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わたしに命令する弟

 一番食べるのが遅かったわたしの紅茶が空になるのを待ち、みんなでお店を後にした。

 ケーキはとてもおいしく、樹にお土産を買って帰ろうと決めたまではよかったが、きっかけをつかめず、お店を後にしてしまった。

 時間は三時過ぎ。

 友達と遊びに行くときはもうひと遊びする時間だが、どうするのだろう。

 亜子は岡部君と親しそうに言葉を交わしていた。


「これからどうしようか」

「わたしはそろそろ帰らないと。ごめんね」


 利香は目を輝かせている亜子に手を合わせると、そう頭を下げる。


「そうなの? 残念」

「じゃあ、この辺で別れようか」


 わたし達は半田君の提案に頷きあう。


「じゃあね」


 亜子はそう言うと寂しそうに笑う。

 彼女は一足先に別れの挨拶を告げたのは、彼女だけ方向が違うからだ。


「一緒に」


 帰ろうと言おうとしたわたしを利香が制する。


「俺が送るよ。寄りたい店があったんだ」


 その言葉に亜子の表情が明るくなる。

 二人は信号が変わるのを待ち、一足先にわたし達と別れを告げる。


「何かいい感じだね」

「わたしもそう思うよ」


 利香と半田君は顔を見合わせると肩をすくめていた。


「わたしたちはここで。また、学校でね」


 利香はあっさりと二人に別れを告げ、わたしの腕をつかむ。


「用事はいいの?」


 利香の足が止まったのは、わたしたちがさっきまで入っていたお店の前だ。


「買うんでしょう?」

「何でわかったの?」

「さすがに付き合いが長いもの。千波の考えていることは大抵わかるよ。樹君に買おうとしていることもね」


 疑問を疑問で返したわたしの言葉に、彼女はあっさりと返答する。


「利香ってすごいね。何でもお見通しだもん」

「千波っていつも樹君のことばかりだもんね」

「そうなのかな」


 そうじゃないと否定できなかったのは、ここ最近は考えてみると確かにそうだという自覚があったためだ。

 樹が高校生になって、わたしの生活空間に今まで以上に入り込んできてからずっとそうだ。

 わたしが今朝の出来事と、樹に対する複雑な気持ちを利香に話すと、彼女は苦笑いを浮かべる。


「やっぱり樹を連れてきたほうが良かったのかな」


 わたしを見て利香は肩をすくめる。


「樹君も千波と映画を見たかったんだよ」

「そうなの? あれだけ行きたくないと言っていたのに」

「千波とね。いつも家で会えるだろうけど、たまには一緒に出掛けてみるのもいいかもよ。親睦を図るためにね」

「樹は素直じゃないもんね」


 利香はわたしの言葉に目を見張る。だが、すぐに「そうだね」と返事を返していた。

 わたしは樹の好きそうないちごショートを買うと、家に帰ることにした。


 リビングにも人気がなかったため、わたしは樹の部屋に直行して、ノックする。


「なんだよ」


 樹は壁に肘を当てると、不機嫌そうな表情で顔を出す。

 彼の表情に臆しそうにはなるが、わたしはケーキを差し出した。


「お土産」


 樹はあっけにとられたような顔でわたしを見る。


「まだ気にしていたんだ。別によかったのに」


 彼はそう言い、手を出そうとしない。

 いらないと言いたいのだろうか。

 せっかく買ってきたのに、選んでいた時間を全否定された気がして、しゅんと肩を落とした。

 自分で食べるか、日和にあげるかにしたほうがいいのだろうか。

 でも、日和に状況を説明するのは少し心苦しい。


 そのとき手が伸びてきて、わたしのケーキの箱を持ち上げる。


「分かったよ。もらっておく」

「ありがとう」

「お礼を言うのは俺のほうだと思うんだけど。お礼を言っておくよ」


 困ったように言った樹の言葉に苦笑いで返す。


 じゃ、と言い、部屋の中に入ろうとした樹の腕をつかんだ。


「次の週末、映画、身に行こう」

「はあ?」


 樹は不快そうな目でわたしを見る。


「利香から聞いたの。樹も映画見たかったんだよね。気付かなくてごめんね」


 樹は短く息を吐いた。


「お前、同じ映画を二度も見る気かよ。それこそ金と時間の無駄じゃないか?」

