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わたしと接点の減った弟

 月が替わり、空気の冷たい時期になる。

 わたしと樹の関係は月が替わってもリセットされる気配はなかった。

 期末テストを終えると、本来なら待ちに待った冬休みが訪れるが、その前に樹の誕生日がある。

 毎年、プレゼントをあげているが、今年は正直迷っていたのだ。

 こんな関係のわたしが樹に何かあげても喜ばれるのだろうかという迷いが心を埋め尽くしていたためだ。


 わたしはペンを置くと、机に顔を伏せた。

 明日、テスト最終日だ。だが、樹の誕生日のことを考えるといまいち集中できなかったのだ。

 席を立つと、日和の部屋をノックする。

 すぐに開けていいという声が聞こえた。

 わたしはドアを開けると、顔を覗かせる。


「中に入ったら?」


 日和はペンを手にしたまま振り返ると、目を細めた。

 日和も今は期末テストの真っ最中だ。

 彼女はペンを置くと、イスから立ち上がった。


「勉強中にごめんね」

「別にいいよ。軽く見直しているだけだもん。どうかした?」

「日和は樹に何かあげるの?」

「そういう時期か。毎年、お姉ちゃんは樹の誕生日はしっかり覚えているね」

「そうかな」

「毎年、わたし、お姉ちゃんに聞かれるもの」


「日和の時も樹に聞いているよ」

「分かっているよ。樹がわたしの誕生日を必ず覚えているのも、だからだろうね。テスト終わったら、適当に買いに行く予定だけど」

「何買うの?」

「最近、筆箱が壊れたらしいから筆箱にしようかな」

「そっか」


 わたしはそんなことさえ知らなかった。


「試験が終わってから、何だったら一緒に行く?」

「そうしようかな」

「お姉ちゃんはまず明日のテストを頑張らないとね。来年受験だもん」

「分かっているよ」


 彼女なりにわたしを応援してくれているのだろう。

 わたしはそう言ってくれた日和の言葉に甘えることにした。



 テストが終わって最初の日曜日、わたしは日和と一緒に誕生日プレゼントを買いに行くことにしたのだ。

 樹の誕生日の二日前なので、誕生日プレゼントを選ぶには最後の日となる。

 日和はあごに手を当て、筆箱を目をさらにして見比べていた。


「今、黒だからやっぱり黒でいいかな」


 日和は選んだのは黒い革の筆箱だ。彼が今使っているのと同じようなタイプだ。

 彼女はすでに誕生日に筆箱をあげるので、樹には買いなおさないようにと宣言していたようだ。

 そんな日和とは対照的にわたしはまだ樹に何をあげるのか決めかねていた。


「お姉ちゃんはどうする?」

「まだ決めてない」

「とりあえず店内を回ってみようか。別のお店でもいいよ」


 わたしは日和と一緒に店内をめぐるがぱっとしたものが見当たらない。

 使えるものをと考え、一昨年は財布を、昨年は手袋をプレゼントしていたが、日用品をあげていくと徐々に選択肢が狭まっていった。樹はわたしが昨年あげた手袋を今でも普通に使ってくれているようだ。


