返事
この世には一人ではわからないことが沢山ある。
だから知恵を持っている動物は群れを成す。
群れを成せばお互いの知識なども交換できより強い群れになる。
しかしどんなときにもその群れを超すイレギュラーが出てくる。
それがいつ現れるか。それは誰にもわからない。
暫くの沈黙。凍りつく空気。
一歩一歩ゆっくりと歩く。パラパラと天井から粉末が降ってくる。
動く僕に魔王が話しかけてくる。
「おお・・・貴殿が勇者か・・・」
「だとしたら何になる。我は勇者ではない。・・・異世界から来たことはわかる。それ以外はわからない。覚えてないのだ・・・」
勇者ではない。この一言はその場に場はざわめく。異世界から来たのは理解できるが勇者召喚の魔方陣から来た異世界人が勇者ではないと言っている。なぜなのか理解できていない者もいる。
一気に荒れた空気の中魔王が言う。
「よい。勇者ではないのならそれでも良い。・・・・ラーズグリーズと名乗る者よ。貴殿は本当に異世界から来たのか。貴殿は元々その姿なのか?」
「・・・わからない。ただ言えることはこの世界に来る前は想像していた通りの姿をしていたと言ってもよい。そして・・・この魔方陣は不完全の欠陥品。それが影響して我はこのような姿になった。名前は・・・唯一覚えていた記憶の中から精一杯出したものだ。」
「・・・・そうか。とにかく召喚に応じてくれて感謝する。我が名はトゥーコムスト=ラインハルト。魔王軍総大将であり現魔王である。」
いかにも親玉っぽそうな人物が頭を下げる。僕も一応合わせて頭を下げる。
とにかく何も覚えてない。そうなると今頼れるのはこの人達しかいない。
なにをされようにもまずは情報が必要だ。
「と、とにかく魔王様。ラーズグリーズ殿に状況の説明をば。」
「む。そうであったな。四大貴族の面々とも今後のことについて話さねばならない。今まで以上に忙しくなるであろう。頼むぞ。」
魔王とその横にいる魔族が会話する。そして魔王は僕に向かって手を差し伸べる。
深い深呼吸の後僕に静かにこう言った。
「我が野望のために協力してほしい。報酬はなるべく貴殿の要求に合うものを用意しよう。・・・貴殿の力が今の私達には必要なのだ。返事はすぐじゃなくてもいい。じっくりと考えて欲しい。」
そう言うと魔王は部屋から出て行った。そしてメイドと思われる魔族の女性が僕を誘導する。
肌が青い者。耳が長い物。蝶のような羽根が生えている者。
ゲームでよく見た人物像だ。エルフにフェアリー。ウェアウルフ。その他諸々。
しかしどの人物も小さく見えてしまう。そしてこの体は消費エネルギーが大きい。多分体が大きいため内臓なども人間のサイズではなくこの体に合ったサイズになっているのだろう。
――――――――――――――豪華な部屋
先ほどの魔方陣があった部屋とは一風変わり客人をもてなすであろう部屋に案内された。
椅子もテーブルも小さい。それもそうだ。先ほどの魔王のサイズとの差を考えれば納得がいく。
しかしこれからどうしよう。と、考えるが今の自分に出せる答えは一つしかない。
この魔王軍に手を貸すということだ。この姿で人間の街など自殺行為に等しい。
それに魔王がいるということはもし自分がこの誘いを断った場合魔王直々に自分を処分するかもしれない。
自分の力の度合いがわからない以上迂闊に敵を作るということはしたくない。
腹は決まった。
―――――――――――玉座の間
「本当によかったのですか?魔王様。あのように決断の時間を与えてしまって。・・・・仮にも異国から召喚された存在。スキルや能力は飛びぬけて強力無比な物ばかりでしょう。もし今の間に逃げられでもしたら・・・」
心配しておろおろと歩き始める宰相。四大貴族との連絡に焦りを感じる大臣。
そんな面々をみて軽く苦笑をする魔王。もちろんそのことは魔王以外にはわからないものだが。
「案ずるな皆の者。あの異世界からの旅人はわが軍の指揮下に必ずや入るであろう。そもそもここは魔王城。我が要求を呑まなかった時抹殺されると考えるであろう。そこまでなら知恵が回るであろう。回らなかったら・・・まぁその時はその時だ。」
魔王はその重苦しい鎧を軽く鳴らし玉座に鎮座する。今後召喚されたあの者と四大貴族の面々との会談の場も設けなければならない。
その間にも人間側の勇者の対処も考えなければいけない。あの4人組のせいでせっかく侵攻した土地が奪い返され得てしまっているのだ。
