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メシアの勲章  作者: 赤はげ
プロローグ
4/12

ピカチュウ



「もー、サクラ頼んでた子がショーの途中で余りのつまらなさに帰っちゃって。

ハンに探しに行かせて、そのままアドリブで2時間だよ!

焦って汗だくだく、死ぬかと思った」


 会場の子供達を皆帰し、ショーのセットを片付けながらモネが言った。

 お前が死ぬかと思おうが、本当にお前の汗のせいでなくなられたのはピカチュウさんだ。


 つか、つまんねーって自覚あったのか。

 だったらやめりゃいいのに。

 と、第38回と書かれ立てられたスケッチブックをモネがリュックにしまう時思った。


「でも、まあハンがタクロー連れてきてくれたお陰でなんとか助かった。

あのマジックの複雑なタネ理解してんのあの子とタクローだけだし」


「こいつ、俺の部屋で寝てたぞ」


「このクソガキャあ!!」


 大きく振りかぶり降ろされたモネの拳骨はハンの頭に直撃し、ゴツンと鈍い音を響かせるも、彼の嘲笑でしかない半笑いな表情を濁すにも、彼の頭を揺らすにも至らなかった。


 この程度の攻撃ならばハンには痛みすら入りはしない。彼も仙人だ。


 寧ろ悶えていたのはモネの方。

 俯き、しゃが込んで痛めた拳を腹に隠していた。

 これが修行を疎かにしているものの末路だ。


 しかし、そんな彼女の拳よりも俺の拳の方が遥かに、圧倒的に熱く燃え上がっている事を忘れてはならない。


「そうか、モネ。

依頼を放棄して寝ている事が一発なら。

俺のおしりを虐めた罪…!!

俺の冷蔵庫を物色した罪…!!

そしてこのシャツにクッキーモンスターを描いた罪…!!

合わせて何発だ!!」


 せっかくなのであのシャツは着て来た。

 今も俺が大きな動きをするのに合わせて、ボロボロとクッキーのカスを落としている。


「え!? …あ!!」


 顔を上げ、俺の表情を伺ったモネの表情にサッとちびまる子ちゃんの様に縦線が引かれるのが見える様だった。


「あ、あれは…!

本当は帰って来る前に元に戻そうと思ってて…!

それにシャツは私じゃな…!」


「黙れ」


 俺はハゲだが坊さんでも仏でもない。

 怒りに駆られれば命を乞う者に滅びを与える事だってある。


「俺はハゲじゃねェェ!!」


「キャアアアアアア!!」


 体を縮こまらせ、両の手のひらを顔の前でつっぱらせ怯えるモネに俺の拳が降りかかる。

 彼女の悲鳴が響く中、秒速10cm程の速度を誇る俺のパンチが突き進んだ。


 ハンはずっと壇上で床に手をつき座りながらニタニタしている。


 因みに秒速10cmと言うと、多分地を這うカブトムシ位の速さだ。

 もちろん、モネに本気のパンチを打つ気は無い。

 ハンなら兎も角、普段ロクに修行もせずにお菓子ばっかポリポリ食ってるこいつは2年もここにいるのに、肉体は普通の人間となんら変わらない。

 鍛え抜かれた俺のパンチなんか食らったら瞬時に霧散するだろう。


 故に怒りをグッと抑えてこの速度に控える。

 モネも「あれ?まだ?」と言わんばかりに悲鳴を止めては突っ張った指の間から俺の拳を確認し、再び悲鳴をあげる。


「あ、いた! タクロー君!

