Love Like Candy Floss
この作品は、創作発表板 ロボット物SS総合スレに投稿した作品の転載です
私たちは「悪の国家の悪の軍隊」だそうです。
毎日ラジオが電波受信している敵のプロパガンダ放送は、そう言っています。
戦意旺盛で盲目に突撃を繰り返すくらい野蛮で、卑劣な奇襲を好み戦の礼儀も慣習も知らないくらい
低俗で、 非戦闘員でも捕虜でも民間人でも容赦なく殺すくらい冷酷非道な、人間扱いするに値しない野獣だ、と。
私は戦争のことはよく判りません。
敵の放送が正しいのかどうか、間違っているのかどうか、知らないからです。
少なくとも、私たちが戦っている戦線では、味方のそんな卑劣で残虐な行動なんか、見たことはありません。
でもここには、私たちの部隊しか居ないので、もしかしたら他の戦線ではそんな友軍がどこかに居るのかもしれません。
ただ時々思うのは、どちらかと言うと敵の方が私たちを殺すために躍起になって突撃を繰り返し、
大兵力を投入し、 そして捕まったら生きて捕虜交換になるまで保護されるなんてことは無く、
なぶり殺しにされる事の方が多くて、 野蛮だとか、野獣だとかに近いのは敵の方なんじゃないか、と言う事です。
でも、敵もどうして私たちをそこまで殺したがるのか、殺す事を喜んでいるのか、よく判らないので、
もしかしたら私達の軍は以前に本当に野蛮で卑劣な事をしたので、それで敵は今でも私たちのことを殺したいほど 憎んでいるのかもしれない、とも思います。
それを、戦友のソーニャちゃんに言ったら、
「馬鹿ねえ、そんなわけないでしょ。 敵が私たちを一方的に悪の国家とか決め付けて、戦争してるんじゃない。
敵は、私たちを殺す理由が欲しいだけよ。 そのためにありもしない事をでっち上げて、声高に喧伝してるんじゃないの!
あいつらは戦争が、人殺しがしたければそれでいいのよ。 それ以上の理由なんて無いわね。
え、人殺しがしたい理由? そんなの私が知るわけ無いじゃない!」
…と、叱られてしまいました。
ソーニャちゃんは頭が良くて、階級も私の二つ上で、戦闘では私達の分隊の指揮を執っていて、
とても頼りになるので、もしかしたらソーニャちゃんの言う事は正しいのかもしれないと思います。
でも、私たちは敵が後退する時に放棄した都市や集落なんかの家屋を占領して、そこに寝泊りしたり
遅れがちな配給の変わりに、残されていた食糧なんかを勝手に食べているので、悪いことをしている悪の
軍隊というのは確かにその点に関しては、そうなのかもしれません。
元々ここに住んでいた人とかからしたら、やっぱり、悪いことなんだと思います。
今日も、戦線には雪が降ります。
くすんだ灰色をした雪は、素肌に触れると焼けるように冷たく、そしてすぐに溶けて無くなってしまいます。
これが全部綿菓子だったらいいのに、何気なく呟いたらソーニャちゃんに聞かれていて
「またあんたは馬鹿なこと言って……」
と呆れられてしまいました。
その後で、「そんなにお腹すいてるならこれでも舐めてなさい」って、飴玉をくれました。
私はそんなに普段、食べ物の事ばかり考えているつもりはないのですが、ソーニャちゃんを始めとする
分隊の仲間達には欠食児童かなにかのように思われているようで、お菓子とかを割とくれる事があります。
でも確かに、食べる事は私達の数少ない楽しみです。
キャベツしか入ってないシャシリクシチー(スープ)でも、堅いライ麦パンでも、食べられるだけ私たちは幸せでした。
暖かい食事が出来る時だけ、みんな辛い事や寒さを忘れる事が出来たからです。
でも贅沢を言えば、シャシリク(肉の串焼き)とか、カーシャ(麦粥)とか、ボルシチとかも食べたいと思うときがあります。
二番目はお風呂です。 と言っても、沢山の水を沸かす燃料の余裕がないので、基本的にはサウナなのですが。
そうして、食事と休息の時間以外は交代で銃や装備の手入れをし、敵が来ないか見張りに立ち、この拠点に篭っています。
偉い小隊長さんによると、私たちがこの拠点に孤立してもう3週間が経過したそうです。
でも、戦線はあちこちで分断され、補給は殆ど届かない状態で、私達の居る周辺は敵の攻勢が少ないからいいものの、
隣の戦線では同様に孤立した部隊が昼夜を問わず攻勢を受けていて、全滅するのも時間の問題だということです。
そんな感じで小隊~中隊単位でバラバラに引き裂かれ敵の猛攻を受けている部隊が、戦域全体では何十にものぼるそうです。
