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わたしに指図する弟

 わたしの心に比例するように、徐々に辺りが冷たい風に包まれ始める。だが、冷たさを感じたのは季節の移り変わりだけではないだろう。

 わたしは幼いころから顔に出やすいと幾度となく言われた。

 わたしと樹が一緒に登下校をしながらも、関係がうまくいっていないのは顔に出ていたのか、周囲にも気づかれていたようだ。


 今まで樹関係で嫉妬の眼差しを向けられていた反動からか、わたしのことをあざ笑う声も耳に届きだしていた。

 利香が庇ってくれたため、わたしの教室内ではそういう声を聴かないのが不幸中の幸いだ。


 樹との楽しかった時間を誰にも言わなかったのも、今から思えば運の良さの一つだと断言できた。

 来月になると樹の誕生日があるが、きっとそのころになってもわたしと樹の関係は今のままだろう。


 亜子は頬杖をつき、窓の外をぼんやりとみていたわたしの机に来ると、にっと笑う。


「今度、誕生日パーティしない?」

「誕生日? 誰の?」


 わたしはどきりとしながら問いかけた。

 樹の誕生日というにはまだ早く、そもそも亜子が彼の誕生日を知っているとは思えなかったのだ。


「半田君の誕生日なの」

「そうなの?」


 わたしの言葉に亜子は頷く。


 岡部君と付き合っている彼女が岡部君のことを言いだすなら分かるが、なぜ半田君なんだろう。


「岡部君のお兄さんと半田君のお姉さんって実は結婚しているんだって。で、お姉さんはいつも半田君の誕生日を祝っていて、それにわたし達もどうって話になったの。いろいろ料理も作ってくれるらしいよ」

「半田君ってお姉さんいたんだ」


 彼女はわたしの疑問を感じ取ったかのように、言葉を綴る。

 妹がいるのは知っていたが初耳だ。それに結婚しているとなれば意外に年も離れている可能性も少なくない。


「でも、半田君はびっくりするんじゃないの?」

「そうでもないよ。多い方が楽しいしね。一応本人には了解済み」


 亜子はそう言うと笑顔を浮かべる。

 わたしは亜子を見て、なんとなく気づいてしまった。

 わたしを気遣ってくれているのだろう。


 亜子にも利香にも何も言ってはいない。

 だが、わたしと樹の距離が急速に離れているのは気付いているだろう。

 休みの日くらい家を離れて気分転換する方が気持ちも楽になるかもしれない。


 休みの日はあいかわらず樹は家にはいない日が多く、いろいろ一人で想像してしまっていた。一日でも友人と過ごせばその日だけは気持ちを紛らわせることができるような気がしたのだ。

