る時にはぜひ食べてみてください。)
依頼の進捗だが何も進んでいない。焦る気持ちも分かるが、相手もその道のプロだ。そう易々と隙を見せはしないということだろう。ということであと数日、いや数週間ください。お願いします。以上、経過報告でした!掃除屋の超絶可愛いAより。
何でも屋としての活動を報告しても報酬は上がらないけど、ちゃんとバレないように動いてますよってアピールは大事だよね☆
「いやー、この文章考えるのに5分もかかっちゃったよ。アルスタちゃんの時間は1秒でも高額のお金が発生するんだから、あとで請求してやろうか。」
書き終えた報告書を机の端に置いていた封筒に入れる。
後ろのベッドに座っている目無しちゃんからは「報告書ではないような…。」と聞こえてきたが、そんなのは無視!だって書くことないんだもん!成果がないことを真面目に書いても怒られるだけ。だったら怒られるの前提でふざけた方が良い!ってのがアルスタ流ストレス軽減法なのだよ。
「さてと、宿のおっちゃんに渡してくるねぇ。夜食頼むけど目無しちゃんは何にする?」
「私は食べないのでどうぞ行ってきてください。あ、ここには持ってこないでくださいね。」
そう言って目無しちゃんは布団に入ってしまった。
なんだ?夜中の飲食は身体に悪いって?そんなこと言われてもねぇ。お腹が空いてたら寝れなくない?ウチだけ?
目無しちゃんに振られたウチはひとり寂しくTKG(溶き卵とキングサイズのごはん)を静かに食べるのであった。
翌日。報告書に書いたパン屋で買った新作パンを食べながら道を歩く。
昨日のパンもうまかったけど、これもなかなかイケるじゃん。小腹が空いたときに食べればちょうどいい大きさだし、チョコ味ってのがポイント高い。
気分よく歩いていると大荷物を抱えたドルトンとすれ違った。あちらさんも気付いたようで、こんにちはと挨拶してくれた。
「お仕事がんばれ~。」
手を振りながら挨拶を返す。
ここも顔見知りが増えてきた。雇い主にはあまり増やすなとは言われてるけど、ウチ的にはいてもいなくても変わらないと思うんだよね。仕事を見られたらどうするって言われたこともあったっけ。表の人に見られたところで誰かに言わないように注意すれば良くない?裏にまで情報が回ったとしてもやること変わらないし、てかもう色々と知られちゃってるし。
そういえばウチらって掃除屋だよね?なんで依頼の対象の情報を集めるところから始めてんの?諜報部隊って人たちがやってくれるんじゃないの?その人たち仕事してないってコト?マジないわぁ。
少し頭の中で独り言を喋っていると、影の遣いから反応が届いた。カラスに擬態させていた影からだ。いつも西側を監視させている。
食べかけのパンを口に詰め込んで走り出す!路地に入り、影に潜ると最速で移動していく!自分の脚で走るより影を泳いだ方が爆速なのだよ。
何でも屋としての日々の見回りは、この時のために土地勘と影の位置を把握する目的でやっていたのだ!あとお小遣い稼ぎ。
カラスの場所に着くと、そこは一人の男が数人に殴られている現場だった。依頼の人物は獣族とあり、目の前の彼らは人間族。依頼対象じゃないのは明らかだ。影の遣いにした命令が怪しい行動ってざっくりし過ぎたのが悪かったか?んー、ここで見なかったフリするのは気持ち悪いんだよなぁ。しゃーない。
助けてあげることを決めて、どうせやるなら面白い登場にしようと影に潜り、家の壁から上半身だけ出し、殴ることに夢中な男たちに呼びかける。
「そこのおにーさんたち。楽しそうなことしてるねぇ。ウチも混ぜてくれないかな?」
呼びかけられた男たちは驚き、周りをきょろきょろとし声の主を探している。ウチは笑いを堪えながら上へと視線を誘導する。
「やっほー☆通りすがりの吸血族でーす。事情は知らないけど、みんなでサンドバック殴ってるから楽しそうだなーって声かけました!」
突然のことに混乱していた男たちは、部外者の吸血族に目撃されたことを理解し、舌打ちをすると足早にその場から離れていった。
「なんだよノリ悪いなぁ。っと、大丈夫かい?」
地上に降りて殴られていた男に手を差し出す。しかし、男は何も言わずにゆっくりと這いずりながらウチから離れていく。
これはアレだな。入りが「僕も混ぜて」だからウチにも殴られると思ってるヤツだ。
「ごめんごめん。なるべく穏便に助けてあげようとしただけだよ。なんにもしないって。」
そう言うと、男は恐る恐るといった様子でウチの手を取った。手を引っ張って男を立たせ、服の汚れをはたいて落とす。
「とりあえず手当てしてあげるからアンタの家教えて。ウチが運んであげる。」
怯えている男は今にも消えそうな声で自分の家の場所を教えてくれた。
「ほい。これでヨシっと。」
男を家に運び、救急セットを借りて傷の手当てをしていた。
最初は嫌がって服を脱がなかったが、ウチが強引に剝ぎ取った。男の身体には腕や顔以外にも傷跡がいくつもあった。きっとこれが脱ぎたくない理由だったのだろう。
それにしても男とは思えないほどシルエットが細い。ちょっと殴られただけで骨折しそうだが、そのような跡は見当たらない。骨は丈夫なのかな?