「そんなことないよ。面白かったから、二度見ても楽しめると思う。別の映画でもいいよ」

「別に映画なんて見たくないよ。行きたかったら、最初の時にそう言うと思わない? ただ券があって誘われたんだから」


 確かに樹は興味がないと言っていたのだ。

 樹の言っていた言葉と利香の言っていた言葉は矛盾している気がする。


「じゃあ、利香はどうして」

「先輩は変わっているから」


 そう樹は言葉を濁す。

 変わっているといえば変わっているとは思う。

 樹を妙に意識しているというか、いつもわたしに樹の話をしてくるのは利香くらいだ。

 正確には樹単体というより、わたしと樹の関係なのかもしれない。

 樹のケーキの箱を持っていないほうの手が伸びてきて、わたしの頬をつかむ。


「何?」


 わたしは虚をつかれたまま樹を見る。


「ずっと気にしていたみたいだけど、俺相手にそんな細かいこと気にしないでいいよというか気にするなよ。家族なんだから。俺も気にしていない」


 その答えにわたしの顔がにやけそうになる。わたしは唇を噛んで、自分のにやけそうになる口元を必死に抑え込む。

 樹から家族と言ってもらったことが何よりも嬉しかったのだ。


「樹が映画の話をしたとき、元気がなかった気がしたの。だから、映画が原因だと思っていた」


 その言葉が引き金となったかのように、樹の頬が赤く染まる。


「気づいていたんだ」

「気づくよ。ずっと一緒に暮らしてきたんだから」

「たまたま気になることがあっただけだよ。でも、解決した。心配かけて悪かったな」

「わたしの早とちり?」


 樹はしっかりと頷く。

 一人で誤解して空回りしていた。そう考えると妙に恥ずかしくなってきた。利香も元気のない樹を見て勘違いしてしまったんだろう。


「ごめんね」


 樹の手がわたしの頬から離れる。


「ありがとう。あとで食べるよ」

「うん。おいしかったら一緒に食べに行こう。あとね、樹は気にしなくていいと言ってくれたけど、結果的に映画すっぽかしたから、どこか行きたいところがあれば誘ってね。買い物でも、どこでも付き合うよ。荷物持ちでもいいし」


 樹は目を見張るが、すぐに目を細めた。


「俺は誰かさんと違って一人でこなせるからな。俺のほうが力あるし」


 そう即答した樹を見て、肩を落とす。

 樹は確かにそうだ。ついていくとしても、お父さんが車を出せるし、ついて行くことが多い。

 わたしだったらせいぜい自転車しか出せない。


「分かった。仕方ないから付き合ってやるよ」

「本当に?」


 わたしが振り返ると、樹は呆れたような笑みを浮かべて頷く。


「たまには足手まといがいてもいいかもな」

「足手まといって酷い」

「半分冗談」

「半分は本気ってことじゃない」


 わたしは頬を膨らませた。

 樹は愉快そうに笑う。

 からわかれたのか本気なのか分からない。

 だが、他愛ないやり取りに心がすっと楽になる。


「どこに行くの?」


 買い物だろうか。それとも何かあるのだろうか。


「お前がどこに行きたいかも含めて考えておけよ」

「分かった。考えておくね」


 部屋に戻り、パソコンを起動したところで我に返る。

 この話の流れだと、樹自身は別に行きたいところもなかったんだろうか。

 それにわたしが決めてしまえば、本来の目的は樹が行きたいところに行くはずなのに、これだとわたしの行きたいところになってしまう。


 考えると言った手前、とりあえず候補をいくつか挙げておこう。

 そう思ったが、少ししてカフェや雑貨屋さんといった自分の行きたい場所ばかりをピックアップしていたことに気付く。


「樹はどんな場所に行きたいのかな」


 少し範囲を広げても樹の行きたい場所が思い浮かばなかった。

 小学校を卒業してから、一緒に遊びに行くという機会も皆無だったからだろうか。

 樹が喜ぶ場所という制限があるため、難解なパズルを解いているみたいだったが、樹と遊びに行くのを考えるのは意外に楽しかった。


 翌日、学校で利香に樹とのやり取りを話すと、彼女はごめんと言いながらも楽しそうに笑っていた。


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