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小牧君と長久手さんの戦い  作者: 糺ノモリ
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第三章 長久手さんの野望

 第三章 長久手さんの野望


 さて、ここは淡々と速やかに報告を済ませて、話を先に進めたいと思う。

 長久手さんの予告していた罰は、罰としての機能を完璧に果たして執行された。

 しかし俺は、執行者たる長久手さんを恨むようなことはしなかった。

 ただの凡人だったら恨むかもしれないが、世界一の凡人を目指す俺は恨むなんてしない。

 謝罪する。それは嘘だ。

 簡単にいえば、それが運命だったから。以下、それを受け入れた経緯。

 小牧麟太郎は悲劇の登場人物になった。主役ではない。

 脇役なので主役にご登場願おう。もちろん主役に抜擢されたのは長久手さん。当然のことである。

 悲劇の始まりはまたもや放課後だ。それも場所がまた下駄箱。三文芝居にもってこいの舞台だった。

「小牧君、お待たせ」

 待っていないのに、待っていることになっていた。脚本にもない台詞を吐いたのは、メインヒロイン長久手嬢。

「いや、全然待ってなんかいないよ」 素で真実の返事をしたのに、なぜか待ち合わせしていたシーンが成立する台詞の応酬になっている。

 実態は下校しようとした俺を、下駄箱で長久手さんが呼び止めただけである。

 そして返事をしつつ、俺は昼休みに予告された罰の執行時間がきたことを確信していた。

「さあ小牧君。これから貴方の真骨頂を見せてもらわよ」

 挑むような笑顔で長久手さんは言った。

 真骨頂? なんだそれ? 凡人の俺のどこにそんなものがあるのか? だが長久手さんはあのことを言っているのかもしれない。

「長久手さんまさか、ここでスカートを捲れと?」

「それは変態の真骨頂よ」

「だよね」

 呆れ顔をする二人。今のところ、息の合った演技ができている。NGシーンは確実だが。

「いきなり真骨頂! と言われてもね、ステーキじゃあるまいし。すまないけど凡人の俺には思い付かないな」

「小牧君は変態的食生活を送っているのね。ステーキは捲るものではなく、焼き返して食べるものよ」

 超レアな焼き加減の視線を向けてくる長久手さんだった。

 すでに罰は始まっていた。

「もう、貴方の本性を真剣に思い出して。ほとんど変態に隠されて、もはや本性とも言えなくなってしまったものを!」

 悪に染まった元味方を、正気に戻らせるような主人公の台詞だ。『変態』 という二文字が添削されていれば尚良し。

「へ、平凡さ、かな?」 キザに返すべきだったろうが、もはやそんな自信は俺になかった。変態と答えてしまいそうな自信もそこはかとなくあった。

「そうよ! やっと思い出してくれたのね。『平凡』 それが小牧君の真骨頂だったはずじゃない」

「そ、そうだった! ありがとう。思い出したよ! で、その真骨頂をどう発揮しろと?」

 悪から目覚め、覚醒した俺は、再度味方になった長久手さんに尋ねる。だが待てよ? 彼女は一度も味方らしいことをしていない。むしろ敵なのでは? だが敵になると俺の本性が変態になるので黙っておこう。

「その平凡さがこれから必要なの」

「具体的な説明を求めても?」

「度を越した平凡の哀しいところね。いい? わたし達の関係性を答えなさい」

「ストーカーと、その被害者」

「正解。ただ小牧君は変態に染まり過ぎたせいで、もう一つを忘れてない?」

「そうだよ! 恋人関係だよ! 午後の授業中のスパム攻撃のおかげで完璧に忘れてたよ」

「ではここからが本題ね。平凡な高校生の恋人同士は、放課後どうするものかしら?」

「平凡に一緒に下校するだろうね」 俺の頭の片隅に『女子高生、イケない放課後』が放映されたのはお蔵入りにしておく。

「ということで、一緒に帰りましょ」

 それは長久手さんによる罰執行の、本格的開始の合図に聞こえた。

「ところで平凡でない長久手さんは、下校の仕方も違うのかい?」 一応聞いておこうと思った。

「それほどではないわ。帰りたい時に帰ることくらいよ」

 予想は見事的中したが、喜びは一切なかった。


『一緒に下校する』 それは長久手さんの罰ではなく、なんと小牧麟太郎救済計画であった。

 計画の最終目標は、『小牧麟太郎と長久手一蘭が一緒に下校していることを衆目に晒し、変態ストーカー小牧の汚名を消去する』 それをもって計画完了だ。

 計画は現在絶賛開始中だ。だが絶賛しかねる男がいた、救済対象であるこの俺だ。

「長久手さん、もう少し早足で歩くのはどうかな?」

「駄目よ。そんなことしたら、せっかくの平凡な恋人同士の下校が文字通り無駄足に終わってしまうわ」

『牛歩戦術』 その戦術を知っているだろうか? 政府の法案に反対し、野党の議員が出来るだけ鈍足に歩いて投票することだ。俺は以前にそれをニュースを見て知った。その時思ったものだ。大人げないと。

