シアリアは見る
季節の変わり目。体調管理をしっかりとしていきましょう!
目無しとアルスタにメモを渡した翌日。二人は早速ターゲットの捜索を始めた。情報屋から買った特徴の人物をひたすら歩いて探す。高頻度で出没するという場所を順番に巡るようだ。
二人の尾行は簡単ではない。特に目無しの尾行には細心の注意を払うようにと言われている。彼女は人間族でありながら生まれつき盲目であるが故に聴覚が優れる。獣族ほどではないが下手をすれば気付かれるだろう。アルスタは広い視野と吸血族の能力、鋭い観察眼を武器に活動する。活動履歴には目無しのサポーターとしての功績が記されている。二人が共に行動している限り明確な隙は生まれないと組織の中では高い評価を得ている。実際、組織の諜報部隊に長く所属している私でも高難易度の尾行だと認識している。精霊の加護という特殊な力を受けている森霊族でもだ。
『ワカレタゾ』
「アルスタを追って」
別行動を始めた二人を確認し精霊に指示を出す。目無しは広く明るい大通りへ、アルスタは狭く暗い路地裏へと進んでいく。目無しという枷を外した今、アルスタは吸血族本来の行動を最大限に実行できる。影に潜り移動し、霧となりどんなに小さな隙間にも入り込める。森霊族以外には認識できない精霊なら何の障害もなく追跡できるだろう。
アルスタと共に精霊が暗がりに消えていくのを確認し、私も目無しの追跡を開始する。大通りに出ると目無しは行き交う人混みの中に消えていく。だが見失うことはない。目無しの歩き方は杖で足元を確認してから進むという、周囲の者からすれば特異的で注目の的。目無し以上に目立つモノが無ければ、人々の視線の先には常に目無しがいるのだ。目無しの後姿を視界に捉えつつ一定の距離をとって尾行を続ける。大丈夫、まだ気付いている様子はない。
人の流れに乗りしばらく進むと目無しがとある店に入っていくのが見えた。
「酒場…」
癖で小さく呟きつつ目無しを追って店の扉を開ける。開けた瞬間強烈なお酒の匂いに包み込まれた。昼間だというのに既に酔い潰れた者が何人か床に転がっており、店内の者たちはみな顔を真っ赤に染め上げどんちゃん騒ぎをしている。そんな中、先に入った目無しは一人カウンター席に静かに座っていた。私は彼女を見張れる席を探し、ちょうど空いていた二人用の席に腰かける。すると入店を確認していた店員が注文を聞きに来た。
「いちばん軽いのもらえる?」
私はここの常連ではないが店員は私の言葉の意味をくみ取り、弱めのお酒ですねと確認をして厨房へ向かっていった。何事もなく時が過ぎていく。酔っ払いに絡まれることもなく、ただ静かにお酒を飲むだけ。彼女は今何を考えているのだろうか。何を待っているのだろうか。
お祭り状態だった客たちが帰り始めた頃、目無しはゆっくりと店内を見回し始めた。いや、見てはいない。右に左に首を回して何かを確認している。確認を終え彼女は会計を済ませて店を出ていく。遅れて私も会計を済ませ店を出ると既に目無しは姿を消していた。気付かれないように時間をおいたのがまずかったかと焦り、店の裏手から屋根に上る。目無しの服装は特徴的で高所から探せば見つかるはず。
「いた」
家屋の屋根を伝って目無しを追いかける。時間的にもそろそろアルスタと合流する頃合いだろう、と目無しの行動を予想し相方の登場を警戒する。
目無しが向かった先、宿屋『安息』の前に予想通りアルスタは立っていた。
「おー!目無しちゃんおつかれ~」
「アルちゃんもお疲れ様です」
お互いを労い宿屋に入っていく。
ここで今日の私の仕事は終わり。宿での監視は別の隊員がすることになっているからだ。私も精霊と合流し拠点へと戻る。道中精霊から報告を聞いたが、これといって怪しい点はなかったという。
監視二日目。
昨日と同じくアルスタと目無しは別行動をとった。引き続き精霊はアルスタを、私は目無しを追う。監視のために上が用意した以来だが内容は通常と変わらない。基本的に敵は一か所に長く滞在することはないため、今日中に足取りを掴むか依頼を達成しなければ失敗と考えていい。
