過去話アイザック編:旅路の始まり
ゆっくりと執務室の扉を開ける。
そしてぐったりとソファーに寝転がる。
ふと窓から見える海。あの出来事を静かに思い出す。
あの日。確かに私の中の歯車が動き出したんだ。
数年前。アールバシオン共和国は苦境に立たされていた。
支援を断ったために国交を断絶され海は魔族が着々と侵攻している。
陸海ともに封鎖されたに等しくそして物流も国内でしか動かなくなってきてしまった。
このままではこの国は戦争するしか手段を取れなくなってしまう。
国民は選挙を行うように国に訴えた。
そして前首相は再選挙を宣言。勿論議会も全て解散からの総選挙だ。
国交を断絶しているとはいえ選挙を行うということを非難し一方的に宣戦布告する帝国。
それもそのはず。せっかく生贄になるような国が出来たのにこんなところで国のトップが変わるなんてとんでもないことだからだ。
魔族にアールバシオン共和国が占領されるなら帝国領にすると宣言した帝国。
一向に海から上陸してこない魔族。
緊張の糸がそろそろ勢いよく弾け飛ぶ瞬間が近付いてきたのである。
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そして帝国の圧力にも負けずに選挙を敢行。
投票所が大砲で狙われたりなどとんでもないことが起きていたが選挙結果が出たのだ。
結果は魔族との宥和政策を取りつつも選挙を妨害してこの国を侵攻し自己の保身に走った帝国を非難し絶対に屈しないような国にすると宣言したアイザック・ウォルトバーグに都市部の住民からの票が集中した。
「これから共にこの国を強くしていこう。我々ならできるはずだ!」
この一言と共にまず全面戦争状態からの脱出を目指した。
アイザック・ウォルトバーグ。30歳の若き首相はまず自国の兵士の増強を目指した。
そんな中港に人魚の女性が迷い込んだと連絡があった。
現在魔族とは戦争中である以上そのまま帰すわけにもいかない。
「私が直接会おう。・・・公務も大事だが魔界からの初めての来訪者だ。丁重にもてなさなけばな。」
アイザックはそう言い執務室を後にした。
―――――――――――――――――アールバシオン共和国/第3港/7番ドック
ここは申し訳程度に軍艦が整備されている。
勿論度々出港したこともあったが海賊を倒すためであり戦争での使用はまだされていない。
というか出来ないのである。
「やぁ。此処に人魚の女性が迷い込んだと聞いたんだけどまだいるかな?」
屈強な船乗りの面々に話しかける。
皆挨拶をしてくれるがどことなく疲れ切った顔をしていた。
「あぁ。首相殿じゃないか。・・・・はぁ。人魚ならあそこにいるよ。」
指を差された場所に居たのは軍艦を遥かに凌駕するほど巨大な人魚だった。もしかしたら港より大きいのではないか。
確かにあの大きさでは会話は出来ないだろうしそれにどうやら迷い込んだ風に見えて実は駐在しているのかもしれない。
「わかった。とりあえず船を出してくれ。あの素敵な女性と話がしたい。」
「正気ですかい!?今魔族とも戦争中なんですぜ!?」
驚く船乗り達を気にせず船を出港してほしいと再度伝える。
暫く相談したようで数人の船乗りが船を出してくれるらしい。
「戦うつもりはない。私は話し合いがしたい。しかしあの女性は話す気はないかもしれない。だが、そう決めつけるのは良くないことだ。」
私は船乗りと会話をし、今後どのようなことを私に期待しているのか。何故私を選んだのかを聞きながら巨大な人魚の女性に何を話すか考えていた。
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「お・・・大きい・・」
いざ近くに来てみれば確かにこれは勝てる気がしない。
それほどまでにこの人魚の女性は巨大だった。
「@*:x<?1r、^・¥+;」
「あ・・えっと・・」
人魚の話す言葉は理解できなかった。
やはり種族が違うとこのようにコミュニケーションも辛いものになってしまうのか・・・
「はぁ・・・やはり翻訳をせねば・・・」
そう言い腕を組みながら悔しい思いをしていたら可愛らしい笑い声が響いてきた。