余計な戦乱は土地が痩せるだけの行為。この魔界も内乱という戦乱のせいで土地が荒れに荒れてしまった。
そのせいで食料も地下で魔法を使い何とか栽培している物しかない。
魔界の土地も人間界への侵攻という名目のおかげで目があまり向けられてない。
今のうちに魔界を再興させなければ・・・
―――――――――――――豪華な部屋
「・・・ズ様。・・・グリーズ様ー。」
いつの間にか寝てしまっていたらしい。小さなベッドにいつの間にか寝かされている。
「あ!起きた。よかったぁー」
狐獣人のメイドが少し嬉しそうに僕の顔を見る。
「水が飲みたい。お腹も減った。」
率直な今の状態を言ってみる。
そのことに少し頷く狐メイド。
「しばらくお待ちくださいね。」
そういい部屋から出ていく狐メイド。周りを見渡し誰も居ないのを確認すれば自分の身体を見るために偶然部屋にあった巨大な鏡で自分の身体を見る。
大きな羽根。引き締まっておりどっしりと重量感があるムキムキの身体。
しかし何故だろう。この巨大な体はどんな能力があるのだろうか。
「・・・・・」
軽く体を動かしてみる。よく動きよく止まる。こんな狭い部屋だとそんなに動けない。
魔法などもあるだろう。きっと。しかしいまこの狭いところで唱えるのもダメだろう。
「あぁー。なんでこんなに部屋がっ・・・」
さっき水を取りに行った狐メイドがそんな声を上げる。
それもそのはず。こんな巨体が激しく動けば少なからず家具は蹴飛ばされたりして吹き飛ぶだろう。
「暴れすぎですよぉ。一応怪我はないみたいですけど・・・注意してくださいね?」
そう言いながら粉砕してるテーブルを見て唖然としている。
手には水が入ってると思うポットがあったのでそのまま狐メイドを持ち上げて飲ませろと顎で合図してから口を開けてペットボトルから水を飲むかのように両手を動かす。狐メイドは慌ててコップに水を注ぐかのように水を飲ませてくれる。
「ラーズグリーズ殿。返事を聞きたいと魔王様がおっしゃっております。案内致しますのでついてきてください。」
下っ端の小間使いと思われる魔物が僕を呼ぶ。
狐メイドを降ろしてからその魔物について行く。
此処が大きいところでよかった。そう思った。やはり巨大な魔物とかも徘徊しているのだろう。
―――――――――――玉座の間
「勇者様をお連れしました。」
「勇者様ではない。ラーズグリーズ様と呼べとあれほど言っておいたであろう。彼は自分が勇者ではないとはっきり言っていたはずだ。聞いていなかったのか?」
「し、失礼しました・・・!」
そう言いながら頭を下げその場をいそいそと後にする魔物。
きっとあの魔物の反応からするにここは偉い人ばかり集まっているのだろう。魔王って自分から言っていたし。
「さて。ラーズグリーズ殿。我が問いに答えてもらおう。返答によっては然るべき行動に出なければならない。良いか?」
黙ってうなずく。そして周りを見る。
物々しい空気。緊張と殺意の視線。
「我、ラーズグリーズは魔王軍に手を貸すことによる利益が見当たらないため魔王軍には参加しない。」
「ほう。つまり我が問いを蹴ると。そういうことだな?」
場が殺気で包まれる。普通の人間だったら気絶してしまうだろう。
しかしここで屈してはいけない。今後の自分の行動範囲を決定付ける大事な交渉の場なのだ。
魔王は僕の力を。僕は外の世界の見聞を。お互い融通が利くところまで歩み寄らなければならないだろう。
「現状ではそうなる。なんにしろ判断材料が少なさすぎるのでね。わからないか?我はこの世界の情勢をまだ知らない。何故我を召喚したのか。ここは世界のどこに位置するのか。敵対する陣営はなんなのか。全てにおいて情報が少なさすぎる。」
「・・・・なるほど。宰相と近衛兵を除き全員この部屋から退去するように。魔法による盗聴も禁止だ!」
魔王がそう言いながら手を叩く。そうすると各々部屋から出ていきこの部屋にいるのは魔王と宰相。近衛兵。そして僕だけになった。
「情報が足りなさすぎると言ったな。ラーズグリーズ殿。我が一つ一つお答えしていこう。なんの情報が欲しい。」
少し前かがみになり僕を刺すように顔を向けている気がする。そもそも鉄仮面に重装系の鎧を装備している時点で表情は悟れないだろう。それでも僕は言葉を自粛する気はない。今ここでは折れた方が不利になる!
