プロローグ
書きたいものを書く。頑張ろ。
「異世界ヴァルナーを救ってください」「いやです」
ノータイムでそう断る。
「しかし、貴方に秘められた力でしかヴァルナーを救う術がないのです!どうか!どうか異世界へ‼」
「やです」
かれこれ二時間はこの問答を繰り返しているのではないだろうか。
まあ、時間も何も、今立っているのは雲一つ無い青空が360°広がっているような空間である。時が流れているのかは分からない。
ただ現状わかっていることは、自分は死んでしまった事。目の前で頭を下げながら光り輝いているのは神様であること。その神様が自分に異世界に行けと言っている事だ。
河野 良輔 17歳 高校生
特筆すべきことは無し。
強いて挙げるなら死んでいる。
「何もただ行ってこい、という訳ではありません!この私から貴方に神の加護を授けると言っているのです!」
「そうですね」
「この加護は凄いのですよ。どんな武器でも使いこなし、全ての魔法を操る事ができる!更にどんな美女ともしっぽりできる素晴らしいものなんですよ‼」
「しっぽりってあんた」
「これ程お得な話はありませんよ。さぁどうです!行きたくなりましたね?」
「ないです」
「何故?!」
目の前の神が驚くと同時に崩れ落ちる。さながらベテランのリアクション芸人のようだ。
そんなどうでも良いことを考えていると、神が笑顔を引き攣らせて問いかける。
「どうすればよろしいのでしょうか?神々の祝福がふんだんに盛り込まれた武具?それとも奇跡とも呼ばれる神の秘術?それともお世話係として天使の一人や二人でも差し上げたら行く気にはなりますか?」
魅力的な話ではあるが、とりあえずおいておき、自分の本音を語る。
「まぁそのヴァルナー?ってところに行って世界を救えってのは分かりましたし、凄い力も貰えて楽勝ってのも分かりました」
「そして全て終わらせても生き返る事は出来ない、新しい人生を歩む事も分かりました」
一呼吸おいて次の言葉を紡ぐ。
「別に異世界に行くことに関しては、嫌ではないんです。もちろん不安もありますけど」
「未練がないと言えば嘘になります。せめて童貞くらいは捨てておきたかったとか」
「家族とか友達とか悲しむだろうなとか、会えなくなるのは少し寂しいかな」
神は静かに聞いている。
「どうせならおっぱいなくてもいいから、こんなムチムキなイケメン野郎よりも女神様に喚ばれたかったとか」
「別にいいじゃないですかぁ‼」
「それでも期待が凄く大きいんです。まだ見ぬ世界が、待ち受ける危機も含めて」
自然と顔が綻ぶ。嘘偽りない本心からの言葉である。
神もまたその笑顔を見て期待に胸が膨らむ。そして既に三桁に届くのではないかと思うほどにした問いを良輔にする。
「それではよろしいですね?神の加護と世界を救う力を持って、異世界ヴァルナーへと向かうということで」
「いやです」
「なぜだぁ⁉」
終わりの見えたこの問答が振り出しに戻ってしまった。
今までやけに下手にでていた神も流石に頭にきたのか、声を荒げる。
「何がしたいんですか貴方はぁ‼期待が大きいだと言いながら、あんな笑顔まで見せておいてぇ‼ちょっとかわいいとか思ったんですよ?!」
断っておくが、神も良輔も男である。良輔の背筋に走った何かは言うまでもない。
「だいたい、何が不満なんです?はじめの頃は目を輝かせて私の話を聞いていたのに、いつの間にか渋りだすんですから・・・」
そう言われて気付く。この推定2時間の不毛な問答の中で一度も異世界行きを渋る理由を口にしてないと。
「神だってねぇ万能じゃないんです。本人の承諾無しに強制的に異世界へ送ったら、なんと言われるか・・・」
「死因です」
「へっ?あっあ、はい?」
突然の返答にたじろぐ神。
「死因です。」
「死因・・・確か心臓への強いショックによる心肺停止でしたね。」
「そうです。厳密に言えば、何が起きて心肺停止になってしまったのか。そこが一番の原因ですね」
「えっそこなの?」
「当たり前じゃないですか!こんな不可思議な場所に喚ばれて神様にも会うなんて、さぞ素晴らしい死に方したんだろうなと思いません⁉」
「いやぁそんな事はないと思うけど」
「例えば若くして病魔に敗れ、あぁ今度はもっと長く生きたいなと儚く散ったりとか、逆上した銀行強盗から子供を庇って凶刃に倒れる勇敢な男とかでさぁ‼そんで女神様が可哀想な若者よ、貴方には新たな命を授けます。その代わり異世界を救う勇者として戦いなさい。はい喜んで!!ってなるでしょお⁉」
「妙に具体的ですね」
「なのにさぁ・・・なのにさぁ‼俺の死因ときたらどうだい神様‼」
「くしゃみのショックが余りにも強くて心臓が耐えられなかったんですねぇ」
「こんな死に方で異世界行けるか‼」