驚いて見上げるとその人魚の女性が笑っていた。
「うふふ・・・ご、ごめんなさいね・・・ふふっ・・」
「・・・・・・」
おかしそうに笑う姿を見て呆然とする。
何がおかしかったのか。必死に動揺する頭を回転させて理由を考える。
「ご、ごめんなさっ・・・ふふふっ・・だ、だって・・・真剣に考え過ぎですし怖がり過ぎですよっ・・・」
「こ、言葉が話せたのか。」
素っ頓狂な声が出れば人魚の女性は更に笑った。
船乗り達も私も彼女の笑いが収まるまで船の上で必死に海に落ちないように堪えていた。
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「・・・・うふふ。失礼だったわよねっ・・・」
まだ笑みがこぼれる彼女は船にいる私に顔を近付ける。
何故ここに来たのか。それと先ほどの言葉のことも聞かなければならない。
「あ・・いや。気にしてはいない。それより何故ここに来たのかを聞かせてくれないか?」
「あーー。そうでしたね。そこからですね。・・・・その前に名前を。私は【フェストゥンク・ゼーユングファー】です。長いから無理に覚えなくていいですからね・・・」
フェストゥンク・ゼーユングファー。確かに長い名前だ。
しかし今後のことを考えると覚えておかなければならない。
ひとまず彼女には敵意はないということははっきりわかった。
「さて、えーと。この国の一番偉い方にお会いしたいのですがー・・・」
「あぁ・・今目の前にいる人間がこの国の中で一番偉いさ。私の名前はアイザック・ウォルトバーグ。ただの人間だ。あぁ、動かないでくれ。このままで話を進めよう。」
少し驚いてからさっき笑っていたことを丁寧に謝罪するゼーユングファー。
別に気にしていない小さなことも謝るあたり何かとやり辛い。
そんな中船が一隻猛スピードで近付いてきて叫ぶ
「首相ー!!アイザック首相!!久々に帝国の奴らが国境超えてきやがった!!」
まだ兵士の訓練も砦も建設し終わってないし帝国の軍は要塞都市に駐在しているんじゃなかったのか。
焦りと緊張の汗が私を包み始めた時ふとため息が聞こえた。
顔を自然とゼーユングファーに向ける。
毅然とした態度に優しく微笑む彼女が近付いてきた船に言う。
「場所はどこですか?」
「え・・・ま、魔族っ!?」
少し驚く船乗り達だが猫の手も借りたいほどなのか簡単に言ってしまった。
聞いた場所は確かに国境沿いの中では比較的攻めにくい所だ。
攻めにくいからこそ兵士の数が少ない我が国は気にしていた場所だった。
「なるほど。距離はそう遠くないみたいですね。」
「な、何を言ってるんだ。この港から早馬で単純に考えても5日はかかるぞ!」
「それは回り道とかしてるからでしょー?私は・・・違うわ。これからやろうとしていること。」
自信満々に泳げる状態からゆっくりと背中を見せるゼーユングファー。
軽く目を細めてから旗などのことを聞き始める。
確かに彼女が言う旗の特徴は帝国とそれに恭順している国の旗だった。
「じゃあ全滅させましょうかー。あ、その前に。私、フェストゥンク・ゼーユングファーは一時的にアールバシオン共和国の指揮下に加わります。アイザックさん。いいですか?」
「あ、あぁ・・・」
私を見て首を傾げるゼーユングファーに理解が追い付かない身体でガクガク首を振る。
それを確認した瞬間ゆったりと深呼吸をしたのちに一言彼女が言い放つ。
「・・・・ロンチ!!」
その瞬間爆音と共に巨大な火球や見たこともない魔法が空を飛んでいく。
私の脳内にしっかりと焼付くその光景。
まさに流星群のような魔法群が次々に詠唱されては空を覆い尽くす。
そして彼女は静かに言う。
「・・・・着弾・・・確認。」
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「・・・帝国軍及び連合軍は撤退した模様です。」
「・・・・・」
驚いた。ゼーユングファーのあの魔法で撤退出来た敵兵士は後方支援に待機していた支援部隊だけなのだ。そしてその支援部隊も壊滅寸前まで追い込まれたのだ。
執務室からも見えるその巨体は人々に恐怖を与えている。
