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わたしに甘い言葉をささやく弟

 二学期が始まった。二学期は体育祭に、文化祭など行事が目白押しだ。

 そんな学校行事を楽しむ気分にはいまいちなれなかった。

 あれからキスをしたりはしなかったが、樹は何かとわたしの部屋に入り浸るようになった。


 二学期に入るとわたしも樹も学校が始まってから、二人で一緒に過ごす時間がめっきりと減った。そんな当たり前の変化を心から残念がっていた。


 一学期までとは違う気持ちがわたしの中をみたしつつあった。


「信号、変わりそうだけど、どうする?」


 樹の問いかけに、慌てて信号を渡る生徒たちを遠目に見やり、「次で良いよ」と答えた。

 今日は早めに出てきたため、まだ焦るような時間ではない。

 ちょうどわたしたちが信号のところに到着したとき、その色が変わる。

 わたしは足を止め、同じく足を止めた樹を横目で見る。


 やっぱりかっこいいなと思うとともに、わたしの脳裏に夏以降幾度となく繰り返した問いかけが蘇った。


 わたしは樹を好きなのだろうか。

 その答えを導き出す前に、わたしの中に現実的な問いかけが浮かび上がる。

 好きになったらわたしと樹の関係はどうなるんだろう、と。


 彼はわたしの気持ちを受け止めてくれるのだろうか。それともわたしと距離を取り始めるだろうか。

 わたしは樹の気持ちを知らない。

 その後を意識する心がわたしたちの今後を懸念し、心に制御をかけてしまう。


「どうかした?」

「学校行きたくないなって思った」


 わたしはあいまいな笑みを浮かべた。

 その言葉には樹ともっと一緒にいたいという気持ちが含まれていたためだ。


「二人でさぼる?」


 冗談とも本気とも取れない言葉で、彼はそう言葉を紡ぐ。


「お父さんにばれたら大変だと思うよ」

「冗談。夏休みの間はよかったよな。ただ、俺は千波と同じ高校に行けてよかったよ。こうして一緒に登下校できるしね」

「それって」

「そのままの意味」


 告白ともとれなくもない言葉が引き金となり、わたしの頬が熱を帯びる。

 わたしはにやけそうになる頬を頬の筋肉に力を入れて必死に抑える。


「朝っぱらから変なこと言わないでよ」

「分かった。じゃあ、今度は姉さんの寝起きにでも言うよ」

「全く分かってない」


 わたしが大声でノーを突きつけると、樹は笑う。


「樹はわたしと一緒の学校に通うためにこの高校を受けたの?」

「そうだよ」


 遠慮がちに聞いたわたしの問いかけを彼はあっさりと認めた。


 キスを何度かして、甘い言葉をささやかれ、わたしと樹は付き合っているのではないかという錯覚さえ覚える。そもそも彼は姉であるわたしとそんな関係になりたいと思っているのだろうか。

 わたしも樹もその核心には触れなかった。

 信号が変わり、会話は他愛ないものへと変化していった。


 一年の教室の前で別れ、階段を上がる。そこで足を止め、深呼吸をした。


「好き、か」


 樹とのキスを思い出し、右手で唇に触れる。

 樹がわたしを好きでいてくれて、付き合ってほしいと言われたらどうしたらいいのだろう。

 だが、わたしと樹だけの問題ではない。

 わたしと樹は十年以上一緒に過ごした家族だ。

 両親に知られたら、両親はどう思うのだろうか。


 それに付き合ってずっと関係がうまくいけばいい。

 だが、何か問題が起こり、別れたらどうしたらいいんだろう。


 樹に次の彼女ができて、その相手と結婚すると言い出したら、わたしはその相手との関係を祝福できるのだろうか

 そんなのは今のわたしには耐え難いことだ。

 嬉しい気持ちと、戸惑う心が交互に襲ってきて、頭の中で生暖かい風がぐるぐるとまわっている。


 わたしの横を同じ学年の生徒が通り過ぎていく。わたしは立ち止まっていたのに気付いた。


 まずは自分の教室に入ろうと階段を上った時、二階の踊り場で見たことのある女生徒が立っていたのだ。同じ学年の子ではないのはすぐに分かるが、彼女が一年ではないかというのはおぼろげながら見当がついた。

