東ジィン仙人学校
「お帰りなさい。
豚の村はどうでしたか?」
香港空港に降り立った俺を待ち構えていたのは麻・美爽先生。 通称シュアーン先生。
今年で254歳らしい。 丁度ジョージワシントンが大統領になった頃に産まれたんだとか。
ジィン学校の中では教頭先生の様な立ち位置で、創始者である会長と一緒にジィンを創立したらしい。
俺の中の頼りにならない先生の中ではダントツで1位。
因みに、俺をこの学校へ恐怖で煽って騙すという道徳心のカケラもない入学のさせかたをした張本人だ。
「あいつはいなかったけど、ついでに平和にしてきた」
正直言って、あまり好きな先生ではないので、そう言いながら小走りで横を通りすぎる。
すると、まるでそんな態度を取ることを予想していたかのように、体の向きを反転させ同じ速さで斜め後ろについてきた。
齢254歳ではあるものの、見た目年齢はどう見ても20代そのもの。
これが彼女の仙人としての能力の一つだ。
彼女の隣を歩きたく無かったのはもう一つ理由がある。
彼女はいつも、チャイナドレスをあったかく改造した様な服を着ているのだが、これがとにかく目立つ。
たまに指を指して笑っている奴までいる。
別に恥ずかしいわけじゃない。
ただ指を指されるいるのが、俺のハゲなんじゃないかと思えて嫌なだけだ。
俺、海堂タクロー。
齢22歳、日本人。
ある日あるジジイに雷を落とされ全身の毛を焼き尽くされる。
毛が再び生えてくる様子は無い。
「タクロー君。
ちょっと…提案があるんですよねぇ」
空港の出口に差し掛かり刺さる日差しによって目を眩まされ、額に手をかざしたところで後ろから話しかけられる。
「最近修行の方が疎かですし、それも兼ねて学校まで競争しません?
ホラ、私と同じタイプの能力って会長とタクロー君くらいしかいないから、比べる相手がいなくて」
振り向くと空港の出口で立ち止まり、脇にフルフェイスのヘルメットを抱えたシュアーン先生が言った。
「それで、この勝負何か賭けません?
例えば…勝った方の謝罪を受け入れ全てを許すとか」
出口付近に止めてあった、イカしたバイクに寄りかかりながらシュアーン先生は言った。
「…先生?」
「ごめんなさい!
タクロー君の不在中に届いた荷物全部開封して酒は全部飲んで、ゲームは全部クリアしちゃいました!
それじゃ! また後で!」
スポンとヘルメットを頭にはめながらバイクに跨り、エンジン音を鳴らして騒然と去ってゆく先生を眺めながら、俺は理解が追い付かず佇んでいた。
なにあの人、この為にわざわざここまで来たの? 迎えに来たわけじゃなくて?
その瞬間俺の頭の中に、2週間会わなかった為に少しばかし薄れてきていたあの先生との苦い思い出が走馬灯のよう先生の微笑み顏と共にに流れ込む。
2年前…俺はある男に雷を落とされ意識不明の重体、全治6ヶ月の入院を余儀無くされた。
因みにその男と言うのは会長の事なんだけど、目覚めたその日にあの女が病室に乗り込んで来て「あの雷は俺の命を狙っている人間が落とした」守ってやるから入学しろと、ヤクザ紛いのマッチポンプに騙され入学した。
因みに入学時、会長に最初に言われた言葉は
「ワシより髪の毛少なくてわろうた」
だ。
入学してからはもう大変だった。
合鍵もってることをいいことに、人の寮部屋勝手に入って、コタツの毛布食べカスでボロボロにしたり、俺のパソコンでエッチなサイト(ホモ)に登録してたり、人のクレカ勝手に使ったり、俺がホモだってウワサ捏造して流したり、俺の可愛い班員の後輩(10歳)を洗脳してホモにしようとしてたり。
挙句職務は手伝いとかいいつつ全部俺に押し付けてるし、ああダメだ、流れる様に湧き上がる思い出が俺のはらわたを煮え繰り返す。
気がつけば俺は持っていた紙袋の中から、さっき空港のお土産さんで買った、中国山脈の天然苔石を握っていた。
あの程度のオートバイなら、全力疾走で数分後には追いつける筈。
体力的に勝負に勝つことは出来ないだろうが、一度追い付ければ充分。 その接近時にこいつを投げつけ
殺す。
殺したくらいじゃ死なない女だ、多分大丈夫だろう。
あの女の腐った血を浴びた苔がどう育つのか楽しみだぜ。
軽く屈伸と伸脚をしてから、息を整え出発。
最初は軽く大幅で、調子を上げながら少しずつ加速する、この時点で時速60km近くあるが。
最高時速の最大記録は339km。そしてそこまで加速するのには50秒の時間と約1kmの道のりが必要。
暫く走ると、冷たい風が痛く耳に刺さる。
通りすぎる景色は様々な色の線となって流れてゆく。
圧倒的集中力で凝縮された時間の中、障害物を避けながらも勘で最短のルートを探り走り抜ける。
途中、その速さに、右手に握っていた紙袋が耐えきれず大破したので、途中郵便局によって石以外の荷物を郵送した。
ーそれから10分走り続けた。
郵送の事や、その他諸々があり少し遅くなったが、ついに奴の背中を視認する。
呑気にエンジン音を吹かしながら走っていたが、俺の足音でその存在に気づくと少しスピードを上げた。
投げつけた苔石は狙いを定める余裕こそ無かったのにも関わらず、予想以上に上手く軌道に乗ってヘルメットを貫通して奴の後頭部に直撃した。
のにも関わらず、奴は少し体勢を前に傾けただけで、俺は去りゆく奴のアイシールドの奥から覗かせるドヤ顔を息を切らしながら眺める事しか出来なかった。
ーそしてそれから6時間後。
日はとっくに沈んでいた。
中庭に刺された電灯と、窓から漏れる明かりがその山脈に張り付く様に設置された巨大な校舎をオレンジ色に照らしている。
東ジィン仙人学校。
知る者は知り、知らぬ者は知らぬ隠された学校。
生徒達は皆、先生を師匠として仙人の奥義、「仙術」を習得する。
それが俺たちの持つ武力。
そして、道徳心を得てついに仙人と呼ばれる様になる。
「おかえりなさい。 遅かったですねぇ
荷物持ちましょか? あれ? 無い?
