短編 「長寿の秘訣」
初投稿になります。文章がガバガバなところもありますが、
温かい目で読んでいただけると嬉しいです。
「そっ、それは本当か!?」
俺は思わず握りしめたスマホに叫んだ。
「ええ、本当です。しかし、この情報を入手するのに相当なカネを使いましたよ。」
下卑た笑いをこらえる通話相手に嫌悪を覚えながら、それをこらえた。
ここで情報を取り逃がすほうが惜しい。
「ああ、わかった。報酬は倍、いや、3倍出そう。」
「ぐふふっ、ええ、感謝します。」
「それじゃ、情報はいつものサーバに送ってくれ。」
吐き気を覚えつつ、通話を切ろうとする。
「しかし、旦那も妙なことを依頼されましたよねぇ。人間の延命技術を
研究している研究所を探せとは。新しい商売ですか?それともまさか
旦那がおやりに?旦那はまだまだお若いじゃないですかぁ。」
そろそろ真剣に吐きそうになりながら、スマホに向かって言った。
「お前はそういうふうに探りを入れない奴だと思ってたから、雇ったんだがな。」
「じょ、冗談、冗談ですよ旦那!じゃ、じゃあこれで。」
ブツリ、と電話が切れた。やはり奴でもお得意さんを失うのは嫌らしい。
こんなことでもなければあんなクズとは会話したくないのだが。
俺は資産家だ。それも、おそらくこの国では右に出るものはなく、世界でも五本の指には
入る、超がつく、どころか兆がつく資産家だ。
しかし、完璧に幸福な人間なんてこの世にはいない。俺もその一人だ。
つまるところ、俺は死ぬのが怖いのだ。有り余る資産は、死ぬまで豪遊生活を
続けたところであとニ、三回は同じことができてしまう。そんなことを知ったところで、
俺は怖くなったのだ。金を残して死んでしまったら、と。死ぬまでに全ての金を使い切れず、
どこの馬の骨とも知らない野郎に、俺の生きた証とも呼べる金を使われたら、と。
恐ろしくなった。だからといって焼くわけにも行かず、寄付なんて吐き気がする。
そこで、俺は考えたのだ。近年の医療技術の発展は素晴らしい。それならば、1000年とは
言わんまでも、100年200年なら伸ばせるのではないか、と。
そしてあのクズの情報屋に調べさせたのだ。ダメ元ではあったし、まだそこまで
技術が発展していないのなら援助も惜しまないつもりだった。しかし、クズも上手く使えば
役に立つようで、奴はなんと研究所と、そこで「100年計画」と呼ばれる極秘の研究プロジェクトが
進行していることも掴んできたのだ。そして今日、ついにそのプロジェクトが実用の段階に
入った、という情報を持ってきた。既に研究所へのコネはある。明日にでも訪ねることにしよう、
と思いながら、眠りにつくことにした。
翌日、太陽がもう十分に上に登ったころ、俺は一棟のビルの前にいた。
奴の情報によればこのビルが件の研究所なはずだ。自動ドアを通り、中に這入った。
中には、清潔な雰囲気を感じさせる白いタイルや壁があり、消毒液のような香りがツン、と
香った。受付には女性の受付係がいた。
「すみません」
俺は女性に話しかけ、「100年計画」を主導しているという博士への面会を申し出た。
「はい、聞いております。それではこちらへどうぞ。」
女性は椅子から立ち上がり、応接室まで案内してくれた。
応接室には、既に博士が座っていた。
「初めまして。どうぞ、おかけください。
いつもテレビで拝見しております。それで、今日はどういったご用件ですか?」
俺は、先程の女性が淹れてくれたお茶を飲みながら話し始めた。
「ええ、実はある事業を興すに際して、専門家の方の意見を是非お聞かせ願えないかな、と。
もちろん、謝礼は十分に払わせていただきます。」
まずは当たり障りのないところから話を始め、突然に計画について切り出そうと
考えていた。そして、その作戦は成功したと言えるだろう。
一時間ほど話したあと、俺は唐突に話を切り出した。
「それでなんですが、博士、実は私ある噂を耳にしまして、なんでも博士は、
「100年計画」という研究プロジェクトを進めている、とお聞きしました。」
すると博士は、その表情を驚愕に染め、見ている方が驚くほど取り乱し・・・
ということもなく、なんでも無いように返事が返ってきた。
「ああ、ご存知だったんですか。ええ、確かに「100年計画」は私の主導するプロジェクト
です。実はつい先日、実用の段階に入りまして。」
これには拍子抜けしてしまった。驚き取り乱し、顔は真っ青を超えて真っ白に、とは
言わんまでもそれなりに驚くと思ったからだ。しかし、そんなことは微塵もなく、
当然のように流されてしまった。奴はここまで知っていたのだろうか。クソッ。
クズの情報屋にぼったくられたかもしれない、という事実が俺を多少不機嫌にしたが、
しかし実際に「100年計画」はあったのだ。今はそちらの方が重要だ。
博士に向かい、俺は言った。
「実は、今日この研究所を訪ねたのはそちらの方が本題でして。是非そのプロジェクトに
ついてお話いただきたいのですが。」
「ええ、分かりました。いずれメディアの方にも発表しますしね。このプロジェクトでは、
人間の死亡率における脳の精神的活動を司る器官の損傷率や反応、その他脳器官との関係を
研究し、医療技術的推論をもって、それを可能にできるか、ということをテーマとしておりまして、
専門的用語を使うと・・・」「すみません、私医療の方面には疎いのです。出来れば素人にも
わかりやすく説明していただければ・・・」
「ああ、これは申し訳ありません。そうですね、わかりやすく噛み砕いて説明すると、
人間の延命技術には、身体的治療よりも、精神的治療を積極的に行うほうが効果的では
ないか、という話です。」
「そこで、提案なのですが・・・私にその治療を行っていただけないですか?