探したんですよ、依頼依頼!」


 俺の拳を止めたのは、その忌々しい声だった。

 見るとホールの入り口でシュアーン先生が小さな箱を持った手をブンブンと振っている。


「何か用ですかー!先生ー!」


 仕方無くモネへ向けた拳を引っ込め、ホールの端から少し声を張って先生に問う。


「だから、依頼だって!!こっち来てこっち!!」



ーー


 詳細を聞くと依頼と言うのは、さっき話していたA棟とR棟の和解の事だった。

 依頼内容は簡単で、さっき先生がブンブン振っていたあの、2cm感覚で同じポーズをしたポパイが印刷されている包みの箱をA棟の人間である俺がR棟に手土産賭して渡し、全棟の中でも特に中が悪くほぼ決裂状態である関係を修復しろと言う物だった。


 前々からちょいちょいA棟から向こうへ和解の手紙を送る事はあったが、ここまで直接的なアプローチは初めてだ。

 そんな重役に俺が選ばれた理由は、俺が頼り甲斐があり、後輩達からの信頼が特に厚いから、との事らしいが。

 実際はシュアーン先生がA棟を代表して行けと言われたけど、面倒だから俺に押し付けてると言ったところだろう。


「自分で行けばいいじゃないですか」


 正直俺もRの奴らは好きじゃないので、すかさず反抗する。


「私これから会議あるんで嫌です、それともタクローくんが会議出てくれるんですか?」


「い、嫌です」


 〝あの連中″と関わるのはゴメンだ。


「じゃあよろしく。

あ、どうせなら二人も連れて行けばいいんじゃないですか?

心細いでしょう。」


 悔しいが名案だ。

 あそこに一人で行く勇気なんでとてもじゃないがありゃしない。

 サッカーで敵の応援団が集まる客席に全裸で挨拶しにいく感覚に近い。


 俺が振り向くと二人とも即座に目を逸らしたが、関係ない。

 引きずってでも連れて行く。


「…行くぞ」


「「…」」


「行くぞ!!」


「「……」」


 首根っこ掴んで、暴れる二人を連れて行った。




 タクロー達が去った後、残されたシュアーンは大きくため息をついた。

 あそこへ和解に品を持って行く程では無いが、会議も乗り気では無かった。


 今日こそ〝あいつ″にピンポイントで隕石が落ちてたり、超局地的なハリケーンに襲われて衣服全部剥ぎ取られて、恥ずかしくなって部屋に籠って無いかなー。

 とか考えながら、重い足を何とか運び、右手の中指を滑らせ壁をなぞりながら会議室へ向かうことにした。


ーー


〝ジィン円卓の騎士団″


 通称〝シ団″

 会議室へ集まる11人の先生達の事をそう呼び始めたのは会長だった。

 基本的に組織と言うシステムがまるで完成しておらず、生徒と先生をただ学校と名を持つ建物に入れただけと言う学校の艇をなしていないここでは、勿論細かいいざこざには対応しきれず、度々問題が起こる。