 だがそれは子供の考えだったと訂正する。大人には大人の世界と考えがあるのだ。

 まさしく牛歩戦術で俺たちは下校していた。校門まで遥か彼方に感じるペースである。

「長久手さん、これは平凡なペースではないと思うよ?」

「小牧君、重要なのはペースではない。一人でも多くの生徒に、私たちの関係を認知させる、そこが最重要よ」

 計画指揮官の考えは、変更の余地が無いようだ。つまり多くの生徒に見てもらうには、校門に着くまで最大限の時間を掛けるに限ると、そう断じているのだ。

 一兵卒である小牧麟太郎は、士官でおられる長久手嬢に反抗する気はもはや失せ、長久手閣下のペースに合わせて、半歩後ろで行進するのみであった。希に見る遅い行進である。

「それにしても平凡すぎるわ。小牧君、こんなことが楽しいの?」 閣下は不満を漏らした。

「そうだね。俺にもちっとも楽しさがわからない」 同意する小牧三等兵。

 ほぼ停滞状態にある下校。楽しいはずの恋人同士の下校風景は、芸術家から観れば前衛的な舞台に映ったはずだ。そこから新たなインスピレーションを得るきっかけになれたかもしれない。

 でも断言するが、校内にこの前衛芸術を理解できる奴はいない。俺も凡人なので理解できない。

「平凡な質問だけど、してもいいかな?」 芸術に飽きた俺は月並みにつまらない台詞を喋る。

「いいわよ」 長久手さんも、つまらなそうに言った。

「長久手さんはどんな偉人になりたいのかな? 世界一の」

「平凡だけど、良い質問ね」

「それはどうも」

「わからないのよ、それが」 心なしか、いつもの長久手さんの声色ではないように聴こえた。

「世界一の偉人になるのは決めているの。でもその方法がわからない」

「それがわかっていれば、世界中の人が偉人になれるね」

 長久手さんは笑った。

「そうね、その通りよ。でも小牧君、現代における偉大さとはなにか、答えられる?」

「凡人にはわからないな」

「それを忘れていたわ。例えばこの学校生徒全員を、小牧君が殺してしまったらどうなるかしら?」

「ストーカーからシリアルキラーになっちゃうね。大出世だ」 長久手閣下の物騒この上ない発言に答える俺。

「変態が抜けているわよ、でも正解。ただしそれが正義の名のもとに行われていたら、小牧君は『変態の英雄』と呼ばれる可能性があるわ」

「そんな称号で呼ばれたくない!」

「ご不満? ならもう少し時代を遡ってみましょう。そうね百年くらい。とある変態の国に生まれた小牧君は、幼少時代からの変態さを発揮して軍隊の将軍にまで昇進するの。そこに運悪く世界大戦がやってくる。世界の危機よ。変態師団を率いた小牧君はその大戦を、幾万の屍を築き上げながらも勝ち抜くの。小牧君は大英雄になり、死後神に奉られ『小牧変態神社』が建立された。初詣は変態客で大賑わい。どう?」

「その種の神になるのは畏れ多い!」 変態で溢れかえる恐怖のパワースポット。

「小牧君は欲張りね。なら戦国時代までタイムスリップ。群雄割拠の時代よ。そこでは正義なんてほぼ無意味、変態こそすべて。いち農民に過ぎなかった小牧君はその変態の才をもって、立身出世の下剋上。『天下変態』 を旗印に全国統一を果たし、変態検地、女子高生狩りを行った。後世はそれを『小牧変態時代』 と言ったわ。脱帽ものね」

「正直に言おう。変態検地までは許せるけど女子高生狩りは酷すぎる! せめてニーソックス狩りくらいにしてくれ!」

「でもパラレルワールドでは史実通りよ」

「別次元に行ける能力。長久手さん、君は既に世界一の偉人になってる。よかったね」

「ありがとう。だけどわたしは、そんなものでは満足できないの」

 長久手さんの考える偉人像は、別次元にも無いようだった。

 

