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わたしを好きだと宣言した弟

 わたしは時計を見ると、ノートを閉じイスから立ち上がる。

 今日は樹と初めてのデートに行く日だ。

 買い物をして、ケーキを食べにいく予定になっていたのだ。

 そろそろ準備をしようとクローゼットに歩みかけたとき、部屋の扉がノックされた。


 返事をすると、母親が顔を覗かせた。

 彼女の表情には笑みが全くない。


「千波、ちょっとリビングまで来てほしいの」

「分かった」


 嫌な予感を胸の奥に閉じ込めながら、わたしが廊下に出たとき、樹の姿があるのに気付いたのだ。

 わたしはドキッとしながらも極力その気持ちを顔に出さないように努めていた。

 わたしと樹は母親に連れられ、リビングに入る。

 父親の姿はどこにもない。

 買い物にでも行ったのだろうか。


「お父さんには買いものに行ってもらっているわ」


 母親はわたしの気持ちをくみ取ったようにそう口にすると、ダイニングテーブルに座るように促した。

 彼女はテーブルの上に置かれていたフォト用紙を裏返すと、わたしたちの前に差し出した。

 わたしと樹が花火大会の日に手をつないで花火を見ているものと、わたしの額に手を乗せた写真。顔の状態ははっきり写っていないが、おそらく二枚目はわたしと樹がキスをした直後の写真だ。


「これが昨日、ポストの中に入っていたの。日和や小梅ちゃんと花火大会に行ったのは知っているけど、その時の写真よね。いつも外でこんな感じなの?」

「それはあの」


 わたしだけではなく樹も難しい顔をしている。

 母親は疑っているのだ。わたしと樹の関係を。付き合っていないというのが正しい答えだろう。だが、母親に見せられた写真はどう見ても兄弟には見えなかった。


 秘密にしているという約束をしたこともあり、わたしも樹も黙り込んでいた。

 せめて樹と相談する時間があればよかったが、そんな猶予もない。


 お母さんは短く息を吐いた。


「千波は樹のことどどう思っているの?」


 突然の問いかけにわたしは言葉を飲み込む。

 今まで何度も嘘をついてきたからだろう。

 今更嘘をつきたくなかったのだ。

 それが樹との約束を破ることになったとしても。

 それにここで嘘をつけば、二度と親にも言い出せなくなる。


「好きだよ」

「千波」


 樹が驚きを露わにわたしを見た。


「だって本当のことだもん。もう嘘は吐きたくない」

「樹は?」

「好きです」


 こんな状況なのに、樹の言葉に胸がドキドキしていた。

 母親は目を伏せ、写真に視線を落とす。


「いつから付き合いはじめたの?」


 その問いかけにわたしも樹も黙り込んでしまった。

 数日前とは言い出せなかったのだ。

 わたしと樹がキスをしている写真もあるかもしれない。


「怒っているわけじゃないの。ずっと覚悟はしていたのよ。樹が千波と同じ高校に行きたいと言い出した時からね」


 母親が写真に視線を落とす。

 わたしは驚き母親を見た。


「樹はもともと日和と同じ高校を受けるはずだった。でも、突然、志望校を変えると言い出したの。日和が何か入れ知恵したみたいだけどね」


 お母さんは困ったように微笑んだ。

 樹は気まずそうに眼をそらす。


「高校生だし、あなたたちの関係が今のまま続くか分からない。だから、見て見ぬふりをしようとも考えたけど、こんな写真があるなら、そうもできなくて。高校に入ったから何度も喧嘩していたみたいだし、一度話を聞いておきたかったの。本気なら、反対はしないわ。そもそも人の気持ちを強制なんてできないでしょう? ただ、親として言うなら、付き合うなら本気で今後のことを考えてほしいの。二人が別れて、生涯ギスギスするのは見たくないから。二人ともわたしの大事な子供なのだから、何かあってもどっちの味方もしてあげられないと思う」


 そういうとお母さんは微笑んだ。

 ここ最近、恋人同士になったわたしたちが喧嘩していたと思っていたのだろう。

 実際は二人ですれ違い、気持ちを押し付けていただけだった。


 沈黙を破ったのは樹のほうだった。


「俺はずっと千波と一緒にいたいと思っている。ずっと好きだったから」

「わたしだって、そう思っている」


 そう口にするだけで頬が真っ赤に染まる。


「分かった。お父さんには伝えていいの?」


 母親の問いかけにわたしと樹はほぼ同時に頷いた。


「お父さん、怒るかな」

「怒るかも知れないけど、びっくりするんじゃないかな」」

「お母さんは反対しないの?」

「わたしは、好きなら仕方ないと思うのよ。二人が本気で、それが後々二人の人生に影響を与えるなら、最初から認めてあげたほうがいいと思うの。二人なら、お互いが幸せになれる人生を見つけられると思うから」