 それに対し、何も言わずともその問題解決の為にこの部屋を会議室として集まった彼らを、一つのテーブルを囲んでいる様からそう呼んだ。

 誰に従っているわけでもないのにわざわざ

〝騎士″と呼んでいるのは、会長曰く「それぞれ何かは違えど、全員何かに対して忠を尽くしているから」との事。



「あ、シュアーン先生ご無沙汰です」


 会議室へ向かう廊下の曲がり角で、シュアーンは彼に気が付いた。

 トーマス・グロズニー先生。見た目こそ20代半ばの青年ではあるものの、シュアーンと同じく150を越す人外の年齢をもち、学校内では会長、シュアーンに続いての古参だ。


 不潔、だらしない。

 彼を見て誰もがまずそれを連想するだろう。タレた目、乱暴に伸び、跳ねる髪は起床直後かとも思えるほどだし、よれよれのシャツをジーパンからはみ出させるその姿。

 何故真面目人しか集まらない筈のこの会議に彼がいるのか不思議な位だ。


 そんな彼がひとつ大きな欠伸をついた時、シュアーンは悪寒を感じ、瞬間走り始めていた。


 彼がいる、即ちやばい。

 時間的に。


 彼は見ての通りのだらしなさ故に、会議にはまず間違いなく最後に現れる。

 勿論、指定された時間内には到着しているのだが、それじゃ大丈夫じゃない。


 〝あいつ″が五月蝿い。

 時間内に到着しようがなんだろうが関係無い。最後に到着した者にはもれなくあいつのぐちぐち嫌味説教のフルコースが胃が凭れ腐る程振舞われる。

 それだけは御免蒙り撓むる。


 その急すぎる挙動に「うをっ」と声を上げ驚くトーマスを余所目に、シュアーンは扉へ走った。

 今の角を曲がれば後は真っ直ぐ進むだけ、その奥に会議室への扉があった。


 空を裂き、みっともなく大股を開き腕を振りながら。

 扉は目の前だが減速などしない、その木造りの扉の金メッキ貼りの取っ手の間に頭突きし、開く。


「やったー! 一番乗りだー!」


 部屋へ滑り込み、勢い良くいつもの席へ座ったところで、なんとか最後にはならなかった解放感から、ついそう叫んだ。

 勢いで傾いた椅子が、カタンと直立に戻った時にやっとシュアーンは空気を察する。

 既に着席を果たし、無言で佇む9人の騎士達。


 すこし遅れてトーマスが隣に座ったが、今回怒られるのが誰なのかはシュアーンでもわかった。


「…はぁ」


 長い沈黙を破ったのは〝あいつ″のため息。

 それがデジャヴとなってシュアーンは前回、会議中に欠伸をして居眠りしてお腹が鳴ってトーマスと関係無い話をして怒られたのを思い出した。

 前回はその総計で3時間説教タイムが加わり、会議が長引いた。


 恐らく彼のため息でシュアーンと同じデジャヴを感じたのはこの会議室中にいるあいつ以外の全ての人間だろう、皆延長を覚悟した顔つきをしている。


「今回は例の3人の新入生の事だ。

どう迎え入れるか…。どの班に入れるかと、内1人の問題児について。

なるべく早急な判断を下し、会議を終わらせられる様願う」


 衆の覚悟を裏切り、彼が放った言葉は説教でも嫌味でもなく本題だった。

 皆戸惑いながらも、何事もなかったかのように振る舞う。


「問題児とは?」


 一人が問う。


Sin(シン)持ちだ」


 それに対し彼がそう答えると、静まった一室に「おぉ〜」と低く重なった驚嘆の声が響く。

 しかし、同時に違和感も彼らを襲う。

 確かにシンは世界的にも驚異的な希少さを誇るが「問題児」と称するには違った。


「そのシンが…何故問題児と?」


 また別の1人が、その違和感をそのままぶつける。

 それに対し彼は、鼻で大きく深呼吸をした後答える。


「…どういう事か既に仙術が発現しつつある

上、それでもう何人か殺している」


「それは…厄介ですな」


 彼が答えるのと同時に、皆は口を閉じた。

 本来なら皆、ここのリーダー格である(と言うより一番怖いだけの)彼に積極的に話しかけ、媚びたいところだが。

 今明らかになってしまったその問題が、今回の議題の一つ目を重くしたため、そうせざるを得なかった。


 そんな問題児、自分の班には置きたく無い、と。


「…そんな問題児自分で責任とって班に置けっての」


「無理ですよ、あの人の班もう既に全員が問題児ですから…誰も置いてくれとは言えないでしょ!

というか責任って何の責任すか!」


「最初に見つけた責任!」


 その沈黙の中、聞こえないように小声でシュアーンがトーマスに話しかける。

 因みに例え聞かれても内容を把握されないためにエスペラント語の耳打ちである。

 世界共通語にしたいという発明者の意思を汲み、国籍問わず入学するこの学校の公用語にしようとしたものの、全く浸透せず。

 今は最古参である会長とシュアーンとトーマスくらいしか扱うことができない。


「何か意見か? メイシャン」


「え? いえ! なにも〜?」


 あいつはシュアーンをいつもメイシャンと呼んだ。それもシュアーンが彼の事を嫌いな理由の一つだ。

 私の名前はメイシャンじゃない!!

 メイシュゥゥゥァァァァアンだ!!

 と、言ってやりたくても、怖くて無理だった。


「あ!

そう言えば、タクロー君を先生にするって話!

