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「なんか、面白そうじゃな~い?」
エイジが興奮気味に語るのを紗矢は傍らで聞いていた。しかし、視線はネット内に向けられている。もっと言えば、榎本結衣にのみ注がれていた。
どうして。どうしてか分からないけど、この人を見ていたら何か胸がもやもやする。まさか――――でも、そんなはずは。などと、悶々と考え込んでいた。
「二十分、一本だ」
角刈りの男が宣言して、ボールを女子校生チームに渡した。両チームとも選手が散っていく。
左手は角刈りとロン毛が前線、レプリカユニフォームの二人が後衛、グラサンがGK。
対して右側は、グローブを付ける理香がゴールキーパー。まだ泣き面の智実と憮然と腕を組む藤崎がディフェンス。飴のなくなった棒を吹き矢のように捨てる白石。ボールの感触を確かめるように、ちょんちょん、と足先で軽快にリフティングする榎本結衣がオフェンス。
ネット外の熱気も高まりつつあった。といっても、半分以上が余興を見るような興奮である――――おいおい、制服でサッカーってヤバイぜ。パンツ見えねぇかな。あいつ俺の好みだわ。いや、俺はあっちのパツキンだな、スタイル抜群でめちゃエロくね?――――という声が飛び交うほどに。
「あ、あの藤崎先輩・・・・・・いまさらなんですけど、この試合やめませんっすか? これ、監督にばれたらホントヤバイっすよ・・・・・・」
小声で智実が囁いたが、藤崎は十字架のペンダントを握りしめ、一人言のように呟いた。
「――――"女のサッカーはおままごと"だと侮辱した奴らを許す訳にはいかぬ」
「えぇ・・・・・・」
顔をくしゃくしゃにしながら、智実は手を合わせて天に誓った。ああ神様、どうか私にこれ以上の不幸が降りかかりませんように。どうか、どうかお願いするっす!
センターサークルに結衣と白石が集う。陽は大分傾き始め、うっすらと陰を落としつつある。舞台は整った。エイジは電光掲示板の時間設定を行うと、ホイッスルを吹いた。
キックオフと同時にボールを後列まで渡し、ゆったりと回し始めた。男達は鮫の如くプレスを仕掛ける。立ち上がりは無難に進んで行く――――そのように思われた。
ハーフウェーライン上で結衣がパスを受ける。すると、ギアチェンジしたかのように、白石が右サイドに切れ込み、智実が空いたスペースにオーバーラップした。
それを見て、結衣は地を這うようなグランダーのパスを出す。絶妙なタイミング――――パスは丁度走り込む智実の利き足、右足でシュートが打てる場所へと送り出される。
ほぼ一瞬の出来事ゆえに、敵の選手達は皆、ボールの行方に釘付けとなって動けない。
フリーの状態から智実が右足を振り抜いた――――
――――が、惜しくもキーパーが弾いてラインを逃れた。
「へぇ、やるじゃねーの」
ロン毛男はしたたかに笑い、シュートを止めたグラサン男は唾を吐いた。
さすが、十六歳で日本代表に選ばれた選手。紗矢は胸の高鳴りを感じながら、食い入るように見つめていた。パスのスピード、精度、タイミング。全てが高レベルだ。
そして、左利き(レフティー)。
「あの娘達、なかなかやるじゃない」
しかし、エイジはすぐに表情を曇らせた。
「・・・・・・でも、ハンデはもらっておくべきだったかもね」