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メシアの勲章  作者: 赤はげ
プロローグ
5/12

ロシアンズ・ゲート

 元は一つだった。

 A棟もR棟もC棟もM棟もE棟も。

 彼らを割いたのは価値観の相違、宗教、学校が公用語として採用している英語に対応できずに自国の言語を使っている者、そして差別的意識。


 世界に同じ思想を持たせるという思想をもつこの学校がこんなシステムと言うのは明らかな矛盾ではあるが、世界の端から端までの人間を集めているのだから必然的にこうなる。

 差別的意識なんてのは論外だが、シュアーン先生曰く「卒業するまでに改心すればいいじゃん」との事。

 あの人の考えの一つ「矛盾は必ずしも両立しないわけじゃない」とかなんだとか。


 言語に対応できなかった奴らは別として、仲が悪くて別れたので当然別れた当時、もう70年以上前の話だが、その時は喧嘩ばかりで度々衝突していたらしい。

 一番大きくなった「会長の取り合い喧嘩」はもはや戦争まがいの紛争となったんだとか。


 最終的には勢力がダントツで大きかったA棟とR棟だけが張り合い続け、数年に及ぶ戦闘の後、会長はA棟が勝ち取り会長室はA棟に設置されることになった。

 その風潮が残っているのか、R棟の連中は今だにA棟を忌み嫌い続け、今この状態である。


 そんな仲だから俺も一度だって奴らの棟に足を踏み入れた事は無い。

 棟自体は隣り合ってくっ付いているため、行こうと思えばスグに行ける。

 なんてったって、この校舎の表玄関口を左に曲がれば、そこはA棟。

 右に曲がれば、そこはR棟だからだ。


 しかしながら俺にそこから右に曲がる勇気なんて無い。明らかに空気が違う。


 荘厳。それ以上にそこを表すのに適した言葉も無いだろう。

 荘厳な空気、荘厳な香り、荘厳な絨毯に、荘厳なシャンデリア。

 少なくとも、ここから見える範囲のR棟へ続く廊下だけでもこの荘厳さだ。

 A棟も先刻例えた通り、最高級クラスのホテルの如し荘厳さはあるものの、一度右を向いてしまえば、もう困ったもんだ。


「ほら、遠慮しないで先いけよ」


「は? 遠慮? 何それ?

私の国にはそんな言葉ありましぇ〜ん

寧ろ、ゴハン食べる時とかいつも子供が一番最初の風習とかあるらしい、だからお先にどうぞ」


「死ねよ」


 その時俺達は何をしていたかと言うと。

 A棟の絨毯がR棟の絨毯に変わる、そのラインを必死に突っ張って超えまいとするハンを後ろから俺が後押しし、更にその後ろからモネが俺の背中を押していた。

 あろうことに、この順、歳の低い順である。

 俺の班は歳と頼りがいが反比例するとよく言われる。

 勿論、担任である全然顔出さないあの男と副担任であるシュアーン先生も例に漏れず。


「うわっ…! やめろぉ!」


 痺れを切らした俺は、暴れるハンの小さな体をヒョイと持ち上げ…。


「おらっ」


 その荘厳な絨毯の上に投げ入れてやった。

 流石は荘厳と言ったところか、そこそこの勢いで投げ入れてやったのにも関わらず、着陸したハンの体は「ファサ」と柔らかな音に包まれ、荘厳なラズベリーの香りの風を巻き起こす。


 一方、そんな仕打ちに合わされたハンは、着地後ゴロゴロと絨毯を転げ回った後、むくりと顔を上げ、明らかに殺意に満ちた表情で俺達を睨む。

 俺達は目を逸らす。


「あれが…大人」


 そんな事を呟かれたが無視する。


「あんな…あんな大人達が…いずれ社会に出て、これみよがしに歩き回る…!

財閥や王族の悪しき風習の様に、中身の無い力を持つ者が経済、政治なんかに触れてしまう事で国のシステムは音を上げて崩れ始める…!

貧富の差は拡大し、それが憎しみを生む!

それは螺旋となって憎しみを連鎖し生み続け、いつか何故憎しみあっているのかわからなくなった頃には既に世界は東西に二分されている!

戦いには至らずとも各国は互いに睨み合いを続ける!

冷戦と呼ばれる時代の幕開けである!

