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夢幻の絆  作者: こじこじ
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犠牲者


忌法石いほうせきと呼ばれる特殊な石の力を、様々なエネルギーに変換する機械技術「マテック」が人々の間で使われるようになったのは、ほんの15年前だった。


忌法石は、青い色をした鉱石で、それを「マテック」が内蔵されている循環器の中に入れると、乗り物の動力としてはもちろん、食卓を囲う灯りや、調理の加熱など、暮らしをサポートするうえで、様々なエネルギーに変換することが可能だった。その変換効率は、ケタ違いに良く、およそ小石程度の大きさの忌法石が1つあれば、一晩中暖炉の火を燃やし続けることができるとさえ、言われている。


マテックが発達する以前は、火力・風力・水力によって生じた自然エネルギーを頼りに文明を築きあげてきたマグラード大陸に住むすべての人たちにとって、マテックの力は、あたかも、火の起こし方をはじめて知った人類が、様々な可能性を夢見た時のように、新しい時代の到来を予感させた。



もはや市民の間で無くてはならないほど、生活に浸透しつつあるマテックだったが、なかでもアッガートの街は、その恩恵を大きく受け、発展を遂げた街だった。



忌法石の鉱山を多数保有している、東のマーライより産出された石を大量に仕入れ、マテックの研究・開発をどこよりも力を注いだ結果、マテック製品の商売に成功した街人たちの生活は羽振りがよく、アッガートはかつてないほどの栄華を誇るに至った。


昼は、マテックによる乗り物や機械の市場が開かれ、夜は、マテックによってエネルギー変換された銀色の外灯が、街全体を明るく照らした。


街を行き交う人達の顔や身体からは、自信と活気に満ちており、他国からも大勢の旅人がこの街に移住を希望するほど、治安も良かった。



そんな窃盗のような軽犯罪すら滅多に起きないアッガートに、突如、事件が起きたのは2か月前のことだった。



アッガートの東にあたる、マルア地区の一軒家に何者かが押し入り、そこに住んでいる家族が全員殺されるという事件が立て続けに3件も起きたのである。


殺害方法はいずれも共通して、ナイフのような鋭利な刃物が用いられてるとされ、家中の物をひっくり返して金品を奪っていく手口から、同一人物による犯行と見られていた。



街の住人たちは、憲兵隊の追手をあざ笑うようにして姿をくらまし、顔や姿も明らかになっていないこの犯人を「ゴースト」と名づけ、破格の懸賞金を賭けた。そのこともあってか、街には力自慢のならず者たちが、遠い国からも、やって来るようになった。


そして、3件目に起きた事件から、さらに1週間後、アッガート街南東のカスト地区で4件目の事件が起きた。



その知らせを聞いた時、アッガート憲兵隊の駐在所にいた憲兵のジョン・キングストン少尉は、夕食の最中だった。


今年で40になるジョンは、マテックに頼ったライフスタイルが性に合わず、発火・加熱が簡単に行える調理器具の使い方を知らなかったため、肉屋で仕入れたハムを、暖炉の火で炙ると、立ったままかじりついた。


「原始人のようで、絵になりますね」


部下の皮肉をジョンは無視した。


ジョンは、実年齢より上に見える緩慢な動作で食事を終えると、出かける準備をはじめた。白髪と茶髪とが半々にまじりあった髪を整えることもせず、伸ばし放題に生やした無精ひげのまま、青を基調としたアッガート憲兵隊の制服に袖を通すと、駐在所を出た。


4件目の殺人が起きた現場に到着したのは、深夜だった。


「やれやれ、やだねえこんな事件は」


ジョンは、煙草を懐から取り出し、火をつけると、やや中年太りをした身体を家の柱に預けてボヤいた。木で作られた柱がやや軋む。


この事件に関わるのは初めてのことだった。それまでは、他の憲兵が出かけた後、ジョンのすることといえば、もっぱら駐在所の同僚とポーカーを楽しむことであり、現場に出ることを何よりも面倒くさがったため、起きた事件(もっぱら軽犯罪だが)の仕事は、すべて部下に押しつけていたからだ。もともと、治安の良いアッガートで起きる事件など、たかが知れている、というのがジョンの言い分だったが、今回、現場に出て来たのには二つの理由があった。