 マグカップや食器も考えたが、全てそうしたものは家族の共用になっているため、樹へのプレゼントだと何かが違う気がした。


 わたしは店の外をぱっと仰ぎ見る。その視線がある一点で止まった。

 わたしの目に飛び込んできたのは、正面の店のウィンドウに並んだマフラーだ。


「あれ、樹に似合いそう」

「確かによさそうだけど、ああいうのって高いんだよね」


 店頭にセールの文字が書かれているが、それだけでは心もとない。


「価格だけでも確認してきたら? わたしは会計を済ませてくるよ」


 日和は行列のできたレジを指さした。

 わたしは日和の言葉に甘えて、お店を出た。

 店の前に行き、値札を確認すると半額以下になっていた。本来の価格ならなかなか手が伸びないが、価格も手ごろになっている。


 買おうかな。


 だが、その決断もここ最近の出来事を思い出し、おのずと鈍る。

 わたしが樹に何かを買って迷惑じゃないんだろうか。

 なくつもりはなかったのに、今後のことを考えると、じんわりと視界が滲んだ。

 いけないと、手で目元を拭おうとしたとき、ぼやけたショーウインドウに人影が写り、わたしは振り返った。

 そこには黒いジャケットに紺のマフラーを巻いた半田君の姿があったのだ。


「偶然だね。買い物?」

「親から買い物を頼まれてさ」


 彼の手にはラベルのはられたトイレットペーパーが握られている。

 わたしはそれを見て、苦笑いを浮かべた。


「親孝行だね。今日部活は?」

「休み。普段部活で迷惑かけているから、これくらいはしないとね。藤宮は買い物?」

「妹と一緒に来ているの。妹は会計中で」


 わたしは出てきたばかりのお店を指さした。

 まだ日和はレジに並んでいて、もうしばらく時間がかかりそうだ。

 半田君も日和に気付いたのか、苦笑いを浮かべた。

 その半田君の視線がわたしの見ていたマフラーで止まった。

 彼は目を細めた。


「弟さんの誕生日は来週だっけ?」

「何で分かるの?」

「板橋からもうすぐ誕生日と聞いたのと、そう顔に書いてある」


 わたしは思わず自分の両頬に触れた。

 そうはっきり断言されると恥ずかしいものはある。

 そんなにわたしは分かりやすいだろうか。


「それ、弟さんに買うの?」

「どうかなって思って」

「いいんじゃないかな。似合うと思うよ」

「でも、何枚か持っているから、別のがいいかな」

「きっと藤宮から贈られたら喜んでくれると思うよ」


 彼はわたしと樹が距離を置いているのを知らないのだろうか。

 わたしと彼の会話に樹の話題が出てくることはほとんどなかった。


 半田君が笑顔で言ってくれたため、迷う心を言葉にするのもはばかられ、彼と一緒に店に入ることにしたのだ。

 わたしが店内に入るのと入れ違いに、そのマフラーに大学生くらいの男の人が手を伸ばしていた。

 あれを買うのだろうか。

 彼はそれをしばらく触ると、元の位置に戻し、店の奥に消えていく。

 わたしは思わずそれを手に取った。

 だが、半田君と目が合うと、彼に笑われていた。


「買ってきたら?」

「どうしよう」


 わたしが渋っていると、ドアが開き、日和が店の中に入ってきた。

 彼女は半田君を見ると、頭を下げた。


「お久しぶりです。お姉ちゃんと同じ学校の半田さんですよね」

「こちらこそ。俺はこの辺で帰るよ」


 半田君はそういうと、店から出て行った。

 日和は半田君を目で追うと、じっとわたしを見る。


「たまたま会ったの。お店の前で」

「分かっているよ。そのマフラー遠くで見るときよりいい感じだね。それ買えば?」

「でも」

「樹の誕生日プレゼントを買う気なら、どこかで決断しないときりがないよ」


 わたしは日和に背中を押されて、レジまで行く。

 そのまま会計を済ませ、日和と一緒に店を後にした。


「これで目的は達成か」


 すっきりとした日和とは裏腹に、わたしの気持ちは複雑だ。

 ラッピングまでしてもらったマフラーをじっと見る。


「大丈夫だよ。樹は喜んでくれると思うよ」

「わたし、最近樹と話をしていないから……」

「そんなの気にする必要もないけどね」


 日和は携帯を取りだすと、メールをうっていた。

 そして、携帯を鞄の中に片づける。


「わたし、問題集を買うのを忘れていたから戻るね」

「なら、わたしも付き合うよ」

「いいよ。何を買うか決まっているし、すぐに終わるから。先に帰っていて」


 日和にそう説得され、わたしは一足先に家に帰ることにした。



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