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その二

「リサって大切な人?」

ピックが身長差を埋めるようにクリスを見上げながら言った。

「わたしの妻だ。マイノリティにされて確保されてからは一度も話せずに追放されてしまった」

リサはいま何をしているだろうか。大統領はどんな判断を下したのだろうか。そしてこれからリサに起こりうることが頭から離れなかった。

「それは気の毒に。でもプレコグだって必ずしも未来を予測できるわけじゃないわ」

ピックがクリスの腰を叩きながら言った。

「連中はそれぞれが違う時間軸の未来を見てる。だから別の世界の話かもしれねえ」

ディグはクリスの方に向き直って言った。

「まだ決まった未来じゃねえんだから落ち込むなって」

長く太い爪のある手でクリスの背中を励ますように強く叩いた。その時ふとクリスの中に希望が満たされたような気がした。そうだ。確かにそうだ。未だかつてマイノリティの家族が何か罪に問われたことなど長い歴史の中で数例しかない。何を恐れているのか。プレコグだって未だ信用ならない。初めての環境に慣れず動揺しただけだ。とにかく壁の中に帰らねばならない。

ピックがにっこりと笑うとディグがクリスの服の裾を引っ張って言った

「見ろ。俺らの村だ」

ディグやピックによく似た小さな住民が店を構え門を構え、あちこちで動き回っている。ほとんどが人間の生活と変わらないが玄関も商店の入り口も全て下を向き地下につながっていた。

「しばらく私達の家にいていいのよ」

親切心から出たのか好奇心から出たのかわからない声でピックが言った。

「お前は人間と一緒にいたいだけだろ」

とディグが鼻を鳴らしながら言った。

「しかしまあ。どこにも行くあてがないようだし、しばらくうちにいろよ」


ディグの話は信じられないことばかりだった。彼らは野生的な見た目に反し非常に知性豊かで戦前から今に至るまでの歴史を集め記録していた。ディグによると戦後間もなくは壁の中と外とで何度も争いが繰り広げられ、激しい動乱の中、厳しい環境に壁の外の住人は無理やりでも適応せざるを得なかったと言う。彼らは身体を機械と融合させるもの。地に潜るもの。残された自然に逃げて行くものと、様々だった。その時の差でハリネズミやプレコグ、他にも多くの種族に分かれていった。彼らハリネズミは、いくつかの種族の末裔が紆余曲折を経て今の姿になったそうだ。

「中には気性が荒くて襲ってくる連中もいるが、基本的には皆んな平和的だ」

ディグはそう言うと彼らの身の丈に合わせて背が低めに作られたタンスからマグカップを取り出し何か香ばしい香りのするお茶を注いだ。

「それで。どうするつもりなんだ」

ディグが聞いた。

「どうもこうも。なんとしてでも壁の中に戻る。妻に会いたい」

ティーポットでお茶の準備をしていたピックがキッチンから戻ってくると

「壁の中に入るのは簡単よ。穴を使えばね」

両手で小さな穴を作って見せると、にこりと笑って言った。

「やめろ。ピック。あの穴は危険すぎる」

ピックを遮るように言ったがクリスの耳にたどり着く方がはやかった。

「穴ってなんだ。抜け道があるのか」

ピックが嬉しそうに説明を始めようとするが今度はクリスの耳に届くより、はやく遮って言った。

「抜け道というより、ただの穴だな。アンタくらいの人間でも十分に通れる穴だ。でも危険すぎる。穴に到達するまで。そして到達した後もだ」

「何がそんなに危険なんだ」

クリスがディグに聞くとディグは一呼吸置いてから答えた。

「俺らが住んでるこっち側ってのは、さっきも言った通り平和な奴らが多い。ただ壁の半円の向こう側ってのは野蛮な奴らが多いんだ。向こう側に行きさえしなければ平和だってのに、わざわざ誰が危険なところになんか行くと思う」

クリスは少し考えてから答えた。

「私がいる」

ディグは呆れ返ったようにやれやれと頭を振った。こんな世界なのだから危険な場所だというのは想像に易かった。

「正気か?向こう側にいるやつらは殺すとか襲ってくるだけじゃないんだぜ。生きたまま原型がわからないような姿に変えられたり、痛みを感じる方がマシなほどの苦しみを味合わせたり、そういうことをするやつらが居るんだぞ」

クリスはお茶をすすりながら再度答えた。

「それがなんだっていうんだ。捕まらなければいい」

それを聞いたディグはしばらく考えてからピックの方を見た。

「私のことは気にしないで。あなたの好きにすればいいのよ」

ピックはディグの頬に小さな手を当てながら言った。ディグがピックの手をそっと触ってから話すと

「わかった。そこまで言うんなら手伝ってやれないこともない。ただし俺とあんただけじゃダメだ。俺の仲間を集めないと。ファイアチームだ」

ディグは時計を見てから「明日は忙しくなるぞ」と言い残し部屋を出ていった。それを見送ったピックがクリスに近寄ってきて言った。

「ディグはね。昔は向こう側で戦ってたの。だから本当の怖さを知ってる。でもあなたのために何かしたくてしょうがなかったみたいね」

ふふっとピックは笑った。

「でも向こう側は本当に危険なところ。本当は行って欲しくない。ディグとあなたは止められそうにないけど」

ピックはクリスの腰をポンと叩き言った

「今日はそこで寝てね。少し狭いかもしれないけど」

ピックが指差した方には急ごしらえのベッドらしきものが出来上がっていた。

「ありがとう」

またもピックはふふっと笑って見せた。

リサと一緒に買った大きくて柔らかいベッドとは違う小さくて硬いベッド。しかし長く感じた一日の終わりには十分だった。こうして居る時もリサのことが頭から離れない。


「この世界で戦うときは一つの種族で固めないのが鉄則だ。相手が自分の種族の手に負えない力を持ってたら全滅だからな」

ディグはそう言うとツルハシを磨きはじめた。

「銃とかそういうのはないのか?」

クリスが聞くとツルハシを拭く手を止め鼻で笑いながら答える。

「銃?あんなローテクこの世界じゃおもちゃみたいなもんだぜ。サイボーグの連中には効かないし、避ける奴もいる。だから直接これでかち割りに行く方が話が早い」


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