だから、わたしはその誘いを受けることにした。


「でも、プレゼントはどうするの?」


 わたしと同じように「行ってもいい」といった利香が首を傾げる。


「物をあげるのも何か気を遣わせてしまうから、みんなで割り勘でケーキを買おうと言っているんだけど、どう?」

「ケーキか。いいかもね。ただ、それだけでお邪魔してしまうのは悪くないかな?」

「半田君とお姉さんがぜひと言っているんだから、気にしなくていいよ」

「なら、お邪魔しようか」


 わたしはそう言った利香の言葉に頷いた。

 半田君が誕生日を迎える来週末まではそのことで持ちきりで、樹の話題が遠ざかる気がしてホッとしていた。


 あとは親に許可を得る必要がある。

 利香も一緒なので、反対されないだろうし、タイミングを見計らって聞いてみようと思っていた。

 だが、そのタイミングも思ったより早くやってきたのだ。


 その日の夕食、食事を並べた母親が父親に目配せする。

 父親も確認したように頷いていた。

 何かあるのだろうとして身構えたが、思いがけない誘いが母親の口から聞かされる。


「次の次の週末、よかったら家族で旅行に行かない?」


 その週末は半田君の誕生日を祝おうと決めた日だ。

 家族と旅行に行くのは嫌ではないが、今の関係の樹とこれ以上同じ時間を過ごすのは心苦しい。

 それに今日の明日で友人たちの誘いを断るのは気が咎めた。

 樹は無表情で両親の話を聞き、日和は箸をもったままあごに手を当て、考えるしぐさをしていた。


「わたし、その日、利香たちと約束しちゃったんだ。別の日ならいいけど」


 二人が何も言わなかったため、わたしは先陣を切る形で、そう告げた。

 半田君の家というよりも利香の名前を出したのは、彼女に対する両親の信頼が絶大だったからというのが大きかった。


「そうなの? なら日和と樹は?」


 母親は残念そうな表情を浮かべた。

 樹と日和は顔を見合わせる。何か目で合図をし合い、どうやら日和が言う役目を担ったようだ。


「せっかくだから二人で楽しんで来たら? たまにはいいと思うよ」


 日和はそう口にする。

 樹も頷く。

 わたしもその提案には異存はない。


「そう。どうせなら日にちをずらしてもいいのよ」

「いいよ。また、今度みんなで行こうよ。冬休み辺りに」


 日和がそう明るく言い放ったことで、二人は困りながらも、子供たちの提案を受け入れることにしたようだ。


 食事を終えると、一足先に部屋に戻った日和の部屋をノックした。

 彼女はあくびをかみ殺しながら、扉を開ける。


「どうかした?」

「旅行行かなくて、よかったの?」

「お姉ちゃんを一人にするわけにはいかないし、お姉ちゃんが一緒じゃないと物足りないもの。お父さんもお母さんもそう思っていると思うよ。それに夫婦水入らずというのもたまにはいいんじゃないかな。お父さんとお母さんが二人でどこかに行くなんて今までなかったでしょう」

「そうだね」


 わたしの両親は再婚してからはわたしたちのことをなによりも優先してくれてきたのだ。

 たまには二人で羽を休めるのもいいはずだ。


「お姉ちゃんは利香さんたちと出かけるの?」

「正確には半田君の家だけどね。もちろん利香も一緒だよ。その日、半田君の誕生日で簡単にパーティでもしようということになったんだ」

「半田ってあの花火大会のときに来ていた背の高い人だよね」


 わたしは頷く。

 日和が一瞬、わたしの背後を見た。

 振り返ろうとしたわたしの手をつかむ。


「楽しんでくるといいよ。プレゼントはどうするの?」

「試験が終わった後に利香たちと選びに行く予定。ケーキにしようということになっているの」

「ケーキか。差しさわりがなくていいかもね。でも、お姉ちゃんが男の人の家に行くのか」

「利香たちも一緒だよ」

「行くことには変わりないじゃない」


 妙に明るい笑顔を浮かべる妹に引っかかり、わたしは首を傾げていた。

 部屋に戻る時に振り返っても誰もいなかった。


 お風呂あがりに部屋に戻ると、ちょうど樹の部屋の扉があいた。

 彼はわたしと目があうと、目を見張った。

 お風呂にでも入ろうとしたのだろう。

 わたしは頭を下げると、ドアノブに手を伸ばす。だが、その手を樹がつかんだ。


「半田先輩の家に行くんだ」


 日和との話が聞こえたのだろう。

 わたしは頷いた。


「断れよ」

「何で?」

「理由はない」

「断わらないよ。楽しみにしている」

「だから断れって」


 彼の一方的な言葉にむっとした。


 半田君の誕生日に利香たちと一緒に彼の家に行く。それだけなのに、なぜわたしだけが彼に指図をされないといけないのだろう。彼は自分が女の子と一緒に遊びに行ったことも黙っているのに。


 その不満と、樹と彼女が一緒にいたと聞いたときのショックが重なり合い、弾け飛んだ。


「樹だって女の子と一緒にデートしていたんでしょう。わたしにあれこれ指図しないでよ。わたしが誰とどこに行こうが勝手でしょう」


 彼は一瞬、顔をひきつらせた。知られたくなかった、そう告げているような気がしたのだ。

 初めて心の奥から発した冷たい言葉に、樹の腕が解かれていった。

 彼は無言でわたしのそばを通り抜けると、階段を下りて行った。


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