そんな状況でも目無しに焦る様子はなく、むしろ喫茶店で優雅にお茶をしている。先日私が連れて入った喫茶店で同じメニューを頼んでいる。そんなに気に入ったのだろうか。
何かをするわけでもなく、ただお茶とお菓子を楽しんでいるようにしか見えない。こちらに気付いた様子もない。
時が過ぎ日が落ち始めた頃。突然目無しは立ち上がり店を出ていく。向かった先は大きく開けた広場だった。人の流れのない場所を見つけ、包みから目無し愛用の楽器を取り出す。三味線と呼ばれるそれは北の都ノクスに外から伝えられたらしい。未だにノクスから持ち出されることはないため、どの街でも物珍しさに人が寄ってくる。
しかし、目無しの目的は集客ではない。もはや目無しのルーティンとなっている路上演奏は敵に対しての殺害予告。我々の界隈では有名だ。
目無しが演奏を始めたということは、アルスタが情報を掴み敵の動きを完全に把握したということだろう。吸血族の能力による情報伝達。いったいいつ行われたのか。
目無しが演奏を終えた時にはすっかり夕方になっていた。身支度を終え広場を後にする。
迷いなく歩く目無し。まるで全てを把握し見えているかのように進む。カンカンと地面を突く音が路地裏に響く。右へ左へ入り組んだ道を進み続け、目的地となっているであろう場所にアルスタはいた。いくつか言葉を交わし二人は影の中に潜っていった。影から奇襲をかける作戦だろう。まったく、吸血族の能力は便利なものが多い。
しばらくすると建物からフードを深く被った者たちが出てきた。数は三人。この街での目無しの演奏に完全に不意をつかれ、慌てて逃げようとしていたところなのだろう。足早に逃げようとするターゲットの前に影から目無しだけが現れる。
正面から!?背後から出れば確実に殺せるのになぜ。まさか、目無しを囮に使うのか?
目無しは杖を両手で持ち、カンッ!と強く地面を突いた。これも目無しのルーティンだ。
「アルター」
目無しの放った言葉に誰も反応することはなく敵は臨戦態勢を保っている。その様子に目無しはため息を吐き、敵にゆっくりと近づいていく。じりじりと距離が縮んでいく。目無しが一定の距離を越えた時、三人の内二人が目無しに向かって突進し、一人は逃走を試みた。
懐から伸びるナイフを杖に仕込まれた刀を抜いて弾き、斬り伏せる。そして背後に回ったもう一人の敵の攻撃をいなし首を貫く。ほんの一瞬の出来事。
逃走を図った者は既にアルスタによって阻止されている。この一瞬で上が認めるだけの実力を垣間見た気がした。
翌日。アルスタに渡したメモに記された場所で依頼達成の報告を受けた。
「死体の回収はいつものとこにお願いしといたからよろしく~」
相変わらずおちゃらけた態度をとるアルスタにイライラしながらも報告書を受け取る。
「報告は以上ですね。報酬は契約内容に従って支払われます。お疲れさまでした」
事務的な挨拶を交わしその場から離れる。
今回の件では怪しい点は見られなかった。だがこれだけで上からの疑いが晴れるわけではない。今後も継続して監視は付けられるだろう。それが私なのか別の隊員なのかは上の判断になるが、不思議とすぐにまた二人に関わるような気がする。
そんなことを考えていると目無しに呼び止められた。
「シアリアさん。あの、次は恥ずかしがらずに気軽に話しかけてくださいね」
目無しの言っている意味が理解できず思考を巡らせること数秒。こみ上げる感情を押し殺し、恥ずかしがり屋を演じる。私が再び歩き出すと目無しは笑顔を浮かべ胸の前で小さく手を振る。
この日、私は報告書に任務失敗という文字を書くことになった。
どうも、私です。いやぁー、時が経つのは早いですね。もう4月は半分ですよ。みなさん何かと忙しい時期だとは思いますが息抜きも適度にしてくださいね。さて、今回の視点となったシアリアさん。今後登場の機会はあるのでしょうか。あるといいですねぇ。それではまた次回!