 変態の連呼をしたからか、長久手さんの口調は戻っていた。戻るどころか加速していた。

「話を脱線させられたけど、わたしの目指すところは『倫理の先にある何か』にあるもの。小牧君が知っている『変態の向こう側』とは別物よ。それは歴史と過去の偉人が示している」

 俺は脱線させたりはしていない、暴走運転手は長久手さん。

「神代の時代なんてその証明そのものよ。各国の神々は不倫、強奪、暗殺を生業にしていても、人間は神殿を建てた。なのに人間が不興を買ったら、お返しに一年間世界を洪水させても崇拝されるんだから」

 方舟に残りの席があるなら是非搭乗したい、当日割増料金でも問題ない発言。でも搭乗拒否された。

「偉業こそ全てなのよ。倫理は後に付いてくる。小牧君、貴方の下のお名前は誰と一緒かご存知?」

「勝海舟」 麟太郎は勝海舟の幼名である。そんなことは当然知っている。

「では彼の子供時代の悲劇も?」

「ああ、あれは実に悲惨なことだったろうね」 勝海舟は子供の頃、野良犬に金玉を咬まれて生死を間を彷徨った。男子として誠に同情すべき悲劇だ。

「同じ経験をした小牧君と彼の違いは、勝海舟は江戸城を無血開城させた偉業にあるの。だからあの痛ましいことも美談として伝わっているのよ。あの偉業が無かったら、小牧君と同じ黒歴史を抱えたまま嗤われて一生を終えたことでしょう」

「同じ名前だけど同じ経験はしていない!」 黒歴史の真っ最中にいることは認めよう!

「わたしはその経験を通じて変態に目覚めたと誤解していたようね。ねえ小牧君、わたしと交際を続ける覚悟があるのなら、知っていて欲しいことがあるの」

 神々への挑戦ともとれる野望を口にした長久手さんは、斜め後ろを半歩下がっている俺に顔を向けると真剣な面持ちで言った。

「長久手一蘭、座右の銘よ。『ナポレオン、偉業を抜いたらただの辞書』 貴方の心に留めておいてね」

 皇帝ナポレオンの名言『余の辞書に不可能の文字はない』 から、皇帝としての余と、不可能の文字を抹殺した人道無視の所業であった。せめて現在は電子辞書として持ち運びしやすくなってますよ、とナポレオンにお世辞の言葉を添えてあげたい。

「了解した。心にしっかり焼き付けたよ。ところで長久手さんがCMに出演したのは、現代の偉人になるための布石だったのかな?」 平凡な高校生の俺からしたら、テレビで活躍するだけでも十分な偉業だ。

