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わたしに嫉妬してほしいと言う弟

 わたしが連れてこられたのは、校舎の脇にある体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下だ。

 グラウンドでは一足早く食事を終えたのか、何人かの男子生徒がサッカーをして遊んでいた。

 彼女は足を止めると、わたしを見据えた。


「先輩は樹君のお姉さんなんですよね」


 含みのある言い方に後味の悪さを覚えながら、彼女を見た。


「そうだけど」

「樹君のことは何とも思っていないんですよね」

「なんともって」

「弟以外の感情を持っていないかと聞いているんですけど」


 弟以外の感情というのは即ち、彼に恋愛感情を持っているか、いないかということだろうか。

 彼女は相変わらずわたしを睨む。その視線や言葉には棘が見え隠れする。


 わたしは樹のお姉さんになりたい。

 だから、彼を好きになることは考えていない。

 答えはノーだ。

 だが、なぜわたしが樹を好きになる否かをここまで言われないといけないのだろう。

 その不満を肋骨の下まで抑え込むと、できるだけ自然な笑みを浮かべて微笑んだ。


「大切な弟だよ」


 その時、胸が痛む。さっき、友人の前でおなじことを言ったはずなのに、わたしの心の中は全く違う。その差は相手が樹のことをどう思っている、もしくはわたしとの関係の近さかに起因しているのだろうか。

 それを口にするのを避けていたように。


「そうですよね。安心しました。わたし、樹君に告白しようと思っています。その時は邪魔しないでくださいね」


 その宣戦布告に戸惑っていると、彼女はじっとわたしを見る。


「分かってくれるまで帰りません」


 半ば脅しのような言葉を綴った彼女と、これ以上一緒にいるのが嫌になり、頭を縦に振る。


 彼女は満足そうに微笑んだ。


「嘘吐かないでくださいね。先輩も嘘つきと呼ばれたくないでしょう?」


 彼女はとげのある言葉を残し、深々と頭を下げると、来た道を戻っていく。


 まだ梅雨の名残りのある風がわたしの頬や足を撫で上げていく。


 嘘つきとか弟とか。

 わたしは樹のお姉さんになりたかっただけなのに。


「本当、いい加減にしてほしいよ」


 行き先のないぼやきを紡ぎ出し、髪の毛をかきあげる。


 わたしはお茶を買うと、教室に戻る。

 席に座ると、短くため息をついた。


「遅かったね。まさか、絡まれた?」


 利香は眉根を寄せ、わたしを見る。


「少しね。でも、大丈夫だよ」

「嫌だね。ついていけばよかった」

「気にしないで。ありがとう」


 そう言いながらも、あの彼女から樹に弟宣言をさせられた時の後味の悪さが、わたしの体の中を駆け巡り、胃のあたりを刺激していた。

 何でこんなに気分が悪いんだろう。

 体調でも悪いのだろうか。


「顔色悪いけど、大丈夫?」

「大丈夫」


 わたしはお茶を飲み、そのむかつきをおさめようとした。

 だが、食事を終え、授業開始前になっても、その違和感は落ち着かず、胸の奥がざわついている。


「顔色悪いよ。保健室で眠ったら?」

「そうしようかな」


 少し眠ればこの胸のむかむかもすっきりするだろうと思ったのだ。

 さっきからまれたことを気にしてか、利香が保健室まで送ってくれた。

 彼女は先生にわたしが体調が悪いと話を通してくれ、しばらくベッドで眠っておくことになったのだ。


 その時に熱も測ったが、案の定熱はなかった。

 だが、わたしが思う以上に体は負担になっていたのか、ベッドに横になるとすぐに眠りに落ちて行った。


 ふと人の気配を感じ、目をあける。そこには、黒い髪の毛をショートにした、保健の近藤先生の姿があった。


「ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」

「いえ、今、何時ですか?」

「もう少しで五時間目が終わるところよ」


 わたしは頷くと体を起こした。随分と体が楽になった気がする。

 やっぱり保健室に来てよかった。


「顔色もよくなったみたいでよかった。帰りは弟さんが迎えに来るらしいから、そのまま残る?」

「どうして樹が」

「あなたの友人から聞いたみたいで、やってきたわ。ものすごく心配していたわよ」

「すみません」

「あなたが謝ることじゃないわよ。でも、高校生になっても仲がいいのね」


 つい最近まではそうでもなかったと言いかけて、口を噤む。

 学校の先生にそこまで言う必要はないと思ったためだ。


 わたしはあいまいに微笑むと、再び布団に身を鎮めた。


 樹はわたしのことを心配してくれたんだろうか。

 樹にとってわたしはどんな存在なんだろう。

 姉と思ってくれているんだろうか。

 今みたいな関係を続けていきたいと思う一方で、わたしは今後のことを気にしていた。


 樹に彼女ができたら気になるし、ああいうことを言ってくる子なら正直嫌だ。

 わたしに対するような態度をあの子にとったら、嫉妬してしまうかもしれない。

 これだと樹の流した冗談が本気になってしまう。

 今日の昼休み、ジュースを買いに行ったことを心から後悔していた。


 わたしは授業の終了を待ち、教室に戻ることにした。

 残りはホームルームだけなので、それくらいなら大丈夫だと思ったためだ。


「大丈夫? 言ってくれれば迎えに行ったのに」

「ごめん。携帯を持ってなかったし、大丈夫だったよ」

「無理しないでね」


 わたしは友人の言葉に頷く。


 放課後、樹が教室までやってくるのを待ち、利香と一緒に教室を出る。

 彼はわたしの鞄を取り上げる。


「俺が持つよ」

「ありがとう」

「体調が悪いなら、学校無理しないでよかったのに」

「もう治ったから大丈夫だよ」

「じゃ、お先にね。樹くん、千波をよろしく」


 利香は一足先に階段を下りていく。

 わたしたちも家に帰ることにした。

 学校の外に出て、少し歩くと取り巻くような視線から解放されて、ほっと肩をおろす。


「まだきつい?」

「大丈夫だよ」


 わたしは苦笑いを浮かべると前髪に触れる。

 昼休みの出来事が脳裏をよぎり、胸が痛む。

 また、明日は今日と同じような日が待っているのだろうか。

 そう思うと気が思いが、今日の出来事を封印して、いつも通りのわたしで彼に接することにした。


「樹、わたしが嫉妬するとか言わないでよね」

「何が?」

「告白されたときに、わたしが嫉妬するから彼女を作れないっていったと聞いたよ」

「軽い冗談のつもりだったんだけど」

「周りはそうは思わなかったみたいだよ」


 樹は苦笑いを浮かべていた。


「そうなんだ」

「今日、わたしは見世物状態だったんだもん」


 樹は「ごめん」と謝っていた。


「あれだけでそんな大げさになるんだ」

「きっと樹を好きな人にとっては大事なことなんだよ」

「好き、か。千波は俺に彼女ができても気にしないだろうな。でも、俺は嫉妬してほしいと思っているよ」

「誰が誰に?」

「そのままの意味。分からないなら日本語能力がまずいよ」


 樹はからかうような口調でそう告げる。

 わたしはもう一度彼に理由を聞くが、彼はその答えを明確には口にしてはくれなかった。


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