久しぶりにこの平和ボケした街で起きた凄惨な殺人事件と、未だ顔かたちも分からない、「ゴースト」なる犯人に興味を持ったこと。そしてもう一つは、一昨日から、アッガートにとって、支配国にあたるダブリス帝国本土より、国家憲兵隊が駐在所に何人かやってきたからである。


来た理由はジョン自身、まったく検討もつかない。国家憲兵である彼らの性質は、総じてエリート意識が異常に高く、強圧的であり、ダブリスにとって属国にあたるアッガートの地方憲兵などは


「これが、人間を見る時の目か」


と感じるほど、冷たい眼差しを向けられ、犬以下の扱いを受けることが当たり前であったため、なるべく彼らと対面するのを避ける、という目的で事件現場にやって来たのだ。


ジョン自身、出世にはまったく興味はなく、この事件の犯人を捕まえたからといって、何ら見返りを期待していないが、あとからやってきたダブリスの国家憲兵どもが、事件解決への手がかりを先に見つけ、ただでさえデカい顔を、さらにデカくされるのだけは避けたかった。ジョンは大勢のアッガート地方憲兵が念入りに調査しているなか、一緒にまざって現場を調べていた。


現場は、アッガートの中心地から南東へ、繁華街からはずれたところに位置する、すべてが木材でつくられた小さな家だった。家の周囲には、小さな庭と、そばに流れている小川から水車の音がゴトゴトと聞こえてくる。ジョンが家に入ると、中年の女が玄関脇の壁にもたれかかった状態で、さらに奥に進んだところにある、台所の食卓前で、中年の男がうつ伏せに倒れ、死んでいた。


いずれも、刃物による傷があったものの、肝心の凶器は未だ見つかっていない。


「セッコ兵長と7班です、ジョン少尉お疲れ様です」


ジョンが遺体を調べていると、一人の青い軍服を着た、若い金髪の男が小屋に入ってくるなり、両足を揃え、敬礼をした。その動きは機敏で、いつ見ても気持ちがいい。


ジョンは、小声で「ご苦労」とだけ呟くと、言葉をつづけた。


「アッガートでこんな事件が起きるなんてな・・・この2人は夫婦ってことで間違いないんだな?」


セッコと7班は、ジョンよりも1時間早く現場に到着している。事件の状況を誰よりも把握しているのは、セッコたちだった。


「はい、確かに。小さな子供2人も、この家に同居していたとのことですが、今のところ生死は確認できておりません」

「お前、確かこの近所の生まれだったな、外に出てめぼしい場所を当たったほうがいいかもしれんぞ」


ジョンは、そう言うと懐にしまっていた煙草を取り出し、2本目に火をつけた。紫煙が部屋全体に広がっていく。セッコは、その理由を聞き返すこともなく、はっ、とだけ短く答え、もう一度姿勢を正した。


セッコが憲兵としてのイロハを学んだのは、ジョンからだった。師匠と言ってもいい。お世辞にも職務に忠実とは言えず、ズボラな性格のジョンだが、物事の見方や考え方、経験からくる見識の広さは、底が見えないほど深く、一見何の意味もない行動の裏に隠された、思慮深い思考をセッコは何度も思い知らされた。


「願わくば、子供だけでも生きててほしいところですね」


セッコがそう言うと、そのまま玄関に向かい、外へ出ていった。しばらくすると、外からセッコが男にしては、やや高い声で命令する声が響きわたり、その後、闇夜のなかを、幾度も光が交錯した。


「どうやら侵入者の目的は、今回も物盗りみたいですね、食糧・金品などの一切が持ち去られています」

傍らに立っていたテッドが報告した。


ジョンは、それを聞いてうなずくと、かがみこみ、男の遺体を仰向けにひっくり返して覗き込んだ。遺体の右足つけ根に近い下腹から、左の脇腹にかけ、真一文字に綺麗に切り傷がつけられている。ほかに外傷は無いようだった。