「観ていたの? 小牧君は女子高生の映像にしか興味がないのに、意外だわ」

 驚いた表現で反響があった。そこに一部真実の表現があったが、ここではあえて指摘しない。

「テレビぐらい凡人なら観る。それに長久手さんも女子高生、非常に健全な視聴をしたよ」

「計らずも変態行為に協力してたのね。恋人として遺憾だわ。でも救いになるのは、あのCMが来月で打ち切りになることで小牧君の変態行為を止められることね」

「え? 俺はテレビを観るだけで番組を打ち切りに出来る変態能力を持っていたの?」

「流石は変態神社の祭り主って褒め称えたいけど、違うわ。わたし自ら降板させてもらったの。芸能事務所を退所して」

 平然と言った長久手さんに、変態の神になった俺も神通力を失った。

「だ、だとしたら、偉人への道は更に厳しくなったのでは? 芸能人になって有名になれば可能かもしれなかったのに」

「平凡過ぎる考えよ。わたしは芸能人でも有名人でもない、『世界一の偉人』になりたいの」

 それは知っている。俺の深層心理まで浸透している御言葉だ。

 そして神出鬼没の行動を、芸能界でも長久手さんは御披露されたらしい。

「理解出来ないね、凡人には。そもそも、それを分かっているなら芸能界に行く必要がないよ。馬鹿な話じゃないか」

「凡人だけど大正解。やはり小牧君は変態よ。でもそんな馬鹿なことをしたわたしを、貴方は嗤う?」

 真剣な表情に戻った長久手さんだった。

「嗤わない」

 そうなのだ。俺は長久手さんとは正反対だが、『世界一の凡人』 を目指す男。その定義には『人のことは嗤わない』 というものが含まれる。だから嗤わないのだ。

「嗤わないけど、なんで馬鹿なことをしたのかな?」

「それは戦いのためよ。馬でも鹿でもない、虫ケラ相手の愚かな戦い」

 踵を返すと、長久手さんは歩き出す。そして従う俺。

 長久手さん姿は兵を率いたナポレオンのように見えた。それは美しい名画のモデルだった。

 そしてモデルがそう求められるように、素早く動くことが許されないのであった。


 まさしくようやく、校門が近くの距離まで来た。この作戦も終了まであと少し。そこで俺は思い至った。

「長久手さん、芸能事務所を辞めるって、そんな簡単に出来るの?」 長久手さんはさらりと言い放ったが、大人の世界では面倒なことになりそうな話だ。

「そうね...簡単ではなかった。だけど偉人だったら問題なかったでしょうね」 長久手さんは悔しそうに言葉を続ける。

「先週の金曜日、三時間土下座をしながら心の中で『世界一の偉人』 になると何度も誓ったわ!」

 先週俺が待ち続けた長久手さんの、当日の行動が判明した。

 なんと、土下座をしていたのだ! 確か俺も三方原ミカに土下座をしていたので、同時刻に、一緒に土下座をしていた可能がある。別の場所で。流石に俺は三時間もしていなかったが。

『これは運命かもしれないね』 と、凡人の俺としては格好良い台詞を吐きそうになったが、土下座をしていた格好悪い自分も台詞にしないといけないのでカットした。ディレクターズカットだ。

「だけど普通は土下座で済むような感じはしないよ」

「済まなかったわね。違約金はなんとか発生せずに終わったけど、CMのギャラは返納したわ。良い軍資金になると思ってたのに」

『軍資金』 という言葉に不穏当な響きを感じたが、それに触れると粛清される畏れを覚え、その記憶は破棄した。

「あとは今後、二度と芸能活動が出来ないくらいよ。そんなところね」

 微塵の未練もない口ぶりであった。

「そこまでの代償を払ったのに、どんな偉人になりたいのかはわからない。困ったものだね」

「代償と呼ぶ程の価値はないわ。ところで、小牧君はいつ『世界一の凡人』 になると決めたの?」

「二ヶ月位前かな」

「極々最近ね。でもその考えに変わりはある?」

「変わりもないし、揺らぎもないな」

「小牧君は『世界一の変態』 になれる才能があるのに凡人になりたいの? 困ったものね」

「困ってない。困っているのはスパムのほうだよ」

 今も俺のスマホにはメールの嵐が来襲している。マナーモードでも煩いほどだ。

「それについてはどう対処するつもり?」

「スマホを解約する」

 授業中に考えだした名案だ。友達のいない俺には全然抵抗もない。問題もない。

 しかし長久手さんは問題視されたようだった。

「平凡な対処方法ね。そして解決もされないわ。スマホの件はわたしに一任することね」

 一任したら嵐以上の暴風雨が来襲しそうな予感がする! だがしかし、俺の個人情報は既に末期状態だ。スマホを解約したところで、指摘のされた通り解決には至らないだろう。

「それではお願いするよ。電話番号もアドレスもそのままにしておく」

「ええ、わたしが対処するまで変態らしく放置プレイを堪能して頂戴」 長久手女王様は言葉責めを継続された。

「まだ聞きたいことがあるわ。なぜ小牧君は『世界一の凡人』 になろうと思ったの?」

 文字どおり俺を責め立てる言葉だった。それを長久手さんは自覚していないだろう。だが俺は自然と自分の表情が硬くなっていくのを自覚する。

「これは長久手さんらしくない、平凡な質問だね。でも俺は凡人らしく平凡な答えしか出来ない。簡単にはいえば『戦って敗者になった。だから凡人らしく生きていこう』 そう決めた。世界一を目指すのは、それが最短だからだよ」

「最短?」

「迷うことなく生きていけるってこと」

 平凡な選択をしていけば、平凡な結果に終わり続ける。誤った選択をすれば、誤った終わりだけではなく、無様な終わりにもなりえるのだ。俺は平凡でもいいが無様はいやだった。