そしてそのきっかけとなるのは、いつでもあの万年短パンハゲと金髪殺人候補バカの様な人間である」


「…言うじゃない」


 モネが切れた。


 モネはハンの言う通りバカではあるが、あろうことに医者志望であった。

「お前が医者になったらただの殺人犯だ」

 彼女がさんざん言われてきた言葉だ。

 人を助けたい、その気持ちだけで医者を目指しているのに、最も忌み嫌う殺人犯などに喩されるのは辛抱ならんものがあったのだろう。


「フン…○☆+に〒$%も生えてない♪$♪+*♪♪**♪の言う事なんて信じちゃいないけど

まぁ、ガキの考えたおうさまとひーろーものがたりにしちゃ上出来だったわ」


「なんだぁ…?やんのかぁ?」


 モネとハンが睨み合う。


「俺も混ぜろ!」


 俺も乱入する。


「ルールはペンデュラムルール。

私に楯突いたこと、後悔させてあげる」

モネ:LPライフポイント24000


「受けて立つ」

ハン:LP1000


「面白くなって来やがったぜ!」

タクロー:LP2200


 その荘厳な廊下をフィールドとして、絨毯に胡坐をかき、各々モネの尻ポケットから出されたトランプの山札の上から歳の数だけカードを引く。


「デュエル」


 俺達はその戦いをそう呼んでいた。

 ルールは単純、持っているカードをフィールドに召喚し、相手のLPを0にしたら勝利。

 よくわからないと思うが、当然俺も全くわかっていない。

 LPの数値は歳×100となる。明らかにモネの数値がおかしいが、これはモネがシュアーン先生とかと同じ能力な訳ではなく、バカだから計算間違えちゃったとの事。

 因みにルールはモネの戦況によって随時大きく加筆・修正され、終わり頃には大体原型をとどめていない。

 そして因みにペンデュラムルールとは、俺とハンがそのルールの、常に揺れ、定まらない様を振り子と見たて、皮肉を込めて呼んでいたらモネがカッコいいと気に入ってしまった物だ。


「R棟の扉を開く事が出来るのは一人…。

この戦いの勝者も一人…つまり、勝ったやつがR棟の扉を開くで異論は無いな?」


「「ああ!」」


 俺の提案に対して二人が勢い良く返事をする。ハンは俺の思惑を察したようだが、モネはバカだから多分気付いていないだろう。


「私はスペードのキング、ガブリアスを召喚!!」


 だから初っ端から(モネのお気に入りなので、ルール上最強にされた)ガブリアスなんかをドヤ顔で召喚なんかしている。


「私はガブリアスでハンに攻撃!」


「なにぃ!?」



「ぐわっ!」

ハン:LP987


「フフ…私はこれでターン終了

さぁ、ハンのターンよ」


「チィィ!

このクソアマぁ!!」


 ガブリアスに全てを委ねた様で、モネはかさばる手札をたたみ置いた。

 因みに手札は歳の数、と言ったが、俺は22歳、モネは24歳、ハンは10歳なので当然54枚のポケモントランプじゃ枚数が足りない。

 それどころか、先程モネの胸の谷間で挟死したピカチュウの様に他にも

 尻ポケットから滑り出しトイレに流されたカイリュー。

 鼻水を拭うチリ紙として急遽採用されたヤドラン。

 この過酷な生活に耐えきれず逃げ出したのか、いつの間にかいなくなっていたピジョン。

 猫に食い千切られたジョーカーのロケット団など、そのた諸々も合わせて現在このトランプの合計は48枚。

 故に最後に引いた俺の手札の枚数は14枚しかなかった。

 今回の場合はおいしいハンデなのだが。


ーー


「ガブリアスでタクローに攻撃!!」

モネ:LP1


「ぐわあああああ。」

タクロー:LP11→0


 トイレ休憩も挟んで1時間30分にも及んだこのデュエルはモネの辛くも逆転による勝利によって幕を閉じた。

 さんざん手加減してやってたのに、ここまでいい勝負になってしまうとは。

 オマケに「ガブリアスはやられても私のLPを半分払えば何度でも復活する」という新ルールまで加わり、モネのライフポイントはあそこまで削られてしまった。

 まぁ、と言ってもモネが俺のポケモンを倒した時にわざわざ自分で俺のフィールドにまで手を伸ばしてそのカードを「思い出の彼方ゾーン」に置くので、その時に見える胸の谷間見たさに俺がわざと長引かせてたってのもありきだが。


 敗北が決定した瞬間、溜まっていた疲労が解放され、そのまま倒れこむ。

 見ると、先にライフを0にされたハンは購買で買ってきた漫画本をお菓子を貪りながら読んでいる。


「やったー! 私の勝ちー!

バアアアアアアアアアアアアアカ!

あっははははははは!!」


 そう叫びながらR棟への扉へ駆けて行くモネに、何か言い返す気力も、騙されている事をあざ笑う元気もなかった。


「いっちばんのりぃ!!