 わたしは母親の言葉に目がしらが熱くなる。

 樹の目も心なしか潤んでいる気がした。


「反対されるのかと思っていた」

「そういう気持ちもゼロではないし、樹は中学生くらいからずっと千波のことが好きだったんでしょう? そんなにわたしの娘を好きでいてくれたなら、賛成しないわけにはいかないでしょう? 客観的にも、法的にも血のつながりもないし、何の問題もないのだから」

「ありがとう」


 わたしは苦笑いを浮かべると、頭をかいた。

 わたしの両親はそういう表面的なことではなく、本当にわたしと樹を理解してくれようとしていたのだ。

 最初から黙っていようと決めたわたしたちは浅はかすぎたのかもしれない。


「お母さんの行ったことは間違っているよ。樹は小学校低学年くらいからずっとお姉ちゃんのことが好きだったんだよ。ちなみに初恋もお姉ちゃん。お姉ちゃんも樹が初恋みたいだったけどね」


 予期せぬ声に顔をあげると、リビングの扉付近に立った日和がそう悪戯っぽく笑った。


「そうなの?」


 お母さんは驚きながら日和を見る。


「要は樹に関しては筋金入りってこと」


 日和はそういうと、コーヒーをコップに注いだ。

 幼稚園と言わなかったのは、彼女なりの思いやりだろうか。

 樹の顔が真っ赤に染まった。


「そっか。嬉しいような複雑なような変な気持ちね。この写真はさすがに見せられないから、あなたたちでどうにかしなさい。ただ、気味が悪いわね。またばらまかれないといいけど」


 お母さんはそういうと、髪の毛をかきあげた。


 わたしたちは部屋に戻ることにした。


 写真は日和がお母さんから預かっていた。

 彼女はその写真を見て、眉根を寄せる。


「ここってM公園だよね。この角度からだと公園の通りかあ。わたしたちの中学の校区じゃないし、お姉ちゃんたちと同じ高校の人かな。思い当たる人はいる?」

「写真は分からないけど、花火大会の日にわたしと樹を見たという人がいたの。その子かもしれない」

「それってまさか、田中恵美?」


 わたしは驚き樹を見る。

 彼は何かを納得したかのように、ああとうめいた。


「やっぱりあいつか。前、妙なことを言い出したんだよな。自分の告白を断ったら、俺と千波がキスしていたことをばらすってさ」

「キスって、こんな短期間に目撃されたの? 外で?」


 日和は不思議そうにわたしたちを見る。

 わたしも樹もその場に凍り付いていた。

 日和はそんなわたしたちを見て、何か納得したようだ。


「そういうことなのか。どうせ樹からしたんだろうけど」


 本当はそれだけではないが、これ以上言うとぼろがでそうな気がして、わたしも樹も黙り込んだ。


「その子とは同じクラス?」


 樹が首を縦に振る。


「その子とのやり取りを詳しく話してよ。お姉ちゃんの部屋で。樹はその子の写真を持ってきて。クラス写真に写っているんでしょう」


 日和はそういうと、わたしの部屋の扉を開けた。

 樹は自分の部屋に戻り、クラス写真を手に戻ってきた。

 わたしたちは写真を取り囲むようにして、床に座り、日和は誰が田中恵美か確認させていた。


「樹はいつ言われたの?」

「彼女から告白されて、俺は数日後断ったんだよ。そしたら、そう言われた」

「それって何月くらい?」

「十月くらいだったと思う」

「時間あきすぎだよね。ということはお姉ちゃんと樹が付き合い始めたのを知り、行動をおこしたのか。その告白のとき、樹はそう言われてなんて返事をしたの」


 渋る樹を日和は強引に口を開かせた。


「俺が無理やりちなみにキスしただけだから、それをはっきり言うってさ」

「無理やりって、相手がお姉ちゃんでよかったよね。キスしたのはこの前、後?」


 日和が手にした写真を見る。

 わたしはその写真を両手で隠した。

 樹も顔を引きつらせる。


「お母さんたちには言わないでよ」

「黙っていてあげるよ。この前のリビングのことも誰にも言ってないもの。この前にキスしたの? 後?」

「そんなの必要ないじゃない」


 わたしは日和を睨む。


「これがその後なら、この写真をポストに入れたってことは、キスの写真はさすがに撮られていないんじゃない? これじゃ波紋を起こすには中途半端でしょう?」

「そっか」


 不幸中の幸いというものだろうか。


「その子にあって写真の削除をさせないとね。この写真をあのままにしておくわけにはいかないでしょう」

「でも、してくれるかな」

「してもらうんじゃなくて、させるのよ」


 そういうと、日和は得意げに微笑んだ。


 わたしと樹はその日、デートをするのを控えることにした。

 後味が悪いし、楽しむ心境ではないからだ。


 その日の夜、父親はわたしと樹を見ながら、何かを言いたそうにしていたが、直接言ってくることはなかった。お母さんにはお父さんはお母さん以上に受け入れるのに時間がかかりそうだから、彼が何かを言うまで待っていてほしいと言われたのだ。

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