こくとう
電車が駅に到着した。口に最後の黒糖を放り込んで空になった袋をホームのごみ箱に捨てる。
口の中で甘さとザラザラとした感触が広がる。
多くの人が同じホームの向かい側にある電車に乗り込んでいく。
その人たちを通り過ぎて私は階段を降りていく。
駅に背を向けて歩き出す。
北風が吹いた。
寒い。
溜め息のように息を吐きながら、ポケットに手を突っ込んだ。
マフラーで口元を隠す。
足元を見つめながら歩く。
自分が履いている黒いブーツの横に
黒いローファーと白いスニーカー。
前を見ると二人の背中が現れた。
紺色のブレザー、同じ色彩のチェックのスカートとズボン。
高校生らしきカップルが楽しそうに歩いている。
いいなぁ。
青春ってやつか。
自分の真っ黒なコートを見ながら思う。
あっちが青春なら、こっちは黒冬だ。
私の心は黒く染まっている。
罪から逃げるために、何度も罪を犯す。
その度に苦しくなる
罪悪感という厳しく冷たい冬は、終わらない。
私は罪を犯した。
一、人をおとしめて、自分を持ち上げようとした。
二、人の好意を悪用した。
三、人のために犯した罪だと自分の心を偽った。
罪悪感は、その罰だ。
自分の利益のために人を平気で蹴落とす。
私は魔女になってしまった。
目的地に着いて、足を止めた。
小さなお店に入っていく。
大学帰りに途中の駅で降りて、この和菓子屋に寄るのが日課のようになっていた。
甘いものは一瞬私を癒してくれて、お腹に何かが入っている状態は空腹時よりは嫌なことを考えずに済んだ。甘い許しを求めていつも甘いものを口にしていた。
何よりこの和菓子屋は…
小さい頃よく母と来ていた店。
罪を犯したのは母のため。そう心の中で唱えて罪悪感を軽くしようとする。親孝行な娘を演じる。
本当は自分のことしか考えてないくせにね。
「いらっしゃいませ!」
中学生位の若い女の子が迎えてくれた。
その少女より幼い男の子二人と女の子が甘えるようにくっついていた。
いつもこの子達が迎えてくれる。
この和菓子屋の子供達らしかった。
「黒糖まんじゅう五つください」
「お姉さん!いつもありがとうございます。いつものこれ、今日もサービスでつけときますね」
私が話す言葉とは違う、関西弁のイントネーションで女の子が話す
嬉しそうに饅頭を詰めてくれる。紙袋に入れた饅頭の横に小袋に入れた黒糖もつけてくれる。
「ありがとう、いつも手伝ってて偉いね」
作り笑顔で言う。しかし心は本心だ。
少女が自然な笑顔で答える。
「好きでやってますから。
お客さんと話すの楽しいですし。
うちの店、人あんまり来ぉへんからお姉さんが毎日来てくれるのすごい楽しみにしてます。お姉さんはこの店にとって神様みたいな存在です」
「違う!私は神様なんかじゃ…」
思わず大きな声が出てしまった。
そんな良い存在じゃないんだよ、私は。
「そうですかねぇ…」
少女は不思議そうに私を見る。
少女の弟や妹達は私の突然の大声にびっくりして、少し警戒していた。
小さく溜め息を吐いて、言う。
「私は魔女なの。
何度も罪を犯したくせに
これから、また新たな罪を重ねようとしている」
戸惑った表情で少女が私を見る。
私は、本当は誰かに止めて欲しかった。
これ以上罪を犯さないように。
罪悪感から解放されたかった。
少女の笑顔に縋る。
「お願い、私を、
私を止めて。」