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わたしと距離を取る弟

 夏の名残があっという間に消え去り、冬の顔が見え隠れする時期になった。


 わたしは問題集を閉じると、その場で顔を伏せた。

 中間テストや文化祭など、多くの行事があっという間に過ぎ去り、もう期末テストを残すだけになった。


 本当は樹と過ごしたいと思っていた文化祭も、彼と会う機会もほとんどなく過ぎ去っていった。


 今でも彼との登下校はしているが、二人の会話も減り、彼は過度なスキンシップをしてくることはなくなった。

 発端はわたしの弟宣言なのだろうか。それとも恵美に何か言われたのだろうか。


 恵美に言われたときにすぐに理由を説明しておけばよかったが、わたしは結局言い出せなかった。言い方によってはキスをしてきた樹を責めているような気がして。そのままずるずると時間だけが過ぎ、変に間を置いたせいで彼に弁解する機会を失ってしまっていたのだ。


 わたしが喉の渇きを覚え、部屋を出ると、隣の部屋も扉があく。

 そして、ジャケットを着た姿が出てきた。


「出かけるの?」

「出かける」


 樹はあまり家から出ず、休日は家で過ごすことが多かった。だが、文化祭が終わったあたりから、日曜日に外出するようになったのだ。そうはいっても数えるほどなので、たまたまという可能性も否めない。


「誰と?」


 わたしは複雑な気持ちで思わず問いかけていた。


「友達だよ」


 彼は他人行儀な笑みを浮かべると、階段を下りていく。

 わたしは樹が外に行くのを待ち、階段を降り始めた。


 リビングにはソフトクリームを食べている日和の姿があった。

 彼女はわたしを見ると、続きを口に運ぶ。

 両親は買い物で、少し前に出かけていた。


「最近、樹、よく出かけるよね」

「そうだね」


 彼の名前に胸を痛めながらも、気づかない振りをする。


「樹のあとをつけてみたい?」

「何言っているの? 友達と会うと言っているのに、そんなことをしたらおかしいじゃない」

「あとをつけたいなら、つきあってあげようかなと思ったんだけど」

「だから、そんなことないから」

「お姉ちゃんは樹のことどう思っているの?」

「どうって日和と同じだよ。弟というか、兄弟だよ」


 わたしは精一杯の気持ちを取り繕う。


 彼女は意味ありげな笑みを浮かべながらも、深くは追及しなかった。


「そういうならいいけど、小梅がこの前の日曜日、樹を見たんだって」

「へえ」


 本当はいろいろ聞きたい気持ちがわいてくるが、そんな気持ちを押し殺し、淡々と返事をする。

 彼女は手にしていたアイスを平らげ、立ち上がる。


「続きはないの?」


 彼女は少し考えると、「ないよ」と口にし、プラスティックパックをゴミ箱に捨てると、部屋を出て行った。


 樹は三時間ほどして家に帰ってきたようだ。

 夕食時に顔を合わせた彼は、ここ最近通りの弟だ。

 同時に今までずっと見知っていたはずの彼が、どことなく知らない人に見えたのだ。



 翌日、学校に着くと、利香が気まずそうに顔を背けた。

 わたしは彼女の表情を訝しげに思いながら、声をかけた。


「どうかしたの?」

「言いにくいんだけどさ。昨日、樹君を見たんだ」

「どこで?」


 彼女はうん、と声を出すと、目をそらす。


「駅前のカフェで、女の子と一緒にいた。この学校の子」

「田中恵美って子?」


 利香は首を横に振る。


「一年の佐々木春菜。結構可愛くて有名らしいよ」


 わたしの知らない子だ。あの子でないことにホッと胸を撫で下ろす。

 だが、同時に複雑な気持ちが湧き上がってきた。

 樹がわたしや日和以外の特定の女の子と仲良くするなんて今までなかったためだ。


「その子、少し前に樹君に告白したって噂なんだ。樹君がどう答えたかは分からないけど」

「そうなんだ」


 素っ気ない言い方をしながらも、頭の中ではぐるぐると利香の言葉が駆け巡る。

 彼に好きな子ができても、彼女ができてもおかしくはない。

 いつかそういう日が来ると分かっていたはずだ。


「どんな子なの?」


 わたしは利香に無理を言い、その子が昼休みによく行っているという図書館まで連れて行ってもらう。


 図書館のミステリ小説が並んでいる棚で、ロングヘアの女の子と、ショートカットの子が小声で話をしながら本を見せ合っていた。二人いたが、名前を聞かなくても誰が春菜という子かは一目でわかった。つややかな黒髪に整った目鼻立ち。小柄なのにスタイルもよく、樹と一緒にいても引けを取らないと思う。