彼女が発射したと思う魔法は人間が絶対に唱えられないような質と威力があった。
そしてその魔法に心を惹かれる人も居たらしい。
・・・・・私もその一人なのだが。
「やはり魔族は素晴らしい・・・彼女のように人間との講和を望んでいる者もいるだろう。そもそも我が国は半強制的に参戦させられたからな。まだ我が国の印象は魔界では悪くはないだろう。」
そう言いながら体が動き出す。
自分の意志で。首相が外遊など珍しいことではないだろう。
私は魔界に行く。そして全ての魔族と即座に講和する。あわよくば協定など結んでしまおう。
我が国を帝国の牙から守るためには屈強な魔族という鎧が必要だ。
ただ無謀な馬鹿だと罵る人物もいるだろう。
しかし今ここでこんな馬鹿なことをしないと経済も多分萎縮の一途をたどり戦後かなり苦しい状況になるかも知れない。
それに・・・彼女の装備品。あれは素晴らしく上等な一品だった。彼女の体躯に合っている装備を作れるほど鍛冶などの技術も発展しているってことだ。
見に行かねば。我々人間は本当にここで魔族と戦っていいのか。
このままでいいのか。
それを知るために。
フェストゥンク・ゼーユングファー
所属:元アトランティス/ダイアナ女皇直属特別部隊+アールバシオン共和国特別臨時部隊
性別:雌
種族:ギガント人魚+突然変異型+超大型
体長410mという魔界一の大きさを誇る魔界の英雄。もともと体躯が素晴らしく逞しいギガント人魚種の突然変異種であるため格闘戦を得意とする種族なのに国家魔法級の魔法を無数に発射出来る。
女性故にたまに性的な目を向けられるがそんなことは気にしていない。
人間の部分の肌は青色で髪は金髪である。瞳は優しい水色。爆乳。耳ヒレ。
突然変異種のためなのか臍がないのも特徴の一つである。
移動の際は転送魔法で移動する。が、基本的にアトランティスからはよほどのことがない限り動かない。
アイザックに会いに行ったのは単純にアイザックが不在の際にアールバシオン共和国が陥落しないようにダイアナ女皇より遣わされた。
人間に対しては非常に寛大でありしっかりと溝を埋めればお互い共存繁栄できると信じていた。
その身体は勇者4人すら威圧したが最終的にはメシアアドヴェント帝国からはなれた外洋にて勇者の手によって轟沈。血まみれになり息も絶え絶えになっても反撃しなかったその姿を確認できたのは勇者4人と勇者を送った船乗り数十人だけである。勇者は「人間の脅威を倒せた」と喜んでいたが船乗りたちは「本当に彼女を殺して良かったのか。我々はとんでもないことをしてしまったのではないか」と深い悲しみに包まれた者もいた。
今でもその外洋からは彼女の歌声が聞こえてくるという噂がありその海域は【人魚の安息地】とも言われ船乗りからは禁忌の海域に指定されている。
スキルはまさに防御に徹している。
国防に関しては右に出る者はいない。
何故なら彼女のスキルの1つに【自国または自身を指揮下に置いている国の防衛戦時ダメージが666%上昇する】というとんでもないスキルがあるからである。
自身が受けた傷は多少の物ならみるみる回復していく。生半可なダメージでは倒せないということだ。
ちなみに自分からは絶対に攻撃しない。そしてその体の大きさゆえに人間に接近された場合なす術がなくなる。
ラーズグリーズですらⅩである全魔法も彼女はⅩⅦまで強化されている。
ラーズグリーズ召喚前もっとも強かった魔族。
その平和を目指した姿は多くの人物の記憶に刻まれている。
アールバシオン共和国の外洋には彼女が身に纏っていたオリハルコンとヒヒイロカネとプラチナで作られていた鎧の欠片が墓と共に海底に埋められている。
彼女が沈んだとされる日は今でも世界中の船乗りが出港を避ける日になっている。
彼女の魂が安らかに眠ることが出来るように。今でも少数の人間が祈りを捧げている。
彼女がもたらした魔法の知識などはマーメイド魔法と呼ばれ今でも広く砦などで使われている。
しかし戦争当初はアールバシオン共和国のみのようだ。
今日もどこかで彼女の生存説を唱えている人間がいるのも彼女が人気の理由の1つだろう。
ある意味戦争に巻き込まれそして散ってはいけない人物だったのかもしれない。