見返りとして、通常の代金に加えての十分な援助を約束させていただきます。」
「本当ですか!?すみません、タバコやお酒はおやりになられますか?」
「いえ、どちらもやっていません!」
「そうですか。それならばおそらく・・・はい、検査で異常がなければ治療を行うことが
できると思います。」
「ほ、本当ですか!?是非、お願いします!」
俺は、興奮して叫んだ。ついに、願いが叶うかもしれないのだ。
そして、一週間後、すべての検査を終え、あとは誓約書にサインをするだけとなった。
「それでは、サインをお願いします。」
流石に資本家としての血が騒ぎ、博士に尋ねた。
「この治療には危険性は無いんですよね?」
「はい、この治療において危険性はほぼ0といってよいです。」
俺は安心して、誓約書にサインし、博士に差し出した。
「はい、確かにサインを受け取りました。それでは治療を開始させていただきます。」
そうして、博士がニコリと笑った。
一ヶ月後、某テレビ番組にて
ナレーターが、博士を紹介した。
「それでは、〇〇博士です。どうぞ、よろしくおねがいします。」
「どうぞよろしく。」
「早速ですが、人間の寿命の限界を超えるための技術と実験、ということに
ついてお聞かせ願えますか?」
「はい。我々の研究所では、人間の寿命の限界を超えるための研究を行っていたわけなのですが、
この研究について、普通とは別の方向からのアプローチを行う必要があるのでは、という
意見を取り入れて、身体的治療、つまり薬品の投与や新しい手術法などではなく、
精神的治療、つまり脳の分野に関する研究や実験の方がより高い成果を期待できるのでは
ないか、というコンセプトでした。結果、これは成功したと言えるでしょう。」
「なるほど。つまりどういうことでしょうか?」
「つまりですね、人間の寿命とは身体の問題から来るのではなく、精神の問題から来るのでは
ないか、という話です。これについては、かなり昔から様々な学者によって言われてきたこと
ですが、今回の研究ではこの理論をもとに、精神的治療の新たな応用を行ったのです。
ところで、人間の寿命には精神の問題が関係している、という話を先程しましたが、
具体的にどんな問題が存在するかご存知ですか?」
「ええと、ストレスですかね?」
「はい、そのとおりです。まあ実際にはそのストレスにも何種類かの分類ができることが
分かったのですが、おおかた同じです。それでは、これについてどのような治療法が
存在するかは、分かりますか?」
「カウンセリングだったり、薬の投与だったりじゃないですか?」
「はい。確かに現在それらが有効な治療法とされていますね。しかし、この研究は、現在の
医療の限界を超えるためのものです。それには、よく言われますが「予防」が何より大切なのです。」
「ですが博士、精神の問題の予防なんて可能なんですか?」
「はっきり断言いたしますと、ほとんど不可能です。なぜなら、精神というのは身体よりも複雑で、
デリケートなものであるからです。しかし、我々はこれに挑戦し、成功しました!
それは、精神がストレスを感じるのなら、その精神がなくなればストレスを感じることもない、
という逆説的な考え方です!この治療を行うと、物事に関する感情の動きが非常に小さな
ものとなります!すると、たとえば自分に対して辛いことが起こっても、「悲しみ」という
感情の動きは非常に小さなものになります。これで、ストレスによる精神への大きなダメージを
防ぐ、というわけです。そして、この研究の最初の被験者が彼です!」
そういってカメラの向いた先には、この国一の資産家と呼ばれる男が写っていた。
男の目はうつろで、しかしその目には、大きな悲しみをたたえていて、一筋の涙が
頬を伝っていた。彼の悲しみを理解できる人間は、おそらく、この狂ってしまった
世界には、存在しないのだろう。彼を含め、誰一人として。