「・・・・まず何故我を召喚したか。」
「簡単だ。人間に勇者が召喚されたからだ。それに対抗すべくわが軍も勇者を召喚しようとしたのだ。召喚されたのは勇者ではなかったようだがな。」
「なるほど。では次に。今現在魔王軍は人間界のどこまで侵攻で来ているのか」
「人間界は大きい。どこまでと言われても具体的には言えない。これは進軍ルートなどにもかかわってくるからな。大雑把にいうなれば北辺の辺境であろう。それと東の平原と海岸をだ。」
「内陸には手が出てないんだな?攻めあぐねてるのか。」
「それは言えぬ。まだラーズグリーズ殿が配下に入るとは限らぬからな」
「ふむ。確かにそうだな。最後に。我を配下に入れた場合我に何の恩恵がある。」
「貴族階級への参加。一地方の行政権。そして四大貴族とはまた別の待遇を設けよう。」
「それは征服後に行ってもらいたいものだ。戦時中の現在受けれる恩恵は何か。」
「現在か。まず専用の部隊の指揮権。それと貴族階級との接触許可。魔王城に居住してもよい。」
宰相と近衛兵が固唾を飲みながら行われる言葉の攻防戦。その議論は半日に渡った。
その結果
1:ラーズグリーズには専用の施設と部隊の指揮権があるものとする。これは戦闘中指揮官を失った部隊に対しても可能。戦闘中の部隊は任意で指揮権をラーズグリーズに一時的に貸与出来る。
2:占領または壊滅させた地域は魔王直轄領になる。戦後の領土分割においては魔王が決めた範囲の行政権が魔王から譲渡される。この際他の貴族と同等の領土配分を受けれる。
3:ラーズグリーズは魔王直属の兵隊長とする。魔王への反逆行為が目撃又は報告され次第処分が下される。その結果死罪が下されても異議は申し立てないこと。
4:四大貴族の長からの命令及び報告は各々の長に報告すること。魔王への戦果報告は認められない。魔王が下した命令の戦果報告は宰相又は大臣に報告すること。
5:ラーズグリーズは魔王軍への攻撃および裏切りは認めない。認められた場合処分に異議は申し立てないこと。
6:四大貴族とは対等の立場で話し合いをすること。決して力が弱いといって見下すなどの対等ではない行動をとらないこと。
7:どんなことがあっても必ず生き延びること。
など決まった。
「魔王様。ラーズグリーズ殿。書面が完成しました。お互いの承認の証として魔力判と血判を。」
「ラーズグリーズ。貴殿の活躍に期待しているぞ。」
「・・・・・・」
黙ってうなずく。一応戦時中の身の振る舞いと戦後処理のことを詰めていけたのはいいことだ。情報なんて1週間もすれば古くなり役に立たなくなる。そう考えると有意義な半日だった。
様々な取り決めが書かれた書面に血判をする時小さな事件が起こった。
「ラ、ラーズグリーズ殿。深く切り過ぎなのでは・・・」
「そうか?痛くはないが」
「流石ですね・・しかし有害な細菌の増殖などが心配されますので一応手当をば。」
宰相は気が付いていた。ラーズグリーズはとんでもない病気を患っていることを。
痛みを感じず汗もかかない。魔族でもたまにそのような者が産まれるがよりにもよって異世界から来た勇者がそのような病気だとは・・・・
「(やはり【必ず生きて帰ってくること】を条件に入れることが出来たのは大きい。痛みを知らず連戦連戦し続けた結果死亡など損失が大きすぎる。)」
「よし。四大貴族の長達はもうとっくに到着しているであろう。一人ずつ会いに行くとする。ラーズグリーズ。付いてこい」
「・・・・・・・・」