 近寄りがたいという言葉がぴったりくる美人だ。


「あのさ」

「綺麗な子だね。樹にはもったいないくらい」


 心配そうな利香の表情に、わたしは笑顔で答えた。

 彼女も樹と目の前の子がお似合いだという気がしたのだろう。

 笑顔を浮かべながらも、心の中では言いようのない気持ちがうずき、それを誤魔化すために唇を噛んだ。


 放課後になってもわたしの気持ちは収まらなかった。

 靴箱に行くと、樹が鞄を手に立っていた。

 彼の傍には友人なのか、女の子が数人いる。

 樹の視線がわたしを捕えるが、わたしはそのまま靴箱まで行く。

 そして、靴を履きかえた。


 その間、樹は自分を取り囲んでいた彼女たちに別れを告げ、昇降口のガラス戸のところまで歩いていく。わたしが上靴を靴箱に片づけて、ガラス戸のところにいくとさっさと歩きだした。

 わたしは慌てて樹の後を追う。その間、十メートルほど走るのと変わらないほど早歩きをする。


 彼はわたしが追い付いたのに気づいたのか、わたしの姿を目で追うが何もいうこともなく同じぺ―スで歩き出す。二学期の初めどころか、一学期に何かとわたしにかまってきていた彼とは別人のようだ。


 わたしは夕焼けに染まる彼を見て、足を止める。

 もう彼と一緒に登下校をしないほうがいいのかもしれない。


 樹は足音が止まったのに気づいたのか、振り返るとわたしを見た。

 そして、目が合うと何も言わずに目をそらす。

 今日、佐々木という少女をみたことが、わたしの口をより重くする。


「早く帰ろう。何か用事でもある?」


 今までならそういう言い方はしなかった。樹との距離を感じさせる言葉を噛みしめる。


「樹は他の子と帰りたいんじゃないの?」


 彼は眉間にわたしを寄せ、わたしを見る。 

 彼にその意思があるかは分からないが、まるでわたしを睨んでいるように感じられた。


「一緒に帰りたくないなら、そう言ってくれてもいいよ」

「そうじゃないの。ごめんね」


 わたしは不安な気持ちを打ち消すために、謝罪した。

 きっと一緒に登下校しなくなったら、わたしと樹の関係はもっと遠くなるだろう。

 自分で見たいと望んだはずなのに、あの子を見たことを後悔していた。

 樹はあの子とわたしを見比べていたりするのだろうか。

 いつもより無表情に見える彼の本心がわたしには全く分からなかった。


 家に帰ると、ちょうど日和と遭遇する。

 彼女はわたしと樹を順に見ると、わたしを手招きした。

 樹はそのまま階段を上っていく。しばらくして樹の部屋の扉が閉まる音がした。


 日和はわたしとの距離を詰め、口元に手を当てる。


「最近、樹と何かあった?」


 心の中を見透かされたような問いかけにドキッとする。


「何でもないよ」

「樹に聞きたいことがあるなら聞きいてあげるよ」


 日和は頬杖をつくと、目だけを動かしてわたしを見る。


「いいよ。大丈夫」


 わたしが樹に聞きたいのは、あの子との関係と、わたしのことをどう思っているかだ。

 日和と樹には兄妹や友人といった親しさ以外は何も感じない。

 わたしと樹がキスをして、一方的な恋愛感情を持っているなど考えもしないだろう。それを伝えれば彼女はわたしを軽蔑するかもしれない。だから、いまのわたしの気持ちは誰にも伝えられないと思ったのだ。


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