わたしの考えを理解してくれる弟
わたしは顔が赤くなるが、状況的に照れてばかりはいられない。
「兄弟で恋愛なんて気持ち悪い」
彼女は吐き捨てるように言う。
その言葉に、胸が痛んだ。
「あなたの主観的な意見はおいておいて、学校の掲示板に人の写真を貼るあなたもなかなかのものだと思うな」
その言葉に振り返ると、利香と日和が立っていたのだ。
恵美は日和たちを睨んだ。
日和の手にはあの写真が握られている。
家に入っていたものはおいてきたので、別の場所にも貼り付けていたのを見つけたのだろう。
「わたしが貼った証拠がどこにあるの?」
「わたし、二十分前から利香さんと一緒に掲示板の近くの木陰に隠れていたんだよね。で、ここに掲示板に写真を張るあなたの姿をばっちり動画で映しておいたんだ」
日和はにやにやと笑うとスマホを差し出した。
そして、動画を再生し始める。
それは学校の掲示板に何かをしている恵美の後ろ姿だった。
恵美の表情がさっと青ざめる。
「ちょっと何勝手に撮ってんのよ。けしなさいよ」
「あなたがそんなこと言えた義理なんだ。勝手に人の家にあんなもの入れてさ。あなたが手にしている写真を消せば、考えてあげる」
「卑怯」
「あなただけには言われたくないな」
恵美が写真を消そうとすると、日和はその動作をとめさせる。
自分の携帯を樹に渡した。
「私に消させて」
「そんなこといって携帯のほかの写真を見る気でしょう」
「あなたの写真なんて、樹たちの写真以外興味ないわよ。その間にバックアップでもとられたら面倒だもの。どうせ、あなたに拒否る権利はないでしょう?」
日和は恵美から携帯を受け取ると、操作をしてその写真を削除する。
スマホを恵美に渡した。
「これで削除完了だね」
「あなたも早く消しなさいよ」
「わたし、消すなんて言ってないよ。あなたがスペアを作っていないとも限らない。だからこれはわたしが保管しておいてあげる。この動画をばらまかれてまでも、恋人同士の写真をばらまくメリットがあなたにあるとは思えないけどね」
そう日和は得意げに微笑んだ。
恵美は無言で立ち上がると、そのまま学校をあとにしていた。
さすがに今日は樹と合わせる顔がないのだろう。
彼女のしたことは歓迎できないが、これで学校をやめるとなれば後味が悪い。
日和はそれからスカートだけを履き替え、自分の学校へ直行することになった。
ただ、コートをぬがなかなのだから、わたしの制服を着る必要がなかったりしたが。
制服は学校で着替えるらしい。
「じゃ、行くね」
日和はそういうと歩きかけた。
だが、彼女の足が止まる。
「別にほかの人がどう思おうといいじゃない。二人が堂々としていれば。それにわたしはいつだってお姉ちゃんたちを応援しているもの」
「わたしもね」
利香は日和と目を合わせると、そう付け加えた。
「ありがとう」
日和はじゃあねと言い残し、足早に学校を後にした。
どうやら彼女が校内に入ったのはばれずにすみそうだ。
わたしと利香は樹と別れ、教室に行く。そろそろほかの生徒もぼちぼち登校しはじめる時間だ。
「まだ気にしているの?」
机に鞄を置いたわたしに利香が問いかけた。
「うん。やっぱりおかしいのかなってさ。わたしもずっとそう思ってきたのに、いつの間にか好きになって、両親にも気を遣わせてしまったもの」
「そもそも樹君と千波は血のつながりがないから、気にする必要もないと思うよ。それにおばさん言っていたでしょう。お互いが幸せになれる人生を見つけられるだろう、と。だから、二人が幸せになればそれでいいんだと思うよ」
わたしはお母さんの言葉を思い出す。そして、そっと唇を噛んだ。
すぐに親に認められる関係とはいかないかもしれない。でも、わたしと樹が幸せになれるように頑張ろうと思ったのだ。
「日和もだけど、利香も普通に受け入れているんだね」
「樹君があれだけ千波一筋だったのを見ていると、どうしても背中を押したくなっちゃうよ。それに千波もまんざらじゃなかったみたいだもん」
日和も同じようなことを言っていたのを思い出し、なんとなしに笑ってしまっていた。