「平凡だけど上々の解答よ。ご褒美を進呈したいわ。でも下らない間違いがあるから無理ね」

「どこかに間違いがあったかな?」

「超凡ミス。『戦って敗者になった。だから敗者らしく生きていこう』 それが正しい解答。『凡人』 では間違いだわ」 女王様の情け容赦ない言葉だった。

「たしかに凡ミスだ。『敗者』 が正しい。でも負け続けの人生なんてごめん被る」

「小牧君はそう考えるのね。でもわたしの考えでは、小牧君は戦ってなんていない。だから『敗者』 でもない。『逃亡者』 よ。そうでなければ『凡人』 なんて答えにはたどり着かないもの」

「凡人は戦いから逃げるものだよ。それこそ平凡な答えだ」

 詭弁を吐いた俺に、長久手さんは冷淡な目を向ける。それでも美しいことに変わりなかった。

「小牧君、貴方は何と戦おうとしていたの?」

 冷淡の中にほんの少しの温かみを感じたが、それをご褒美だとは感じ取れなかった。

「長久手さんが、それをわかることはないよ」

 鮮烈な右フックが俺の頬で炸裂した。だが痛みは無かった。

 鮮烈なスカート捲りが長久手さんに炸裂された。だが反応は無かった。

 すでに校門に到着していた。作戦終了の頃合いだ。

「今日は本当に平凡な恋人同士の下校が出来たわ。貴重だった、嗤えるくらい」

「それはよかったね」

 俺は返答をしながら戦線を離脱した。後ろを振り向くこともせずに。本当の逃亡者だ。

 だから戦線に残った長久手さんがどんな表情で戦っていたのか、知る由もなかった。

 しかしスカートの下に、ブルマを履いて戦場に立っていたのは知ってしまった。


 以上をもって『小牧麟太郎救済計画』 は終了したのである。

 最終目標の小牧変態ストーカーの汚名は消去されなかった。

 しかし計画は『小牧麟太郎変態ストーカー補完計画』 として見事に完遂された! 救済されず補完されたのである!

 計画の全貌。

『変態ストーカーの牧麟太郎は、恐怖で動けない美少女長久手一蘭をじわりじわりと追い詰め、校門でスカート捲りの凶行をしたが、長久手一蘭の反撃を受け退散した』

 これは翌日に学校中で美少女の悲劇という形になって語られた。

 長久手さんは主役を見事に演じきり、脇役の俺は途中で舞台を降板した。

 むしろ敵役として、脇役よりもスポットライトが当たっていたのに、自ら降板したのだ。違約金が発生して当然の行為と言えよう。

 だが違約金は請求されなかった。逆に出演料の増額さえ頂けたのだ、光栄この上ない。

 出演料はスパムで支払われた。

 増額された出演料を誰かにお裾分けしたかったが、皆謙遜を通り越した態度で俺を見ているので、しないでおいた。遠慮され過ぎている。お騒がせ俳優は実に辛い。

 そして舞台から逃げた俳優は、罰として不名誉な称号で呼ばれるのも当然だ。運命として受け入れよう。

 俺はこの出演料を軍資金に平凡な事業でも立ち上げたいる、いや、凡人はサラリーマン一択。などと平凡な考えに終始しながら授業を受け放課後を迎えた。

 長久手さんは今日も神出鬼没だった。自由に授業に出席し、欠席した。クラスメイトはまだ、彼女が芸能界から去ったことを知らないようだ。知っていても、当然その話が俺の元に来るはずがない。

 放課後には長久手さんは姿を消していた。今日一日、俺と長久手さんは接点を持たずに終わった。

 正直、俺はほっとしていた。今はどうやって長久手さんと接したら良いのかわからなかった。平凡な思考停止状態にある。

 平凡的速やかに下校したかったが文化祭の準備のために無理だった。だが準備といっても、俺にはほぼ仕事がないのである。

俺の仕事は三方原ミカの後ろを付いて回るようなもので、ほぼ雑用係。二人目のストーカー被害者に三方原をしてしまうようで心苦しいのだが、文化祭委員の仕事を放棄して帰るのも心苦しい。結果、雑用ストーカーという新ジャンルを開拓していた。

 文化祭のクラスの出し物は演劇発表。クラスに演劇部員が数名いたこと、クラスメイトの大多数が裏方に回れて楽ができることから決定した。民主主義万歳の決定だった。

 演目は『渚にて』 という小説か映画をもとに作られる。かなり昔のお話だ。ちなみに俺は小説も未読、映画も未視聴のままである。そこに女子高生が登場していれば話は別だった。