一通りの処置を終え、男に事情を聞いてみた。
「ねえ。なんであんなことになってたの?なんか悪いことでもしたん?」
ずっと黙っていた男は渋々といった様子で、少しずつ話し始めた。
「ぼくは、……彼、らとは、…その。ぉ…お金を、……払っ、て。」
「ふーん。借金とかそういう?」
男は首を縦に振った。
「それで?今回は払えなかったとか?」
また縦に振った。
「殴ってもどうにもならないのに、どーしてそうなるのかねぇ。」
「ぼくが、悪いん…です。…稼げなかった。それだけ、です。」
そーゆーもんかねぇ。そっちの専門家じゃないからアルスタちゃんにはわからないや。
気まずい雰囲気の中、部屋の中をきょろきょろと見回すと机の上の請求書が見えてしまった。
それに気づいた男は慌ててその紙を隠した。
「ご、ごめんねぇ。見るつもりはなかったんだ。内容はわからなかったから大丈夫!だから、ね?」
「すみません。ぉ…お礼は、今度、します…ので。今日は、もう。」
「わかった。あ、バタバタしてて自己紹介してなかった!ウチはアルスタ。何でも屋ってゆーのやってるんだ。困ったことがあったら何でも言ってね☆」
「アルスタさん。…ありがとう、ございました。…ぼくは、セルシュって、言います。」
お互いに自己紹介を済ませ家を出ようと扉に手をかけると、セルシュから待ったがかかった。
「あの、いくら…でしょうか?」
「いくら?ああ、何でも屋の依頼かな?料金は内容次第かな。場合によっては物でも大丈夫だから、まずは気軽に相談ってことで…。」
そこまで話したところでセルシュは首を横に振った。そしてこう言った。
「いえ、今回の…お礼、料?といいますか。」
ん?あ、そうか。助けたことも何でも屋の仕事だと思われたんだ。
慌てて彼の言葉を否定する。
「さっきのあれでお金なんて取らないよ。勝手に助けて金払え!なんて言えないって。」
「ですが、他に…なにを、すれば…。」
「んー。じゃあ、ひとつ依頼をウチに持ってくるってことで。何でもいいよ。誰かの悩みでもいいし、セルシュくんの悩みでも。決まったらこの子の頭撫でて知らせて。」
そう言って影から猫を作り出す。
「不気味かもしれないけど、害は与えないから安心して。なんなら防犯してくれたりと優秀な子なのだよ。」
猫に擬態しているためかセルシュの足にすりすりと頭を擦り付けている。
「わかりました。…なるべく、早めに…呼びます。」
ウチはうん、と頷きセルシュに別れを告げて扉を開けた。ありがとうございましたと中から聞こえたが、何度も挨拶をするのが嫌いなウチは後ろに手を振って答え、外に出ていった。
セルシュの家を出てからいつものように歩き回って情報を探していたが特に何も得られず、手ぶらのまま目無しちゃんと合流し、喫茶店でお茶でもすることにした。
「ってことがあってさぁ~…。」
午前での出来事を報告し、なんでもない会話を目無しちゃんとする。目無しちゃんのほうも店を転々としてみたが収穫はなかったようだ。
今回の依頼内容はとある獣族の男が対象で、情報収集・拡散、最近では物まで扱うようになったらしい。名前はアルター。組織の諜報部隊でも確かな情報はこれくらいしか掴めてないという。容姿が分からなければ、活動範囲すら不明。掃除屋のウチらも回されるくらいだから相当悪い段階まで動き始めたんだろうね。
「不確かでももっと教えてくれてもいいのにねぇ。こんなんじゃ仕事にならんよ。」
不満を言いつつテーブルのお菓子をひとつ口に運ぶ。サクサクとした食感を楽しみながら紅茶を一口。ふうっ、と一息ついて目無しちゃんに目を向けると、彼女はティーカップを持ったまま窓の外に視線…、いや顔を向けてじっとしていた。
「どしたん?なにかあった?」
何も答えない目無しちゃんを不思議に思いながら遅れて窓の外に目をやる。何にも変わらないいつもの光景。屋台の店主も、行き交う客たちも、仕事をするヒトたちもみんな、変わらない賑やかさを作り出している。ぼーっと眺めていると、目無しちゃんが窓の一部に指をさしながらウチに問いかけてきた。
