バーニング・ポーク・カットダウン
翌日
「おい…アレまさかR棟の…」
「本当だ…なんでA棟なんかに」
ーー
「シュアーン先生が俺達の金で勝手に車を買いました、冷蔵庫を見たら嬉しい事にブロッコリーが沢山あったので、2週間はこのブロッコリーハヤシライスで生きて行くことにします。
毎日水で薄めて嵩を保ってくからな、よろしく」
シュアーン先生が俺達の経済へ与えた影響は大きかった。
先生が購入した車によって失われた俺達の班の預金の600万は、俺達の生活状況へ多大な打撃を与え、今まで通り暮らしていたら間違い無く破産は免れないので、今日から食事は全て俺の部屋で統合する事にした。
「朝は…コーヒーだけでいい」
目の前に出されたその小さ森の佇むハヤシライスを少し見つめた後、腕で皿を横に退けてモネが言う。
「いけません!
そんなものばかり飲んでたら胃に穴が空きますよ!」
すかさず俺が皿の位置を戻す。
横でモソモソと無言でそれを貪り続けるハンを見て「おえ〜」と舌を出して嘔吐のフリを見せた後、再び見つめ始める。
「ああ、因みにハヤシライスがなくなったら次はシチューだからな。
もちろんブロッコリーの」
「おはようございまーす!
アレ? 何食ってんの? 何コレ、ブロッコリー?
あっはっはっはっはっ!
何コレー? 肉食いなさいよ肉!」
言わずもがなシュアーン先生である。
唐突に部屋の扉を開けて侵入してきた彼女のテンションは俺達の消えかけた灯火の様なテンションを圧するように、更に沈黙させた。
見たところ顔を真っ赤にして酔っ払っている。
「水ー。水くれー。」
「ハヤシライスならありますけど」
「じゃあ!!それでいい!!」
ふらつく足で、何とか食卓に着席し。
何やら呻き喘ぎながらテーブルに突っ伏して項垂れている。
俺は棚から皿を取り出し、ゴハンは勿体無かったので、ハヤシだけよそって先生の前に出してやった。
「ううっ…う…」
気付くと先生は泣いていた。
この人が酔うと感情が不安定になるのはいつもの事だ。
なので特に宥めるとかそんなことはせず、無視する。
「タクローぅぅぅ……私より副会長に近いってんならぁ…。
あのジジイになんか言ってやってヨォ」
俺のハヤシに口をつけることもせず、ブロッコリーを指でこねくり回しながら言う。
「は?副会長? …あぁまあいいや。
ジジイってのはいつも言ってるミイラ男の事で?」
「違う〜!!
でもあいつも死んでいいヨォ!!
今日の最下位もあいつじゃなくて乙女座だったヨォ!!」
「え?…じゃあジジイって…
まさか、会長の事ですか?」
「…爆弾」
「爆弾?昨日の?」
「会長がぁ〜、昨日の爆弾の事、謝りにいけって言うのぉ〜」
「で?行ったんスか?」
「あっはっはっはっはっはっはっ!!
行くわけ無いじゃないですか!!
あんな所と仲良くする必要なんてあります?
あんな貴族風情の集まり、見てて吐き気がするんですよ!!あの爆弾はあいつらの秘密の花園脳内をぶっとばす為の気付けっスヨ!
それに、元々先にやって来たのはあっちの方で、あいつらは私の大事な大事な可愛いF430ちゃんを…ちょっと侵入したからって狙撃して傷つけたんですよ!?
だから爆弾を贈ってやった!!これは妥当な報復だ!!
って言ったんですよ!!」
「いやぁ…それは…妥当かなぁ」
「まさか…タクローお前まで会長と同じ事をををををををを!?
流石は副会長に近い男だなぁ!!
ばあああああああああああああああああか!!」
「は?」
「私が会長にそう言ったら…会長は
「いやぁ…それは…妥当かなぁ」
だと!!」
「あぁ…」
「もうやだぁ!!私はもう誰も信じられなぁいヨォ!!
うわーん!!うわーん!!うわーん!!
