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都内某所。生い茂る針葉樹と柵に囲まれて、ミッション風の豪奢な校舎が特徴的な、お嬢様御用達の私立高校が立っていた。
大理石でできた回廊の中央には湧き上がる泉。校舎は壁のように大きく広く、白と赤のレンガ造りで十字架が象ってある。全面芝生の校庭の隅には色とりどりの花々が脇を添えるように咲き誇っている。
と、その豪勢さと華やかさは最早学校の範疇を超えて某アミューズメントパークのようである。それはまた、ここに通う生徒達をも象徴していた。
街路樹の無数の桜が緑に衣替えしていく最中、紅色をした長い丈のスカートと真っ白のブラウス、その上から落ち着いた暗色のジャケットを纏う乙女達が慎ましく通っていく。
そんな華やかな女の園を見下ろしながら、玲香はたいそうな溜息をついた。
本当に退屈だ、こんな場所。皆うわべばかり良くて、腹の底では何を考えているか分からない。
大手経営家や敏腕政治家など上流貴族と呼ばれる娘達だらけ。微笑んで親切にしてくれても、本心はばば抜きをするかのように皆狡猾で欺し合いをしているみたい。
普段の学校生活全てに気が張ってしまって、一分足りとも心の休まる暇がない。そう、まるで籠に閉じ込められた鳥。でも、それもあと少しの辛抱――――。
直に終業の鐘が鳴って、黒板に向かっておもむろに公式を書き連ねていた数学教師が振り返った。
「じゃあ、今日はここまでね」
起立、礼、と当直の女生徒が規律正しい声で言う。それらを終えると、待ってましたと言わんばかりに、玲香は早々席を立つと、一陣の風の如く去っていった。
また鳳桐院さんたらお早いお帰りなのね、ええいつも何してらっしゃるのかしらん、と級友がぎこちない笑いを交わすのも、玲香は知る由ない。
滑るように階段を降りて昇降口で下履きに履き替えると、正門までひとっ走りで駆け抜ける。前をのんびり歩いていた女生徒達は皆振り返っては吃驚した顔をする。
それもそのはず。ローファーを履いているとは思えない俊足っぷりで、おまけに体勢一つ崩すこともない。
ばったばったと女生徒達を抜き去ると、正門を出てすぐの道端に駐まっている車群の中から見覚えのある高級車を見つけ、飛び込むように後部座席へ乗り込む。
「これはまた、随分お急ぎで」
ハンドルを握る鈴木が目を細める。玲香は激しく胸を上下させながら、笑った。「ええ。一秒たりとも、私には勿体ないもの」
ハザードランプを点滅させ、車体がゆっくりと動き出す。
「して、行き先は如何致しましょうか」
「いつもの場所よ。お願い」
「――――はい、承知しました」
一本道を直進し、次第に加速していく。緩やかなカーブを曲がり、森の向こうへと高級車は消えた。
* * * * * * * * * * *
大通りのとある立体駐車場にて、高級車は停車した。
「お嬢様、到着致しました」
鈴木はカーテンで仕切られた後部座席を振り返る。ありがとう、と声がしてカーテンが開かれた。
それは、まるで箱の中にいた人が入れ替わる手品のように、全くの別人が姿を現した。