「この方向に私たちの知り合いがいらっしゃいませんか?」
言われるがままに目無しちゃんが指差す方向に目を凝らすと、確かに見知ったヒトがそこにいた。屋台の並びからこちらを観察している森霊族が1人。
「よく気付いたねぇ。実は目無しちゃんって見えてたりして?」
「私の目は見えませんよ?アルちゃんもよく知っているはずです。ただなんとなく気配を感じまして。ほら、よくあるじゃないですか。お風呂で頭を洗っているときに感じるアレみたいなものです。」
それって後ろとか上にいるようなってやつじゃね?窓のアレは遠すぎるんですけど。
「で、どーする?」
「そうですねぇ。敵意がないのであればこちらに招待してみましょうか。断られた時は用件だけ聞きましょう。」
当然のように「お願いします」と促されたウチは、近くを監視させている影の遣いを小鳥に変形させて目標の森霊族に向かわせる。逃げられると困るので気付かれないように影の遣いを動かし、ちょうどいい距離まで近づいたタイミングで、こちらから影の遣いを通じて言葉を飛ばす。
『そんなところで見てないで、こっちに来てお茶しない?』
突然のことに驚いたのか窓に映る森霊族はビクッ!と反応し慌てて周囲を確認している。ウチは笑いを堪えきれなかった。森霊族が再びこちらを向いたときにも笑いは収まらず、ケラケラと笑いながら手招きをしてこの場に招待した。
ウチらを観察していた森霊族はシアリアだ。以前ウチらに組織からの依頼を伝え、お茶代を全て払ってくれた良いヒト。
「恥ずかしがらず、気軽に声をかけてくださいと言いましたのに…。」
シアリアが着席したのと同時に目無しちゃんが話しかける。そんなに話しかけにくいオーラ出てます?とこっちに確認してくるが、目無しちゃんではなくシアリアに問題があるのだと思う。
目無しちゃん曰く、以前もずっと後ろをついてきて一度も話しかけてもらえなかったという。前回の会話はほとんどウチが主導していたから、目無しちゃんと話すタイミングをシアリアに与えてあげられなかった。2度も後をつけるということは……。なるほど、つまりシアリアはきっと目無しちゃんの『ファン』なのだ!
目無しちゃんの『ファン』というのは一定数存在する。目無しちゃんの演奏に魅せられた者、純粋な戦闘技術とその中に確かにある美しさを感じ取り憧れる者。後者は組織のヒトしか存在しないが、両者とも目無しちゃんに対して好意を抱いており、知らないところでファンクラブができていても不思議ではない。というか実際あった。
シアリアはそのファンクラブの一員。話しかけたい、しかし恥ずかしくて何を言えばいいのかもわからない。なにより、仕事でちょっと関わった程度の自分が目無しちゃんに気安く声をかけても良いのだろうか?他の会員を差し置いて自分一人が特別に接触して良いものかと考えているのだろうが、他でもない目無しちゃんがここに呼べと言ったのだ。この機会に夢のような時間を用意してあげようじゃないか!
まずは二人きりにしてあげるところからだ!ならばやるべきことはひとつ!
ウチはスッと椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。そして二人に向かってこう言うのだ。
「ちょっとお手洗い行ってくるねぇ。」
そして同時に超小型のトカゲに擬態させた影の遣いを目無しちゃんの背中に張り付ける。一連の動作に無駄はなく、怪しまれている様子はない。
そのままトイレの個室に入り、トカゲと感覚をリンクさせる。
ウチが席を立った後、数分は沈黙が続いていた。ただ目の前のお茶とお菓子を口に運ぶだけ。なんとも重苦しい空間となってしまっていた。
ふっふっふ。こうなることは予想済みなのよ。推しといきなり対面で話せというのはファンにとって嬉しいことだが同時に拷問でもある。自分の言動次第では推しに拒絶されることだってあるかもしれない。それが怖くて話を切り出せないのならば、こちらが話題を振り安全択に誘導すれば良いのだ!