お土産期待したてたのに…」
とか謳ってる学校の上位職員がこんなだから信用できない。
「先生、さっきの事なんですけど」
「いやー、どうですか久々の学校は?
2週間前いきなり何も言わずに飛び出して行きましたからねー。班員の…えー、なんでしたっけ?モネちゃん? とハン君寂しがってましたよ。
ああ、因みにタクロー君の部屋ピッキングしたの私じゃなくてモネちゃんですからね、そこ、勘違いし、な、い、で」
「請求の…」
「そう言えば今年の入学生3人も来るらしいですよ? しかも一人はタクロー君と同じ日本人ですって!
ああ、それとタクロー君の部屋のおコタツ、モネちゃんがコード引っ張って壊しちゃってましたけど、許してあげて下さいね?」
「確か一本2万する奴が…」
「あ! そうだ!
帰ってきて早々悪いんですけど、一つ任務を頼まれて欲しいんですよねぇ。
A棟とR棟の和睦に関わる大切な事なので、人望もあって「さっきの事も許してくれた」寛大なタクロー君にしか任せられなくて…
ああ、あとこの前モネちゃんがタクロー君の部屋の冷蔵庫…」
「許してねーよ!!
何故に勝手にそれ前提になってんだよ!!
あ!? てめー、弁償だけはキッチリしろや、道徳心教える先生なら見本見せろや!!
あと、何ちょっとづつモネに矛先向けさせようと企んでんだよ!! あ!?
コラ、アホボケ!! 聞いてんのか!?」
「……ッチ。」
「…え!?」
理不尽。
「フン…。勝手に酒のんだ位で何?
そんな怒る事ですかね?
ゲーム勝手にやった位で何?
コタツ壊した位で何?
クレカで車買った位で何?」
やっぱコタツ壊したのお前なんじゃないか…。
つか…え?
「何? 車買ったんですか? 人のカードで?」
「ハァッ!!
大体、そんな事で腹立てて、しまいには弁償しろ? ハッ!
仙人の名が聞いて泣くわ。 慈愛の心のカケラも無いんじゃない?」
(だったら自分だって罪を人になすり付けるような仙人にあるまじき…)
「ハァ!?」
「いや…何でも…」
「チッ! 大体会長もなんでこんな奴先生に推薦しようとしてんのか、わかりゃしない。
しかも他のシ団の連中もそれに賛成なんて…」
(俺からしたらあんたの方がとても先生とは…)
「何か!?」
「なんも…」
シュアーン先生の仙術能力の一つ、人の心をある程度読む能力という道徳心のカケラもない嫌がらせみたいな能力。
読める範囲は本当にある程度らしく、隣り合わせにいる人間の悪意や下心がやっと読める位なんだとか。
代わりに範囲はとんでもなく広く、本気を出せば600km近くまで聞き出せるとの事、因みにその場合は、はいといいえの二つだけ読める様になり確信度も低い。
因みに会長はこれの強化版みたいな能力を持っていて、有る程度近くにいると考えている事全て見透かされ、範囲もシュアーン先生の桁違いだ。
ただ、シュアーンの能力が勝っている事がひとつだけある。 それはこの能力で聞き出せる範囲の人間に自分の心の声を聞かせる事だ。
この力と聞き出す能力で、俺が今回の出張で携帯を忘れて行ったのにも関わらず、俺から帰宅時間を聞き出し空港で待ち伏せしていたのだ。
因みにこの心を読む能力、俺も同じ系統の能力を鍛えているので頑張れば俺も使えるようになるらしい。
ただ、シュアーン先生の相手に送る能力は無理らしい。絶対に無理らしい。「私のような勤勉家の努力家」じゃないと無理らしい。
本人曰く「エアガンでワイングラスを叩いて、それを声にする技術」なんだとか言ってたがわからん。