よろしくお願いします
おはようございます。
何かの拍子にこの文章が視界に入って、そこが朝でも朝じゃなくても朝の挨拶をされてしまったあなたはちょっと見てやって欲しい。
カーテンの閉まったこの部屋から、大学のプリントや本、食べかけのパンに丸まったティッシュが転がるこの部屋から、あなたに何かが届いたら、それほど幸せなことはないと思う。
❶
冷蔵庫が小さいせいである。
まあまあの大きさの鍋が、足下にひっくり返っている。まあまあ閉鎖的なこの部屋に雨が降るはずはないのだが、そこに水溜まりがあるのは、その鍋のせいだ。
鍋の中に、昨日つくった汁が入っていた。汁が腐らないよう鍋ごと冷蔵庫の中の一番上の段に入れておいた。
確かに入れるとき、ギュッてしました。冷蔵庫在住歴の長い調味料とかパスタの麺とかいたけど、ちょっとどいてもらってもいいですかってしてスペースを作らないまま、住人を鍋でギュッてしました。
住人は怒りました。冷蔵庫の扉を開けた時、チャンスだと思って、鍋を退去させようとしたのだろう。
ここまでギュウギュウなのは、冷蔵庫が小さいせいである。
自分でうまく収納できないのは、今までは親が全部してくれたせいである。
鍋が転がる少し前、こんなことを考えていた。大学生活が1年終わったこの新天地で、オレは何も変わっていない。何か学問を究めた訳もなく、部活やサークルをしていないし成長していない。春休みに会ってくれる友達はいない。
オレにはなにもないのだ。
なんのために生きているんだろう。
うつむきながらそう考えていたら、さっきハサミでスーッと開けた無洗米の袋が傾いて、開けたところからサラサラと米が床に流れていた。
その光景に慌てる元気もなく、もう夜なのにパジャマ姿のオレは、しゃがんで米を回収する。落ちた米で足の裏に付いてツブツブする。
オレは、足の裏をツブツブさせながら、落ちた米を回収するために今を生きている。生きる目的という立派なものが、米一粒というちっぽけなものに帰着することに、悲しくなった。悲しい気分のまま、晩ご飯を探すため冷蔵庫を開けると、白菜、大根、玉ねぎのはいった汁を大胆に吐き出しながら、鍋が転がった。
少しの間、見ていた。汁の白だしの匂いが浮かぶ。くすんだ色の水溜まりに、具と米が浮かぶ。泣く元気はなかったから、涙は浮かばなかった。代わりに深いため息を一つ、はあ、と浮かばせておいた。心が軋む音がする。
やっと動き出すと、捨てていない大量のペットボトルがはいったゴミ袋に足をとられる。捨てないのは回収日が少ないせいだ。鍋を流しに投入すると、洗うのを先延ばしにした食器と一緒に、ガシャガシャと音を立てて崩れる。洗う気が起きないのは、流しが狭いせいだ。タオルを取りに部屋を移ると、埃と物が部屋を覆っている。掃除をするやる気が起きないせいだ。それは日々に刺激がないせいだ。
自分が情けなく部屋の中で生きた残骸に、また悲しくなった。
気付いたら人生、全部何かのせいだ。中学高校大学と、部活動が続かなかったのはストレスのせい。友達が出来ないのは人見知りのせい。色んな選択を間違えるのは頭が悪いせい。色んな挑戦ができないのは勇気がないせい。そんな性格なのは環境のせい。
汚れゆく部屋をただ見るように、周りの「せい」に流される自分を、オレは少し離れた場所から、何もせず見ている。
①
こんな生活が約20年間続いている。最近はヒドい。
これからしなければならないことは、何か過酷なことでも、難解なことでもなく、当たり前のことなのだろう。簡単に思える当たり前が、オレは出来ない。
人生を何かのせいにしないこと。
挑戦をすること。
なんだよ結論が陳腐だなと思われても、多分そんなものである。そういえばこの2つは、父に言われていることだった。言われたときはその通りだと思ったが、どうやらまったく出来ていなかった。このだらしない身をもって、実感した。
綺麗事を言っています。何のせいにもせず、挑戦し続けることは、正直まだ出来ない。そう上手く人生運ぶものではないだろう。それでも綺麗事を、口だけだと言われても言い続ける。
何も変わらないこともあるだろう。それでもいいと思う。健康に、とくに不自由なく、大好きな家族と大切な少しの知り合いが自分の周りにいる今は、めちゃめちゃ幸せだからだ。今はつまらないが、確かに幸せだ。生活はつまらないことばかりあるものである。
それでも、「つまらないなあ!」と言い続けて、刺激を探したい。あわよくばもっと立派な人間になりたい。こんなに恵まれていながら、ただ生きているだけの人間になりたくない。
これから何か変わる様を、もしくは何も変わらない様を、誰も見ていないかもしれないけど、ここに書く。生活の中のつまらないこと、くだらないこと、新しい挑戦や予期せぬことをここに書こう。
カーテンが開くかもしれないこの部屋から、大学のプリントや本、食べかけのパンに丸まったティッシュが消えるかもしれないこの部屋から、あなたに何かが届いたら、それほど幸せなことはないと思う。
なんてカッコつけたダサいことを考えながら、床を拭いた。
足の裏はツブツブでビショビショである。