「先ほどはすみませんでした。シアリアさんのタイミングで話しかけようとしてくれていたのですよね?それをこちらから急に呼びつけてしまって、申し訳ありません。」
ウチの指示通り謝罪から会話を開始する目無しちゃんに、シアリアはいえいえと答える。続けて目無しちゃんに話題を振らせる。
「シアリアさんもいらっしゃっているとは偶然ですね。そちらはお仕事で?」
「そうですね。今回の仕事が片付けば休暇を与えられるそうです。」
ほうほう、休暇とな。良い話題持ってるじゃないですか!
「休暇は予定などあるのですか?」
質問に対しシアリアは顎に手をやり、うーんと考え込む。そして顎から手を離し、指をピンと立てて答える。
「特に予定はありませんが、おそらく本屋には行くと思いますね。」
「本がお好きなのですか?例えばどのようなジャンルでしょうか。」
目無しちゃんも興味があるのか食い気味に質問を重ねていく。
シアリアの趣味は読書であり、特に推理小説を好んで読むらしい。他にも様々なジャンルに目を通してはいるようだが、やはり推理小説がお気に入りだという。おすすめのタイトルを教えてくれたが、目無しちゃんには自力で読むことができないことに気付き、すぐに謝罪をしていた。
「安心してください。見えなくても読むことはできるのですよ?と言ってもアルちゃんに読み聞かせてもらうのですが…。」
そう。目無しちゃんは誰から聞いてきたのか、本を持って来ては読み聞かせてくださいと頼んでくるのだ。ウチは読書なんてしないんだけど、そのときは仕方なく付き合ってあげてる。また読み聞かせ週間が始まるのか…。
趣味の話題によりシアリアの緊張はほぐれ、話題は次々と変わっていく。もはやウチの助けが無くても友達レベルで話せるほどだ。
これにて目無しちゃんとシアリア仲良し作戦は終了。トカゲとのリンクを切ろうとしたその時、目無しちゃんから指示が入った。
『後ろのカウンターから嫌な気配を感じます。対処をお願いします。』
『りょーかい☆しばらく戻らないと思うからシアリアと一緒にいてね。』
ほんとに目無しちゃんの危険センサーは恐ろしいよ。見えてないのにバレちゃうんだから。ウチが目無しちゃんを尾行しろって依頼されたら絶対やらないね。
トイレの扉から店内を覗くと、目無しちゃんの言う位置には様々な客が座っていた。カウンター越しに店員と会話をする女、新聞を読みながらコーヒーを飲む男、二人並んで楽しくおしゃべりをしている女の子。どれもよくいる普通のヒト。目無しちゃんに言われなければ気にならない程にソイツは溶け込んでいた。
ウチは目標に近付きわざとらしく話しかける。まるで古くからの友人のように。
「あっれ~?もしかしてナンちゃんじゃね?ウチだよ!ほら!ひっさしぶりー!」
突然話しかけられた女は「え?だれ?」っと困惑している。しかし、天才アルスタちゃんは見逃さなかった!こちらに振り返った一瞬、驚きの顔の中に『初対面のヒトに話しかけられた困惑』ではなく、『一方的に追っているヒトに気付かれた』って表情をしたのだ!つまり、目無しちゃんが言っていた怪しいヒトはこいつで間違いない!
「あ、急に話しかけてごめんね!もしかしてって思ったら止められなくて。もし時間があるなら別のとこでお話ししない?ここだと席もないし。いい?やったー!あ、ここでの会計私が払うよ。いいの!こっちの都合で来てくれるんだもん。」
相手に断る隙を与えないマシンガントークにより外に連れ出すことに成功!ちなみに、予想が確定した時点で影を通じて身体の主導権を奪いました☆ウチ天才すぎる!
こうして目無しちゃんに嫌な気配を送っていた女を連れて、誰もいない路地裏へと入っていくアルスタちゃんなのでした。
どうも私です。久しぶりの投稿ですね。(毎回なのは言わないで…。)早いもので今年も終わりに近づいています。あっという間ですね。つい先日まで暑かったのに今の私は長袖を着ている。時間の経過とともに思考能力の低下を感じずにはいられない私です。次回の更新はいつになりますやら。気になる人はいないと思いますが、気長にお待ちください。それではまた次回!