うわーん!!うおええええええ!!」
シュアーン先生の吐き出したそれは、目の前のハヤシの上に積もり、皿の許容量をギリギリ越えず、よかった。
「あの、これどうぞ」
ここぞとばかりにモネが自分の皿を差し出す。
「モネちぁん…あんたぁ…いい人だヨォ…」
「ど、どうも」
「うまい…うまいヨォ…」
涙とヨダレを皿に滴らせ、先生はそのハヤシライスを口に運び続けた。
と、その時、部屋の扉が叩かれる。
「あのー、シュアーン先生いますかー?」
「あれ?トーマス先生、何か用ですか?
先生ならここにいますけど」
扉を開けるとそこに立っていたのはトーマス先生、いつも通りダルそうな疲れ目で俺を見つめている。
「R棟からシュアーン先生にお客さんなんですけど」
その瞬間、シュアーン先生の持っていたスプーンがカタカタと音を立てて震え始める。
「いません…私はここにいません!!」
「いや、でも連れてきちゃったんですけど」
「ひぃぃぃぃいいいい!!」
と、叫びながらシュアーン先生は座っていた椅子を蹴飛ばし、儘ならぬ足取りで俺のベッドへ向かい、潜った。
「入ってもいいかしら」
「え?ああ、どうぞどうぞ」
「やだ…何この匂い」
俺にそう、酷く冷めた声で言い放ったのは
トーマス先生の横で、扉の影に隠れていた若い女性。
昨日、モネの応対をしたメイドさんだ。
今日もメイド服を着ている。
俺の部屋に踏み込むと同時に、ハヤシの匂いが気に入らなかったのか、鼻をつまみ、もう片方の手で目の前の空気を振り払う仕草をした。
「お前ら退け!!
メシはあっちで食え!コタツで!」
「えー?でもいつもコタツでゴハン食うなって言ってんじゃん」
「うるせぇ!!つってんのにいつも食ってんだろ!!」
モネとハンを食事用テーブルから退かし、トップスピードで先生の散らかしたハヤシやヨダレや涙を拭き取り、椅子を引いてメイドさんを座らせる。
俺の部屋のおやつで唯一モネの侵略から生存したチョコチップクッキーを棚の上から取り出して皿にそそいで差し出し
なんとなく貴族っぽい雰囲気を漂わす彼女の為に紅茶を沸かすために、電気ケトルのスイッチを入れた。
これでもてなす準備は完璧。
あと残る問題は…。
ーー
「…シーブリーズの香り…シーブリーズの香り…シーブリーズの香り…」
「なんすか? これ」
ベッド上で体全てを布団に包み、そう呟きつづけるそれを指差してトーマス先生に問う。
「これは…PTSDだね」
「PTSD…? 戦争でなる?」
「ああ…何人もこれに犯された人を見たことがある。
元々この先生は、自分からわざわざ人に怒られる様な事をしといて
いざ怒られると立ち直れなくなるっている、意味がわからない精神の弱さもってるからね。
今回もそんな所で、あのメイドの彼女にした事に対する報復の度量を勝手に想像して、勝手に精神がイッちまった感じじゃないか?」
「この人、あの子に爆弾贈ったんです」
「ばっ!?…ああ」
トーマスはやれやれと言った感じでため息をついた。
「でも、先生がこんなんじゃ
折角来てくれたあの子に…」
「クッキーが食べたい…チョコチップクッキーが食べたい
チョコチップクッキー…チョコチップクッキー…」
再び布団の中から呪文の様なそれが聞こえ始める。
「なるべく優しく…尺だとは思うけど、我儘は聞いてあげた方がいいよ」
「私があげていい?」
急にモネがコタツから身を乗り出し、クッキーあげ役に名乗りを上げた。
「エサやり可の牧場じゃねえぞ」
「わかってるよ」
モネはそういいながらメイドさんの前の皿からクッキーを一つ取り上げた。
クッキーを持ちながらベッドに近づくと、意気揚々と名乗りを上げた割には引け腰で、馬に怯えながらも人参をあげているように、腕をベッドへ伸ばした。
「わっ!」
すると、目にも止まらぬ速さで腕だけを布団から伸ばし、モネからクッキーをかっさらう。
「…ハッ…!!…ハグっ!!
ん…んん…ハグっ!!ハァ…ハァ…!!
さ…酒も…飲みたい…!!」
「ハヤシライスならありますけど」
「それでいい!!」
「はい」
取り敢えず、さっきまで先生が食っていたハヤシライスの皿をベッドに近づける。
再び掻っ攫われる。
「う…うう…
うおええええええええええええ!!」
掃除が大変だ。