お邪魔しまーーーー…」


 そこに足を踏み入れた時、モネは大きく後悔した。


 ー今から20年前の事、そうモネがまだ4歳の頃である。

 世界の誰もが知るあの「ア」の付く国で生まれたモネは、当時畑に囲まれた土の匂い漂う緑いっぱいの田舎に住んでいた。

 モネの朝は早い、毎朝4時には堪えきれず家を飛び出し公園へ遊びに行っていた。


 その日もそうだった。

 モネは朝から公園の真ん中の土を掘り返し、水で溶かしながら「殺人底無し沼」を作っていた。

 余談だが当時のモネの将来の夢は4歳なので当然「連続殺人犯」である。


 昼頃にやってくる友達がハマり、もがく姿を想像しながら身体中泥だらけにして続けられたその作業は6時間にも及んだ。

 出来上がったのは直径2m程の小さな物だったが、約2m程の木の枝がゆっくりと端まで沈んで行く様を見たモネは、満足した。


 それと同時にその公園にモネの友達である男の子が母親と手をつなぎながら入り口を通った事を確認する。

「まずはお前だ!」

 そう決めてその男の子の元へ駆け寄ったモネにその母親が取った態度は、モネの計画実行のワクワク気分と失敗しないかというドキドキのカタルシスの蓄積を一気に崩壊させた。


 近寄り、息子の腕を取ろうとするモネから息子を護るかのように息子を抱え、一歩引いてゴミを見るかのような目でこう言い放った。


「下品な子ね」


 その言葉は幼いモネの心に深い傷を彫り込み、トラウマとなった。

 ワクワクを裏切られたモネその一日全く楽しくなかった。

 沼に落ち、もがく男の子の頭を押さえてみたりもしたが、全然楽しくなかった。


 その日以来「品」には敏感になり、人一倍気を使って来た。

 体は隅から隅まで念入りに洗っているし、食生活にも気を使っている。

 自慢の諜報力で調べ上げた最高の美容液を使い、最高の行動を取った。

 マナーも、まあ覚えられる限りは覚え、言葉も出来る限りは気を付けた。


 そんな彼女の思う最高の「上品」が

 世界から見れば、あの底無し沼よりも浅いものだったと。


 今、そこに足を踏み入れた事で彼女は思い知っている。


 扉の向こうの光景にメガトンクラスのパンチを食らったかのような衝撃を受けたモネは、自然と一歩踏み込んだ右足を引き、扉を閉じていた。

 そして、助けを求めるかのような目で後ろを振り返るも、俺達はあたかもデュエルの第二回戦が白熱していて気付かなかったかのように振る舞う。


 モネは心細さを感じたのか、向きを翻して俺達の元へ戻って来ようとした。

 その時だ。


「何か用かしら…?」


 カチャリと上品な音を出して再び扉を開いたのは向こう側の人間だった。

 顔と体を半分だけ扉から露出し、疑いの眼差しでモネの背中に問いかける。


 俺はその彼女の姿に「おお」と声を漏らした。

 黒と白のコントラスト。

 フリフリのエプロンにフリフリのカチューシャ。


 マジもんのメイドだ。初めて見た。


「え…あ、その…。

こ、これです!!」


 モネは怯えながらも、体は引きつつ腕だけ伸ばして持っていたポパイ箱を突き出す。


「…これは?」


 受け取りもせず、問う。


「あの…A棟から和解のお菓子です…」


「A棟から…? …ッチ。

わかったわ、一応受け取っとく。

…それだけ?」


「う、うん」


「あ、そ。

じゃあさっさと帰っ…………!!」



「っい!?」


ハンが急に背筋を立てて身震いする。


「どうした?」


「いや…急に寒気が」



「あ、あの」


「何でもない、用が無いならさっさと帰って」


バン! と、次は下品な音で扉が閉じられる。

俺達はその一瞬にただただボーゼンとしていた。


――


 C4爆弾

 威力が高く、大型のトラックでも一発で粉砕できる上、リモコンによって起爆するタイプの大変優秀な爆弾である。 映画などで見たことある方も多いだろう。


 何故に今そんな話をしたかと言うと、例の和解の品の中身がこれであったからだ。

 シュアーン先生曰く

「あーんなドグソ胸糞悪い連中に和解なんて申し込むわきゃないっしょー!

いんやんがんらんせん(嫌がらせ)よー!! あははははははははーーー!!

業火に飲まれて燃え尽きろ!!!!!!!」

 だそうで、笑いながらスイッチを押していた。


 そして次の日、彼女はR棟から報復の為に送られてきた使者に怯え震えることになる。

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