「ほう・・・こいつは」


ジョンがうめくように言うと、遺体の腹部近くを手のひらで撫でた。さらに、腕をどかしたり、横にしたり念入りに調べ上げていく。手袋をつけていないジョンの掌は、既に血で染まったが、まったく意に介していなかった。


「犯人は男、そして小柄な可能性が高いな」

「どうして、そう思われるんですか?」

「この傷の深さを見ろ、刃物が腹中に深く入り込み、同じ深さのまま左脇まで裂かれている、人体は意外に固いもんでな、どんなに切れる刃物でも、相応の力が無ければ、こうは深々と切り抜けることはできない」


「それで犯人は男・・・ですか、で、小柄というのは?」


ジョンは、ため息をついた。

「お前な、少しは自分の頭で考えろよ」


ジョンは、立ち上がると軽くテッドの肩を拳で小突いた。


「すいません、自分は死体を見るのもまだ慣れてなくて・・・」



平和な町にいる新米憲兵なぞ、こんなものか。全体的にひょろひょろした、もやしのような体躯をしたテッドが口に手をあてがい、気分悪そうな表情をしている。ジョンは、床に散乱していた食器類のなかに混じっていた、スプーンを手に取ってもう一度かがみこみ、講師の指示棒代わりに死体の右足近くの下腹を指し示した。



「この傷の切り込み部位をみろ、この倒れてるおっさんの身長は170センチちょい・・・それに対し、最初に切れ目を入れた位置は大腿部に近い、ということは」


ジョンは立ち上がると、さらに、テーブルの上に置いてあった刃物を掴み、テッドの腹部に向けた。おそらく死んだ男が何者かと格闘した際に使っていたものだろう。柄の部分に、まだ生々しく血が付着している。


「お前と俺は大体175cmで同じくらいだ、この果物ナイフを使って応戦したんだろうが、刃物を持った相手に対して、刃物で応戦するのであれば、手にした武器から、相手の身体の一番近い場所・・・心得のある者ならナイフを持ってる手首、もしくは急所の集まる胸部か首を切りつける」


ジョンが、言いながら刃物を振り回すと、わっ、と驚いたテッドは、上体をのけぞらせてバランスを崩し、そのまま尻もちをついた。ジョンはそんな様子のテッドを見下ろしながら続けた。


「同じ身長で、大腿部から切れ目を入れる、というのは相当無理がある。かなり姿勢を低くする必要があるしな。そうすると、自分の首が前に出て急所をさらすことになるから、よほどの理由が無いかぎり、相手の大腿部なぞ狙わない」

「な、なるほど」

「一つだけ確かなのは、この見事な切り口を見る限り、犯人は、間違いなく刃物の扱いに長けている者だ」


ジョンは、そう言うと、死んだ男の顔をもう一度覗き込んだ。安らかな表情ではなく、「まだ俺にはやり残していることがあるんだ」と語っているかのように無念めいた表情をし、その両手は、指先をすべて立て、何かを強くかきむしるかのように、力が漲ったまま硬直していた。壁にもたれかかっている女も同じように悲しげな表情のままうなだれている。


立ち上がろうとしているテッドを尻目に、ジョンは玄関に向かって歩き出した。ここから得られる情報はこんなもんだろう、あとは行方不明になっている子供が犯人を目撃できていれば―――


ジョンが玄関のドアノブに手をかけ、ゆっくり開けると、やや冷えた外の空気が室内に入り、ジョンの全身を軽く震わせた。大勢の憲兵がマテックの外灯を手に、あたりを照らしながら家の周囲を念入りに調べている。


(マテックさまさまだな)


15年前の新米憲兵だったころ、深夜で起きた事件は、蝋燭の弱い光では、現場検証など到底不可能だったので、目撃者を見つけることも、遺体の状況を調べるのも、翌朝になってから開始するのが常識だった。忌法石によってエネルギー変換されたマテックの技術による銀の淡い光は、蝋燭とは比較にならないくらい、明るい。