 なぜなら、わたしと樹の関係を聞いてきた、あの少女だったのだ。


「おはようございます。先輩」

「おはようございます」


 わたしはさっきまで舞い上がっていた気持ちが消失し、一気に現実に引き戻される。背筋を伸ばして彼女を見る。


「そんなに警戒しないでくださいよ。この前、自己紹介をしていませんでしたね。わたし、田中恵美と言います」


 彼女はそう愛想の良い笑みを浮かべる。

 わたしはあの一件で築き上げた警戒心を胸中に押しとどめ、会釈する。


「わたしは」

「藤宮千波さんですよね」


 準備されたような展開に、眉根を寄せ彼女を見据える。

 また、何か言われるのだろうか。ナイフのような言葉を耐える覚悟をしたとき、優しい声が耳を掠める。


「この前はごめんなさい。気を悪くされませんでしたか?」

「気にしていないよ」


 わたしは彼女の反応に呆気にとられながらも、場を収めるために嘘を吐く。


 気にしているなんていえば、いろいろと都合が悪いだろう。


「良かった。やっぱり素敵な人ですね。わたし、藤宮先輩にあこがれていたんです。美人で優しくて、よかったらお友達になってください」

「いいけど」

「だったら連絡先、交換しましょうよ」


 彼女は携帯を取りだすと、強引に予期せぬ展開に驚くわたしと携帯の番号とアドレスを交換していた。



 彼女と別れ、教室に入った。

 そこでやっと一息つくが、彼女の豹変の理由には気付かず仕舞いだ。


 あの彼女に何があったんだろう。

 また樹絡みで何かあったのだろうか。

 不可解なできごとに首をかしげながら、自分の席に着く。


「どうかしたの?」


 利香は振り返ると、わたしの様子から何か感じ取ったのか、声をかける。

 わたしはさっきのできごとを利香に伝える。彼女が前に樹のことであれこれ絡んできたというのはあえて伏せていた。どう説明していいか分からなかったし、言いつけのようになってしまうのを避けたかったのだ。


 それを聞き、利香は目を細める。


「千波って女の子から密かに人気あるんだよ。樹君の件で快く思わない人もいるけどね」

「そうなの? 人気って」

「アイドル的な、あの先輩可愛いってね」

「可愛くないよ」


「千波の自己評価はおいておいても、客観的には相当可愛いと思うよ。わたしも思うし、よく聞くもの。仲良くなりたいけど、話しかけられないってね。男も女も。樹君がいなければ、もっともてていたと思うよ」

「何で樹の名前が出てくるの? そもそももてないし」

「樹君があれだけちなみにべったりだと、それを押しぬけて告白して来ようなんて、普通は考えられないよ」


 完璧を取りそろえた彼に、気後れしてしまうということなのだろうか。

 今朝の言葉も重なり、自ずと口元が綻んでいた。

 そのわたしの心境を悟ったのか、利香が目を細める。


「最近、樹君と何かあった? 名前を言うたびににやけているよ」


 わたしは思わず頬を抑えて利香を見る。

 彼女は明るい笑みを浮かべた。


「本当に千波は分かりやすいね」


 わたしは返す言葉もなく、唇を尖らせ、眉間にしわを寄せた。

 そうしたのは不機嫌だったわけではない。にやけそうになる気持ちを抑えるためにだ。


「何かが変わったというわけじゃないの。何かあったら話をするよ」


 厳密に言えばウソだが、客観的には間違ってはいない。わたしと樹の関係は姉と弟のままなのだ。

 彼からわたしたちの今後に関する話をされたとき、利香に伝えればいいと思ったのだ。

 利香はそうしたところもきちんと分かってくれる。


「分かった。いい報告を期待しているよ」


 樹はわたしとのことをどうしたいと思っているんだろう。

 そのとき、わたしの机に影がかかる。

 顔をあげると亜子の姿があった。

 彼女の頬は赤く染まり、目はうるんでいる。


「今朝、岡部君と一緒になっちゃったんだ」


 その言葉に促され、教室の前方を見ると、先ほどまでいなかった岡部君の姿がある。


 二人は一緒に花火を見に行ってから、夏休みに二度ほど遊びに行ったようだ。だが、それでもその関係は友人同士のままだ。亜子自体は告白しようとしたが、幾度となく失敗を繰り返したらしい。


 彼女はわたしの机に手を乗せる。


「わたし、今日、告白する」

「うまくいくと良いね」


 わたしと利香はそう返す。


 彼女は頑張ると意気込んでいた。

 彼女はそれからチャンスを伺い、昼休みのうちに彼に話があると約束を取り付け、一緒に帰ることになったらしい。


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