わたしの妹にからかわれる弟
期末テストが終わると、三者面談もあるが一気に夏休みモードになる。
学校も午前中で終わり、朝から夕方まで学校に通う高校生にはしばしの休息の時だ。
樹は余裕でこの高校に入ったこともあってか、中間だけではなく、期末テストとも、申し分のない成績だった。
わたしの成績は中間テストよりは挽回したものの、人並み程度で、学年トップクラスとはかけ離れている。
それだけならよかったが、樹に親に見せようとした成績表を奪われ、バカにされてしまうという屈辱的な経験をしてしまった。だから、二学期のテストはもう少し頑張ろうと心に誓った。
少しずつ友人たちとの会話にも夏休みの遊びの予定が増えてくる。
それは年の近い妹を持つわたしもそうだ。
「花火に行かない?」
日和は笑顔で学校から帰宅したわたしと樹を誘ってきたのだ。
「いいよね。お姉ちゃん」
「いいけど」
わたしの言葉に、日和は納得したように首を縦に振る。
「三人で行くか、誰か誘うかな」
彼女は別に花火が好きな子というわけではない。その彼女が花火大会に行きたがる理由は一週間ほど前にお母さんから浴衣を買ってもらったため、着る機会がほしいのだろう。わたしも一緒にと買ってもらっている。
花火が好きなわけではないというのは、樹も同じだろう。
日和の話を聞き、短くため息をついた。
「面倒だから行かない」
「どうして? お姉ちゃんと二人きりにしてあげるから行こうよ」
何でこう日和は微妙なことを言うんだろう。
もう一度、樹は面倒そうにため息を吐く。
彼がこう来るのは今までの経験上分かっているはずなのに、わたしには日和の考えが良く分からない。
「お前はどうするんだよ」
「適当ぶらぶらしてもいいし、誰かわたしの友達を誘ってもいいんじゃないかな。誘うなら、小梅だから問題ないでしょう?」
小梅ちゃんは越谷小梅といい、日和と小学生時代からの友人で、日和と同じ高校に通っている。当然、樹とも中学までは一緒だった。日和が最も親しくしている友人だ。
「越谷と二人で行けば?」
「樹がどうしてもお姉ちゃんと二人きりで行きたいならそうするけど」
彼女はどうしてもというのを強調し、樹が不機嫌そうにため息を吐く。
「そんなこと言ってない。だいたい、何でそんなところに行きたがるんだよ」
「わたしとお姉ちゃん、この前浴衣を買ってもらったの。お姉ちゃんの浴衣、ピンクでかわいいんだよ。樹もお姉ちゃんの浴衣姿見たいよね」
樹は興味がなさそうに、そうと短く返した。
「決まりだね。花火大会の日、開けておいてね」
彼女は強引に話を打ち止めると、階段をあがっていく。
絶対樹はノーだと言っていたはずなのに。
樹は面倒そうに短くため息を吐いた。
「嫌なら断ろうか?」
「あいつにそんなことをしても無駄だと分かっているよ。あの押しの強さは大物になりそうだよ」
樹もなかなかだが、似たタイプだからこそ抵抗を感じるのだろうか。
わたしも同じように押しが強く振舞おうか考えてみたが、やっぱり無理だと判断した。
英語のテキストを捲っていると、わたしの机に影かかかる。亜子が目を輝かせてわたしのところまでやってきたのだ。彼女は利香の肩をつかみ、利香を振り向かせた。
「花火大会に一緒に行かない?」
そう言われたのは、日和から花火大会に誘われた翌日だ。
「岡部君と一緒に行きたいから、とりあえず人を集めているみたい」
利香はそう肩をすくめる。
亜子と岡部君はあれ以来仲がいい。付き合うとまではいかないが、二人でよく一緒にいるのを見るし、岡部君もまんざらではないと思う。
「二人で行こうと誘ったら来てくれると思うけど」
「そんなの告白と同義じゃない。無理だよ」
亜子は顔を真っ赤にして否定する。
彼女が頑張っているのは分かるし、協力したいとは思うが、わたしには大きな問題があったのだ。日和と約束してしまったのだ。身内だからといって友人との約束を優先するようなことはしたくない。それに、亜子なら素直に理由を言っても分かってくれるだろう。
「日和と樹と花火大会に行く約束したんだ。だからごめんね」
「なら仕方ないね。三人で行くの?」
「そうじゃないかな。今のところはね」
「なら、三人で楽しんできなよ。利香は来てくれる?」
「いいけど、告白しても大丈夫そうなんだけどな」
利香が岡部君のほうを見ようとすると、亜子が利香の視界を塞ぐ。
ばれるのを気にしているのだろう。
岡部君はわたしたちを気に留めたそぶりもない。
「行く場所は一緒なんだから、日和ちゃんさえよければ一度合流しようよ。一緒に行動しなくてもいいからさ」
亜子はそうわたしに告げる。
利香は頬杖をつくと、苦笑いを浮かべる。
「相談してみるね」
「こっちの無理な誘いだから、難しいなら無理にとは言わないから。でも、日和ちゃんを一度生で見てみたい」
と亜子も付け加えた。
亜子は高校からの知り合いで日和を見たことはないが、利香から美人だという話は聞いているようだ。
日和もわたしと樹の会話にたまに出てくる、亜子に興味があるようだ。
「分かった。でも、樹には聞かなくていいんだね」
「樹君は千波がいればどうでもよさそうだもん」
亜子がそう言うと、利香に拳で小突かれていた。
「それは言わない約束だよね」
「そうだっけ。ごめん。忘れてね」
彼女はそう強引に話を締める。日和もそんなことを言っていた。正直樹はわたしがいようといまいと、そんなに深くは気にしないとは思うが、なぜ彼女たちはそう決めつけるんだろう。
ふとあの嫉妬してほしいといった彼の言葉が脳裏を過ぎる。
わたしにそういうことをされたら、そんなのうっとおしくないんだろうか。
樹はシスコンなんだろうか。
彼にそう言ったことはあるが、否定はしなかった。
だが、そのままの言葉を受け止めるのはどうもできない。
彼にとってわたしはおもちゃみたいなもので、わたしを大好きだと思っているようには思えなかったのだ。
「樹って誤解されやすいタイプだよね」
帰りがけに涼しい表情を浮かべている樹を見て、思わずそう言いたくなったのだ。わたしの言葉に樹は怪訝そうな顔をする。
「今日、亜子から花火大火に誘われたの。日和と行くからと断ったんだけど、その話の流れで、樹はわたしが来るなら文句なしに来ると思われていたんだよね」
樹が眉根を寄せた。やっぱり不機嫌そうな顔になってきた。
わたしは慌ててフォローする。
「樹は最近わたしに優しいから誤解されているんだろうね」
「別に、千波の友達に誤解されてもいいよ。困らないし」
「そうだけどね」
樹に好きな人ができたらそうはなくなるんだろう。
そこで脳裏を過ぎったのは、あの宣戦布告をしてきた派手な女の子だ。
あれから彼女が何かを言ってくることはないが、こういうことが広まればまた言われる可能性もある。
樹はあの子と仲がいいのだろうか。
わたしは樹とその子が一緒にいる場面を見たことは一度もなかったし、名前も知らない子との関係を樹に聞くのも気が咎めていた。
そういう意味では日和も一緒に花火に行くのはいい案かもしれない。日和も一緒なら仲の良い兄弟で終わらせられるのだ。
日和に亜子の提案を話すと、両手をあげて賛成してくれた。彼女も小梅ちゃんを誘ったらしく、四人で花火大会に行くことになったのだ。