彼、快く承諾してくれましたよ!(大嘘)

彼に任せればいいんじゃないですか?」


 少し悪くなった空気と、耳打ちを誤魔化す為にそう叫ぶと、再び一室に「おぉ〜」が響く。

 タクローの評判は彼等からも厚い支持を受けていた。


「…それは助かる。

あいつなら頼りになってくれるだろう。

…少なくとも、学校の金で「純金の柱」をダースで買って来た女よりは副会長に近い男だ」


 室内に、どっ、とまではいかないが、騎士達の大きめの笑いが響く。

 しかしそれとは対象的に純金の柱をダースで買って来た女、もといシュアーンは怒りに震え、顔を赤らめさせていた。


(なんじゃこの包帯グルグルのミイラジジイが…!!

おんどりゃ貴様私の方が1.8世紀程年上やぞ、この鼻ッタレのクソ坊主が!! ああ!?

大体てめえ別に年の功的にも役職的にも偉いわけじゃない癖にリーダーぶりやがって!!

会長の前ではペコペコ騎士気取ってやがる癖に…!!

明日の朝番の占いの最下位があいつの名前じゃなかったら、占いのお姉さん一生恨んでやらぁ!!)


 自分から手を出す勇気はなかった。


「…言いたい事があるなら言ったらどうだ?」


 どうやら表情で焦燥を察された様だ。


「え、え〜?

別になんもないし〜、特になんもないし〜。

ぴゅー、ぴゅー(口笛)」


 静寂の中、シュアーンの口笛だけが響いた。


曲名:愛を待って恋を追って核報復

作曲:麻・美爽

作詞:麻・美爽



 4つの組曲からなるこの曲の演奏は暫く続いた。


「…ところで、そのタクローはまだ彼を追っているのか?」


 演奏をバックにして、問い先は指定しない質問を投げ掛けた。


「ええ、どうやらそのようです…。

つい二週間前にまた突然出て行って…まだ…」


「もう帰って来てまーす」


「…だそうです」


「…ふん。 なんとかこれを機に学校に留まる様になればな。

例え接触出来ても無駄に死ぬだけだ。

…むしろタクロー班の担当の男は何をしている!!

メイシャンなんぞに全て任せて…全部あいつの責任だぞ!!」


 ドン、と強く響く音が鳴った。

 どうやら怒りに任せてテーブルに拳を振り下ろした様だ。

 同時にその反動が身体に来たのか咳き込み、袖で口を覆った。


「ラウス先生!!

どうかご無理をなさらず!

…やはり貴方はご老体です!」


 むせる彼をすぐ様隣の男が支える。

 若く、中性的で透き通った白い顔を持つ彼はシ団唯一のA棟以外の人間であり、険悪な仲である筈のR棟の先生だ。

 ライトレイズ・ジャンヌ・マホロ

 レディーファースト精神よりも老体ファースト精神が強い優しい紳士だ。


「わかっている…だが、みなまで言うな。

私はまだまだ……ぐっ!」


「先生!」


 ライトレイズの汲んできた水をゆっくりと飲み込む彼を見て、シュアーンの演奏は一瞬音を外した。


 つい、うん十年前に自分の歳を取らない能力を「そんなに若さに執着があるのか、はたまた死ぬのが怖いのか」と馬鹿にされたのを根に持っていた為、その光景が余りに滑稽だった故、鼻で笑いを入れてやったのだ。


 しかもあの後、同じ能力を持つ会長には「見事」と言っていのが、シュアーンにはトラウマレベルの怒りを与えた。


 〝あいつ″、もといラウス・マゼラコック。

 むせる事によってズレた、その日本の浴衣と似た着物の胸元から覗く包帯や、頭、腕にも痛々しく巻かれているそれは、一見で彼の過去を物語る。

 少なくとも仙人と呼ばれる程の道徳心を持っている人間ならば、校内で杖をつく彼を放っておく事など出来ないだろう。


「それなら今回の会議は3人共タクローに任せる、それで異論はないな?」


「え!? もしかしてもう終わりですか?」


 前代未聞のスピードで幕を閉じようとしている会議に、思わず一人声を上げる。


「続けたければ、細かい問題が幾つもあるが?」


「いえ! いいでーす!

終わりでいいでしょう!」


「全てお前に関する事だ…メイシャン」


「…ぴゅー、ぴゅー」



 シュアーンの演奏が最終楽章に入った頃には、会議室には誰もいなくなった。

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