ジョンが軽い感傷に浸っていると、マテックの灯が行き交う現場を見回しながら、ふと、その庭先の隅に目が止まった。暗闇に混じるようにして、マントを風になびかせながら、黒い制服と帽子を着た男たち5人が、アッガートの憲兵と何やら話しこんでいるのが見えたからだ。


(あいつら、現場まで来やがったのかよ)


ジョンは舌打ちし、ダブリスの国家憲兵を遠くから睨むように視線を送ると、すぐに、彼らを避けるようにしてその場を離れた。


「ジョン少尉!こちらに来てください」


突如、庭の中心部から、声が鳴り響いてきた。やや高く、張りのある若い声から、それがセッコだということがジョンには分かった。急いで、声が聞こえてきた方に走ると、セッコが外灯を照らしている先を覗き込んだ。


銀の淡い光は、木々が生い茂っている家の庭にある茂みを照らしていたが、そこから細く、小さな足のようなものが飛び出しているのが見える。


ジョンは、茂みをかきわけ、中を覗き見ると、子供が二人、折り重なるようにして死んでいた。


「やれやれ、やはりダメだったか」


ジョンは、片手で頭をかくと、銀色の灯りで照らされた子供二人の遺体を、先ほど家にいた男同様に、横にしたり、腕を持ち上げたりして観察した。


「上は8歳の男の子、下は4歳の女の子ってところか・・・この家に住んでいたという子供2人とも一致するな」


セッコはそれを聞くと、俯いて顔を左右に振った。暗い闇の中でもわかるほど、セッコの顔色は青くなっていた。


ジョンは、何度も遺体を眺め、何事か調べている。その間、セッコとの会話は無く、お互い無言のまま時間だけが過ぎていった。ジョンは調べを終えると、憲兵に向かって、遺体を運び出すよう、指示した。すると、その何人かが遺体の前に集まり、十字を切って黙とうを捧げたのち、亡骸を運び出す用意を始めだした。


「憲兵隊の威信にかけて、一刻も早く犯人を捕えたいですね」


セッコはやがて、口を開くと、ジョンは、ああとだけ答えた。その口調に力強さは無かった。子供が殺害されるという最悪の結果もそうだが、またもや犯人の目撃情報が無いというのが堪えた。


ジョンが、現場を調べ上げたあと、気になることは2つあった。親はナイフによる目立った外傷があったが、子供には傷一つついていなかったこと。そしてもう一つは、庭先までやって来ていながら、ダブリスの憲兵どもは、なぜ殺害現場に一度も姿を現さなかったのか。それが不可解だった。


ジョンは、さきほど、黒づくめの軍服にマントを着こんだ国家憲兵がいた庭先の隅へ、足を運んだ。やつらは、アッガートの地方憲兵の誰かと話しこんでいた。


「おい」


ジョンは、7班の1人と思われる、アッガートの若い憲兵に声をかけた。


「さっき、ダブリスの国家憲兵が来てたよな、あいつらはどこに行ったんだ」


その問いに対し、若い憲兵は、狐につままれたような面持ちで、ジョンの顔を見た。


「確かに見ましたが・・・自分は、子供たちの捜索に忙しく、その後どこに行ったかまでは分かりません」


(こいつではないか)


アッガートでも異例の大規模動員となった、今回の捜査のさなか、ただでさえ、目立ちにくい黒い服装を身にまとった5人の男の行方など、そう目につくものではない。国家憲兵に話しかけられていたアッガートの憲兵でも無いかぎり、そう答えるのが当然と言えた。ジョンは、予想通りの返答を聞くと「邪魔したな」とだけ声をかけて、セッコの元に戻った。


「今回も目撃者無し、だ・・・まだ、犯人は近所をうろついているかもしれん、俺たちも周辺の警備に配置するぞ」


ジョンの一言に、セッコが短く、勢いのある返事を返すと、憲兵全員を招集した。


(俺の勘では、もうこの辺にはいない気がするがな)


ジョンがその様子を眺めながら、煙草の紫煙が、アッガートの濁った空に吸い込まれていくのを見上げた。星が無数に見えるはずの空には、小さい光がわずかな輝きを放っていた。

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