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わたしの片思いをしている弟

 彼女でなかったとしたら誰だろうか。

 彼と仲の良い女の人で思い浮かぶのは日和だ。

 姉のわたしから見てもいいところがたくさん思いつく彼女に樹が好意を持っていてもありえなくはない。

 だが、彼の人間関係は家だけにとどまらない。

 学校もあるし、たまたま見かけた人を好きになったという可能性だってあるのだ。


「最初に失恋したときに、好きな人の話は聞いていたんです。だから、木崎君に前に聞いたことありました。でも、彼は知っているけど教えないと言われたんです。きっとわたしは相手にされないからって」


 あの優しい木崎くんでも、はっきりとそう口にしたのか。

 彼女なりに樹を真剣に思っているからこそ、あれこれ調べようとしたのだろう。

 その気持ちは痛いほどわかった。

 そして、木崎君の言葉がわたしにも向けられたように錯覚していた。

 樹に興味がないと突き放された今でも彼の好きな人が気になってしまうのだ。

 だから、自分にも言い聞かせるようにして言葉を紡いだ。


「だったらその相手のことを探らずに、素直にあきらめたほうがいいと思うよ。だって、その子も樹のことを好きになるとは限らないし、あなたも好きでない相手を好きな相手からそういう目で見られたら嫌だと思うでしょう?」


「分かっています。でも、相手を見て踏ん切りをつけたかった。敵わない相手だと分かれば、それですっきりするかもしれない、と。相手に何か言うつもりはないんです。ただ、知りたくて」


 その彼女の姿が佐々木さんを見たときの自分の心と重なり合う。

 だが、それは一方的に樹を思う側のエゴでしかないのだ。


「気持ちはわかるけど、やっぱりやめたほうがいいと思う」

「そうですよね。話を聞いてくださってありがとうございました」


 彼女はうるんだ瞳を細めると、深々と頭を下げる。


 樹は結局彼女を振ったのか。

 それなのになぜ、彼女と何度も遊びに行っていたのだろう。

 わたしには樹が余計に分からなかった。


 多分、何度もキスをしてきて、わたしの心をかき乱した樹と佐々木さんから聞いた話を重ねていたのだろう。

 そして、わたしの心に錘が増えた。


 放課後、わたしは短くため息を吐く。


「今日は樹君と帰らないの?」

「どうだろうね」


 約束しているわけでもない。

 彼は今朝もいつの間にか家を出ていたのだ。


「昨日、喧嘩でもしたの?」

「そういうわけじゃないの。なんかややこしくて」


 半田君に告白をされたのと樹の行動に何らかの関連性があるか分からない。

 だが、樹はそれを知っていて、わたしと顔を合わせようとしない。

 利香は何かを感じ取ったのか、わたしの肩を軽くたたいた。


「無理には聞かないよ。千波が抱えきれなくなったら、いつでも言ってね。二人ならそのうち仲直りできると思うよ。樹君の靴箱を確認して帰ろうか」


 わたしは利香と一緒に教室を出た。昇降口につくと、利香が樹の靴箱を確認してくれた。戻ってきた利香は首を横に振った。彼はすでに靴を履きかえ、学校を後にしたようだ。

 他愛ない言葉を交わし交差点に到着すると、声をかけられる。そこには日和の姿があった。


「久しぶりだね」


 日和は利香の言葉に笑顔で言葉を交わす。

 わたしたちは他愛ない会話をしたあと、交差点のところで別れた。


「今日、樹とは一緒じゃないんだね」

「樹もいろいろあるんじゃないかな」

「そうかもしれないけど」


 日和は浮かない顔をしながらもそれ以上何も言わなかった。

 家に帰ると玄関の鍵が開いていた。そして、玄関先には樹の靴だけがぽつんと置いてある。

 やはり何も言わずに帰ってきたんだ。


 わたしはそっと唇を噛んだ。

 なぜわたしは樹に避けられているんだろう。

 わたしのほうが避けたいくらいなのに。


 日和は先に階段をあがる。

 わたしが二階にいったとき、日和の部屋が開いていて、日和の姿はなかった。


 夕食時、お母さんに呼ばれて部屋を出ると樹と顔を合わせた。

 彼はわたしと目が合うと、目をそらした。


「今日の帰り、半田先輩と一緒じゃなかったんだ」

「半田君、部活あるでしょう」

「そうだったね」


 樹は他人行儀な笑みを浮かべた。

 わたしの中で樹に対して積もり積もった疑念が膨らみあがった。

 期待して裏切られるなら、最初からゼロになってしまったほうがいいという投げやりな気持ちが膨れ上がった。


「明日から、一緒に登下校しなくても構わないよ。行きは一人で行くし、わたしは利香と帰るよ」

「板橋先輩と? 別に姉さんが誰と登下校をしようが、俺は咎めないよ」


 わたしと半田君が一緒に登下校をするとでも思っているのだろうか。

 なぜ彼は半田君に拘り続けるのだろう。

 わたしのことなんてどうでもいいのにも関わらず。

 それにはっきりとことわったのに、彼にあれこれ半田君とのことを言われたくなかった。


「樹も人のこと言えないよね。佐々木さんとあれだけ遊びに行って、断ったんでしょう」


 彼は虚を突かれたようにわたしを見た。そして、冷たい視線を床に向けた。


「向こうから誘われたから」

「断る気ならあまり会わないほうが良かったと思うよ。向こうだって期待しちゃう」


 姉としての意見を口にしながらも、樹に対してやり場のない気持ちをぶつけていた。

 自分でもめちゃくちゃだとは分かっていたが、もう歯止めが聞かなかったのだ。


「俺は何度も断ったけど、どうしてもと言われた。好きな相手を忘れられるならそれでもいいって思った。でも、俺には無理だと分かった。だから断ったんだ」


 その眼は今までの冷たいものでも、あざけるようなものでもなかった。出口のない場所で一人ぼっちで置き去りにされた小動物のような目をしていた。誰が樹をそこまで苦しめているのだろう。

 同時にわたしは自分の発した身勝手な言葉を恥じた。


「ごめん。言い過ぎた」

「いいよ。俺ももっと早く断っておくべきだったと分かっていたんだ。忘れられないように逃げようとした罰だよな」

「その人に告白するの?」


 わたしの言葉に彼は目を見張る。だが、すぐに首を横に振った。


「一生しない。俺なんか相手にされてないよ」


 彼はそう自嘲的に笑っていた。

 わたしは彼の放つ一生という言葉に、余計に心が重くなっていった。


 夕食時、日和と樹の関係を遠目に見るが、樹が日和を好きだとは思えなかった。そもそも日和が好きなら、姉のわたしにあんなことを嫌がらせでも興味本位でもするわけがないだろう。


 樹にそこまで言わしめた相手がわたしには皆目見当がつかなかった。


 それからわたしと樹の関係はすごくちぐはぐだった。わたしの部屋に来ることもほとんどなくなり、朝はわたしが起きてくるころにはすでに学校に行ってしまっていることも多く、帰りも先に帰ってしまっていた。


 たまに樹が寝坊をしたのか登校時に一緒になっても、全く話をしないことも少なくなかった。

 親はそんなわたしたちの微妙な関係に気づき、何度か声をかけてきたが、わたしはなんでもないと返事をする。


 日和は何か思うところがあるのか、わたしや樹をじっと見ていることはあったが、深く何かを追及してくることは一度もなかった。


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