黙ってまた頷く。
「それと。四大貴族の長達との会談が終わった後、超要塞都市テールドフェルを”破壊”しろ。魔族と人間が今一番争っているところだ。あそこはお互いの戦闘の要点だからな」
「・・・・」
何を言われてもとりあえず今は黙ってうなずくだけだ。とりあえずあの条文からするに魔王の命令だけでなく四大貴族の命令もこなさねばならないらしい。
マルチタスク系の経験が必要になってくるがなんとかなるだろう。
――――――――――超要塞都市テールドフェル
「なんたって王様はこんな辺鄙なところに俺達を待機させてるんだろうなー。さっさと進軍しちまえばいいのに。」
「あなたはすぐそうやって突っ込む。だから私たちが苦労するんでしょ。少しは考えてよ。」
宿屋の中で勇者4人が会話している。
装備もお金も名声も困らない。王様が支援してくれる。
「それにしてもみんな高校生なんてねー。タイムリーすぎるよねぇー」
「まぁいいじゃん。はぁースマホの充電できないやー。」
「俺太陽光発電で充電できるの持ってるぜー。昼間ドラゴン倒しているときに電気貯めておいたから使えるぞー。使うか?」
「まじー!?使う使う―!」
そんな他愛もない話をする中、王国の兵士が汗を垂らしながら勇者4人に報告する
「ゆ!勇者様!!大変です!」
「なんだよー。またオオコウモリとかの襲撃かー?」
「違います!!・・・・魔族が勇者召喚をして勇者が召喚されました・・・」
その報告に固まる4人。そして苦笑や拍子抜けな感じで話を流す。
「別にまだ敵って決まったわけじゃないじゃんー?ま、敵だったときは俺の広雷撃爆破魔法でイチコロだって!安心しろよ!」
「その勇者が魔王を倒してくれれば私たちの手間省けるんだけどなー」
「ははっ。なんだ。そんな重要なことじゃないじゃん。僕たちみたいに強いなら合流して5人で魔王を倒せばいいだけだし。」
「そうそう。それで・・・その5人目の勇者はどこにいるの?もうここまで来てる?」
そんなことを言う勇者たちに対して兵士は言う
「魔王城で召喚されました・・・・」
この時はまだ”魔王城で勇者が召喚された”ということしか知らない勇者4人。この4人も異世界から召喚された勇者である。今はまだ自分の過剰すぎる力の上に胡坐を掻いているだけだが思い知ることになるだろう。
数日後、その”勇者”がとんでもない代物だということに。
――――――――――――とても豪華な応接間
「お待たせした。炎王殿。」
魔王が部屋に入る。僕も部屋に入る。
そこにいたのは立派な白髭を蓄え静かに瞑想をしている龍人だった。
トゥーコムスト=ラインハルト
現在の魔王。今までの魔王とは少し違く内政に力を入れている。
四大貴族間の内乱を早期終着させるなど功績は大きい。
しかし人間側から一方的な宣戦布告を受けると事態は一転。
折角育てた大地を人間に奪われ人々は殺され誘拐され散々な辛酸を舐めさせられた。
幸いにも魔族の各個人の能力は人間より圧倒的に高いため指揮が得意な者を登用即出陣という電撃戦を繰り返していたため領土は開戦前より大きくなっている。
しかし国外のことに目が行ってしまったため国内のことが疎かになってしまったことを今でも悔やんでいる。
一応5人の妃がいるが子供は成せてない様子。
勇者召喚時にはいよいよ年貢の納め時かと思っていたがラーズグリーズの召喚により計算がトチ狂った。
人望・名声・能力全てを兼ね揃えた人物だがいまだに動物には嫌われている模様。