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艶やかでいて美しい金髪は赤いバンダナに隠れ、整った気品高きブレザーとスカートはだぼっとしたジャージに取り変わる。
美しき百合の華が散りゆき茎のみが残るように、誰がこの者を鳳桐院家のご令嬢であると見破れるのだろうか!
「七時に、またここで」心なしか、声が低くなっている。
「それでは、お気を付けて」
玲香――――平野紗矢は車から降りると、駐車場を後にした。その歩調には一令嬢である慎ましさなど欠片もなく、ずんずん先へと勇敢に歩む。華奢な背中には束ねられた長い金髪が垂れているとはいえ、決して女であるとは見えない。
女を感じさせる所は多少ありとも、中性的な美少年というのが妥当である。
西日差す賑やかな繁華街の裏手に回り、寂れた高架下を潜り抜け、人気の少ない路地に入る。潰れたまま取り壊されずに残る工場跡地や、烏の住処となった廃墟ビルが居並び、その中央にネットに取り囲まれたサッカー場がある。活気に満ちた声が聞こえてきて、心なしか紗矢の足取りも弾んだ。
まだ人気の少ない時間帯にて、場内で数人が軽くリフティングやパス交換をし合っている以外は、観客はぱらぱらと疎らに散らばっていた。
「あら、良いところに来たわね」
門番の如く、入り口付近に立っていたエイジが振り向きウインクした。今日はティーシャツにオーバーオールといった出で立ちだ。
「良いところ?」
紗矢は言葉を繰り返した。エイジが何度か頷いてから屈んで声をひそめる。
「さっき聞いた話なんだけど、ここいらでのさばってる連中がどっかの女子校生ともめたみたいでねぇ、フットサルで白黒付けようっていうのよ。ねぇ、ちょっと面白いでしょ」
ぴくっと紗矢の眉が動いた。「ここで?」
「そう。もうちょっとで来るらしいわ。紗矢、どっちが勝つか掛けてみる?」
「・・・・・・いい、興味ない」
「つれないわねーあんたって。まぁ、そういうとこ、アタシ嫌いじゃないけどさ」
エイジは懐から煙草を取りだして吸った。白煙が風に揺れて、微かに消えていく。紗矢の瞳はグラウンドに向けられながらも、遠い彼方を映していた。
女子校生がフットサル対決?・・・・・・バカらしい。どうして、そんな勝負を受けたんだろう。ハンデをもらったって、勝ち目なんてないのに。
「――――来たわよ」
反射的に、紗矢は振り返った。遠方に人の群れがある。
実に対照的だった。前を行くのは男の集団で、いかにもといった服装と風貌で、髪が電灯みたいに明るく染まり、サングラスをかけたり、ズボンに手を突っ込んだり。ガムをかんだり・・・・・・云々。
少し離れた後方には制服に身を包みし女子校生の集団がいた。五人丁度だ。四人を引き連れて先頭を行く人はすらりと背が高く、眼光鋭い。後ろを歩く四人のうち、白に近い金髪の長ったらしい少女が目についた。そして、もう一人。
見覚えのある顔だった。黒い短髪は清らかでいて、男性的というより精悍な顔立ちに映えてより女性の美しさを際立たせるよう。
紗矢ははっと息を飲んだ。見間違えるはずはない。先日、某スタジアムにてプレーしていたのをこの目で見たのだから。
彼女は榎本結衣、その人だった。