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紗矢の表情も陰った。
「どうして」
「あいつら、ああ見えても結構やり手のフットサルチームなのよ。この界隈じゃちょっと有名だわ・・・・・・悪名高いずる賢いアマチュアチームってね」
紗矢がピッチに目を戻すと、コーナーキックがクリアされて敵チームがカウンターを仕掛けていた。対する女子校生チームのディフェンスは一人――――藤崎のみ。
一対一。
ロン毛男はにやっと笑った。大きく助走をとり、藤崎目がけてボールを蹴り込む。二人の距離は二メートルもなかった。
危ない!
紗矢の嫌な予感は的中する。ミドルシュートは藤崎の下腹を貫いて轟音を放つと、ころころと力なく転がってサイドラインを割った。衝撃故か、手を抑えながら藤崎が片膝をつく。
ネット外の観客達から歓喜に似た楽しげな声が飛んだ。
「あー悪ぃ悪ぃ。当てるつもりはなかったんだけどなぁ」
ロン毛男は謝罪の意など毛頭ない声調で頭を下げると、振り返り様にレプリカユニの二人と笑いながらハイタッチした。
汚い手だ。あれで相手チームを怯ませようっていう戦法。ネットを掴む手におのずと力が入った。
しかし、当人の藤崎は顔色一つ変える事なくすくっと立ち上がると、痛みなど最初からなかったようにプレーに戻った。
「チッ」
つまらなそうに、ロン毛は舌打ちを打つ。
キックインでプレーが再開される。
ロン毛は藤崎の前に立って、ボールを受けた。後ろから競ってくる藤崎を巧みに腕を使いながら押し込んで、強引に反転しようと試みる。
ファールチャージ。普通ならば明白な反則だった。しかし、ここはストリート。日陰のピッチ。明確なルールが存在しなければ、ファールを取る審判もいない。
分かっていたはずなのに、この人達に勝ち目なんてないって。
どうして止めなかったんだろう、と紗矢は後悔した。それでも、心の何処かでは彼女達の事を応援していた。自分自身の境遇を映していたのだった。
「なんて体幹なの、あの子」
エイジの吃驚した声で、紗矢はふと我に返った。
ピッチ上。ロン毛の動きを相殺するように、藤崎が競り合っていた。腕も手も使っていない。腕力で押し込んでくる相手に対し、大木のように聳え立って力を受け止めているだけ。それなのに、びくとも動かない。
「嘘だろ・・・・・・こいつ、ホントに女かよ?!」
足元の注意が疎かになったのを見逃さず、藤崎はつま先でボールを蹴り飛ばした。
カットされたボールを智実が奪って、結衣へと繋ぐ。白石と智実がほぼ同時に走り出した。
「同じ手は二度も食わねぇ!」
レプリカユニの一人が智実をマークしようとサイドに寄る。バイタルエリアど真ん中に、ぽっかりとスペースが空いた。
そこへ狙いを澄まし、榎本はサイドキックで強いパスを出した。
「ちげぇ、金髪の方だッ!」
グラサンのコーチングも虚しく、いつの間にかもう一人のレプリカユニのマークを振り払っていた白石がフリーで飛び出していた。
トラップせずに、腰を捻るようにして豪快に左足を振り抜く。
アウトサイドで烈しく回転の掛けられたボールが、鋭くグランダー状に伸びながら緩やかな半円を描く。キーパーの伸ばした右腕と右脚の間をすり抜け、ゴール左隅へと突き刺さった――――。
キュリュ、キュリュ、キュル。
ネットに収まっても尚、ボールはまだ回転している。
白石は片目を閉じ、両手を組んで銃のようにして構えた。"バン"という声と共に、倒れ込むキーパーを見下ろして撃つ。
「ゴ~ル」
皮肉たっぷりに言ってみせ、にやっと笑った。