Episode>>3
ここで、いくつかの専門用語について説明しようと思う。
癌や白血病などの治療法で、骨髄移植という治療法を耳にしたことはないだろうか。
そもそも骨髄には、白血球や赤血球などの血液を作り出す働きがある。
骨髄移植は、白血病や再生不良性貧血などの病気で、
正常に血を作ることができなくなった人に対し、
提供者の正常な"骨髄細胞"を静脈内に注入して移植し、
血を作る機能を回復させるという治療法である。
この移植を行うためには、血液のHLA型が一致しなければならない。
家族内にHLA型が一致した人がいない場合は、非血縁者からの移植となる。
HLA型が非血縁者と一致する確率は一般的に数百~数万分の1なのだという。
ここでも、私は命の確率と向き合うことになるのである。
私には何度か骨髄移植を受けた記憶が残っている。
銀色の、調理台のように何も乗っていないステンレスの診療台の上にうつぶせに横になり、
太ももの上に医師が乗り、抑え込むように背中の太い骨、いわゆる"骨髄"に注射針を刺すのだ。
痛くて泣き叫び、手足をばたつかせて暴れていた私は、
緑の網のようなもので台の上に固定されることが多かったし、
医師に対してなんども「だいっきらい!!」と叫んでいた。
臍帯血移植は、そんな骨髄移植などの”造血管細胞移植”のひとつである。
臍帯血は胎児の血液であり、
若く幼いために増殖能力に優れた血を作るための細胞が多く含まれている。
また、臍帯血幹細胞は骨髄幹細胞に比べると組織が複雑化しておらず、
少数でも骨髄の機能を回復させる能力がある。
つまり、骨髄移植に比べ、臍帯血移植は、
若くて元気な血を作る細胞を移植することができるということである。
さらに、臍帯血移植は血液のHLA型が一致していなくても移植することが可能であり、
移植に適していることが確認できれば1か月程度で移植を行うことが可能なのだ。
私は、その可能性にかけるしかなかった。
通常、造血管細胞移植を行う場合、
移植の約1週間前から、大量化学療法や全身放射線照射などの「移植前処置」という治療が行われる。
腫瘍細胞を減少させ、自身の免疫細胞を抑制し、拒絶反応を起こすリスクを減らすためだ。
移植前処置では、大量の抗がん剤投与や全身放射線治療などにより、
それまでよりも強い副作用が起こるとされている。
移植前処置を行った後、点滴で静脈から輸血と同じような方法で移植を行い、
身体に新しい造血管細胞がなじむまでの間、
特別な空調設備をできれいな空気を循環させている
「無菌室」で生活することになる。
私の場合は、妹が生まれることによって、臍帯血移植が可能となったのだ。
かくして、私の臍帯血移植は無事に終わった、
というわけではなかった。
臍帯血が私の体内に入った後、激しい頭痛に襲われた。
「痛い痛い痛い痛い!!」
父の話によれば、集中治療室のような部屋で、私は叫びながら頭痛を訴えたそうだ。
私の傍に付き添っていた父は、頭痛を訴える私を見て、私に何度も呼びかけた。
しかし、そこで私の心臓は脈を打つのをやめた。
心肺停止した私の状態を目の当たりにした時、
父は居ても立っても居られなくなり、そこにいた主治医に、
「御神徳を取り次いでもかまわないでしょうか。」
と聞いたそうだ。するとその言葉に主治医は
「どうぞ、取り次いであげてください。」
と言ってくれたのだという。
父の取次ぎが終わった直後、神様のご守護か、
医師や看護師の速やかな処置のおかげかは分からないが、
私は穏やかに呼吸をし始め、穏やかに眠りについたのだそうだ。
これは後から聞いた話であるが、
後に医師が、新しく誕生した妹と弟、父と母の血液について、
それぞれ調べさせてほしいと言ってきたそうだ。
本来人間は、父と母がそれぞれ持つ2つの遺伝子型を1つずつ譲り受けて誕生する。
血液検査で遺伝子型を解析した結果、
私と、私の妹との遺伝子において、父の方の型は一致していたことが分かった。
拒絶反応が起こったのは、母の方が一致していなかったためだという。
しかし、よくよく調べてみると、
私の体内には母方のもう片方の遺伝子が、わずかながら受け継がれていたのだという。
つまり、私は奇跡的にも、母方の遺伝子型を2つ両方受け継いでいたのだ。
「これは大変珍しいことですよ」と、当時の医師は話したそうだ。
ここでも、私は生命の希少な確率に助けられた。
大きな手術が成功したこと。
妹が誕生し、拒絶反応はあったもののその後大きな副作用もなく臍帯血移植を終えたということ。
抗がん剤や放射線治療を無事に行えたこと。
それらは医師や看護師、家族や周りの人たちの支えがあったからだと心の底から思う。
様々なタイミングと、多くの人たちの努力で、
私は奇跡的に、この病気から日本で初めて生還した例となったのだった。
用語説明参考サイト
※日本骨髄バンク
※造血管細胞移植情報サービス
※国立がん研究センター がん情報サービス