家に帰ると、樹がわたしの部屋に「入っていいか」と聞いてきたのだ。
わたしの部屋に入った樹は床に座ると、樹は申し訳なさそうな顔をする。
「今日は本当にごめん」
「樹のせいじゃないよ。わたしもあの子からいろいろ言われていたし、可能性を考えておかないといけなかったんだよ。でも、親の許可は得たとはいえ、しばらくは目立つ行動は控えたほうがいいよね」
「そうだよな」
そのとき、部屋がノックされる。
返事をすると日和が顔を覗かせた。
彼女は樹を見て、目を丸めたがそのまま部屋に入ってきた。
彼女の手には制服が握られている。
「これ、どうする? お母さんに何か聞かれるかな」
「折を見て洗濯に出しておくからそのままでいいよ」
お礼を言う日和から制服を受け取ると、クローゼットに片づけることにした。
「わたしは部屋に戻るね」
そう歩きかけた日和を呼び止めた。
「動画どうするの?」
「消してもいいんだけど、しばらく持っておくよ。バックアップをしている可能性もあるしね」
「バックアップか」
あまりすっきりしない出来事だった。
この期に及んで彼女を疑うのも気分が悪い。
「日和はあの子だと目星をつけていたけど、間違っていたらどうしたの?」
「だってわたし、ポストで写真を入れていたのを見たんだ。樹のクラス写真を見て、あの子だという確信は持ったの」
「何でそのときとめてくれなかったの?」
「まさかお姉ちゃんと樹の写真を入れているなんて考えもしなかったし、すぐにお母さんが出てきて、郵便受けを確認していたから」
日和の話を聞いていたわたしの動きは止まる。
「日和は前日から知っていたの?」
「そうだよ」
「言ってくれればよかったのに」
「ごめんね」
日和は軽く笑顔を浮かべた。
日和の視線がわたしと樹を順に見つめる。
「いろいろ嫌な思いはしたけど、これでよかったんじゃないかな。隠れて付き合うのがいいというならともかく、きっとこれからも二人は同じように言われ続ける。それなら家族である程度公認の中になってしまったほうが、もう何かにおびえる必要もないでしょう? それにお父さんとお母さんの立場からしたら、付き合い始めてすぐに知ったほうが、実は付き合ってましたというよりはいい気がしたの」
彼女の言うとおりだ。
親は一応は認めてくれたが、心の中は未だ複雑だろう。
わたしが親の立場だったら、早めにいってくれたほうが良い。
別れないという前提があればこそだが。
いつか両親におめでとうと言われる日は来るのだろうか。
「この写真、お姉ちゃんに渡しておくね」
日和は四枚の写真をわたしに渡すと部屋を出て行った。今日、学校で手に入れた写真も含めてだ。
わたしは写真を樹に見せる。
「どうしようか?」
「捨てようか。千波が可愛く撮れているから持ったないけど、目的が目的だもんな」
「可愛いって、いつも通りだと思うけど」
「千波はいつだって可愛いよ」
そう樹は笑みを浮かべた。
本当に樹は相変わらずだ。
わたしは顔が赤くなるのを自覚しながら、頬を膨らませた。
だが、口元が緩んでいるのは樹にバレバレだろう。
短く息を吐いた。わたしが両親の立場だったらどうしたら付き合うのを少しでも受け入れられるだろうと、今日、ずっと学校で考えていた結論を樹に伝えるためだ。
「わたしね、これからいろいろ頑張ろうと思うの。勉強だってきちんとする。来年受験だからというのもあるけど、わたしは樹と一緒にいるのが一番だと分かってもらうためにも」
もっともそれが幸せにつながるかなんて今のわたしには分からないが、後悔だけはしたくなかった。樹と付き合い、何よりも恋愛最優先になるのは親の立場からすると受け入れがたいことだろう。
「そんなの千波が頑張らなくても俺が今まで以上に頑張るのに」
樹は少しあきれたように笑った。
彼の大きな手がわたしの手の上に重ねられた。
わたしはドキッとして樹を視界に収めた。
「でも、千波が真剣に考えてくれるのは嬉しいよ。いろいろ大変だけど、頑張ろう」
樹はもう一方の手で、わたしの髪の毛に触れる。そして、彼はわたしの頬に優しいキスをした。