 否。軽く聞いたところ、物語がハッピーエンドではないからだ。俺は凡人らしく、ハッピーエンドの物語の方が好きだった。


「しかし、願わくばもう少し笑える結末になってほしいな」

 ストーキングしながら三方原に愚痴る俺。脚本や音響照明、全てのプログラムに関わっている三方原に、雑用しかしていない俺が異議を言うのは筋違い。最低のストーカーだった。

「そう言われも、コメディとか人を笑わせるのは大変なんだよ。台詞の間とか、観客との空気感が合わないと成立しないんだもん。悲劇の中にいる小牧君が笑いを求めるのはわかるけどさ」

 タブレットを操作しながら応える三方原。音響のプログラミングをしているらしいが、理解不能の作業なので手出し無用、邪魔なだけの小牧君なのであった。

 三方原からは同情の気配はすでに無い。二度目のスカート捲りで、俺が救いようのない存在と悟ったらしい。会話をしてくれるのは、一応の経緯を知っているのと、メール作戦失敗の負い目からだろう。

「それに比べて悲劇の方が楽なんだ。演じる方もまだ気が楽だって。小牧君以外からは不満も出てないよ」

「悲劇の方が楽って名言だな。勇気を貰える言葉だ」

「そういうことだから変更は無し。それにそんな時間も無いもん。でも私は悲劇も好きだよ。泣けるし」

「俺としては、悲しい涙は出来るだけ流したくないね」 平凡な意見である。

「でも『ローマの休日』 なんて恋愛物だけど悲劇でしょ? それでも笑えて泣ける名作。大好きだな」

「ローマにも行きたくなるし」

 そう思うと今すぐローマに発ちたくなる。高校卒業までジェラートを食べ尽くしてから帰国すればいいのだ。

「だから悲劇といっても種類がいっぱいあるんだよ。食わず嫌いはよくないよ?」

「たしかによくない。でも問題は、凡人は食わないことには、悲劇か喜劇かもわからないことだ。まさしく『神のみぞ知る』 ってやつだ」

 なぜか今の発言がツボに嵌まったらしく、作業の手を止めて三方原は笑った。気の済むまで笑うと口を開いた。

「ここまでウケたの久しぶり。そうそう、凡人道を突き進む小牧君に質問」

「平凡な答えでいいならね」

「じゃあ、このまま平凡な毎日を送って社会人になったらどうする?」

「平凡だけど就職するね」

「就職面接の時に自分の平凡さをアピールするの?」

「自慢できるのはそれだけだからな」

「平凡な会社でも採用してくれないよ」

「詰んだな」

「詰んだね」

「だが世界一になれば希望はある」

「希望の先に絶望が待ってるよ」

「ところで、三方原様の御自宅に近々お伺いしてもよろしいかな?」

「なんのため?」

「義父様にご挨拶を」

「紹介はしないよ?」

「俺、世界一の凡人になったら結婚するんだ」

「死亡フラグをたてて脅迫しても紹介しないよ?」

「そうだ! 俺は『ニートの休日』 に出演予定なんだ!」

「ギャラは出るの?」

 若干二ヶ月で俺の人生目標は暗礁に乗り上げた。それを察してか三方原は話題を戻してくれた。

「知ってる? 『ローマの休日』 と『渚にて』 の俳優さんは同じ人が演じてるって。だからこの作品にすることにしたんだ」

「三方原が?」

「そう。演劇部の子達も薦めたら気に入ってくれたよ。だからこれに決まったの」

「それで脚本から何からすべて、こだわって作業してるのか?」

「うん。私から提案したから、集大成の作品にしないとね」

 無垢な笑顔で答えると、タブレットに向かって作業を再開する。

 その様子を雑用ストーカーとして見守りながら思った。

『ローマの休日』 なら少しは面白い演劇になりそうなのに、と。

 しかしオードリー・ヘップバーンをを演じられる生徒はいない。

 いや、一人だけはいるが、彼女はそのオファーを受けないだろう。

 万が一出演OKの返事を受け取っても、上映中の舞台からヒロインは忽然と姿を消す。

 そして上演舞台の演目は『ローマの失踪』 として幕を閉じる。

 何せ芸能界からも姿を消す人物に主役を任せるのは危険すぎる。

 集大成をぶち壊された三方原は長い休日に入るかもしれない。

 俺も休日に入りたいのだが、まだ火曜日だ。休日まではローマよりも遠い気がした。

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