それでも、この戦争に負ける事はありえない、と皆が言います。
祖国からは増援が十個師団単位で次々と送られてきますし、いずれ物量が敵の分断作戦やゲリラ戦術を凌駕して大反攻に出るチャンスが来る、
だから私達の任務は、可能な限り戦線を持ちこたえさせ、増援の到着まで持ちこたえる事なのです。
今も、後方の作戦司令部拠点では大量の兵士と装備と物資が列車によってピストン輸送で戦線へと送られています。
だから、私たちは勝つのだ、とソーニャちゃんは言いました。
私は戦争のことはよく判りません。
でも、ソーニャちゃんの言う事なのだから、もしかしたら本当にこの戦争に勝って、生きて家に帰ることができるのじゃないかと思います。
ただ、そうしたらソーニャちゃんや、分隊の皆とはお別れです。 それは少し寂しいです。
私はこの戦争が終わった方がいいのか、そうでないのか、よく判らなくなる時があります。
……その日、敵襲がありました。
昨日まで降っていた雪は止んで、鈍い灰色の空は久しぶりに晴れ間が覗いていました。
敵のMS(Mobile Soldier)を搭載したキャリアー・ベース(大型装甲陸上母艦)が地平線のはしっこに
現われ、すぐに拠点には戦闘態勢の非常ベルが鳴り響きました。
私も、鉄帽と小銃を抱えて見張り塔の階段を駆け下りました。 MSには普通の歩兵では太刀打ちできません。
同じMSで対抗しなければならないので、MSの搭乗要員はすぐにMSに乗り込む必要があります。
仮設のMSハンガーになっている赤いレンガの倉庫に向かって一生懸命走りました。
その間も、敵のキャリアー・ベースの兵装部車両から放たれた野戦砲弾が拠点内のあちこちに着弾し、建物が吹き飛んでいました。
ハンガーには、2機のMS、「ザックス」が置かれています。
戦争の初期から使われ続けている、もういい加減旧式の機体なのですが私達の戦線には新型の白兵戦
強化型MS「ガルフ」や装甲や火力を強化した重MS「ドナ」は配備されてきません。
だから、このザックスを大切に使うしかないのです。
ザックスの操縦席に乗り込んで起動の準備をし始めた時、ハッチからソーニャちゃんが覗き込んできました。
「宿舎が直撃くらった。 悪いけど、他のMS要員は全員負傷。 あんたの1機しか戦えるのが居ない……。
大丈夫、私が対物ライフルで援護するから。 いくらMSだからって、20ミリ弾で関節狙えば効くんだしね」
そう言って、ソーニャちゃんは笑いました。 その笑顔は、少し震えていました。
私も震えていたと思います。 震えながら、ハッチを閉じました。
薄暗い操縦席の中で、顔の前にある半円状のモニターだけが光っています。
水素燃料電池から電力が供給され、ザックスの体の各部のモーターが始動しはじめました。
ハンガー内でザックスの両肩を固定していたクレーンフックが解除され、私はゆっくりと足を踏み出します。
それと連動して、ザックスも歩き出しました。
出入り口の扉の前でトラックの荷台に載せられている装備を受け取ります。
全部持っていっていい、好きなだけ使え、と運転席から小隊長さんが言ってくれました。
私は機関砲、使い捨ての携帯ロケット砲、ヒートアックスとありったけの装備をザックスの両腕に
抱えさせると、広場を通って外の舗装されてない道路へと全速力でザックスを走らせました。
モニターのすみに、大きな対物ライフルと弾薬箱を抱えて見張り塔へ走るカオリちゃんたちの姿が見えました。
それも、ザックスの全力歩行速度ですぐに見えなくなって後ろに流れていきました。
敵はもう、拠点から1kmの地点に接近していました。
モノケロス級キャリアー・ベース。 居住車両・格納庫車両・兵装車両の三つが連結された敵の主力キャリアー・ベースです。
ですが、最後尾に接続しているはずの格納庫車両が今は見当たりません。
一瞬、敵はMSを搭載して居ないのかな?と思ってしまいました。 通常戦力だけなら、私のザックス1機だけでもなんとかなります。
とりあえず先頭の兵装車両を仕留めるべく、携帯ロケット砲を構えました。
でも、私は横合いからの大きな衝撃を受けてザックスごと転倒してしまいます。
見ると、右の方2時の方角1.2kmの所にキャリアー・ベースの格納庫車両が鎮座していて、そして800mの
距離には雪原迷彩を施した敵のMS、ホバー移動型の砲戦タイプが地面にアンカーを打ち込んだ射撃姿勢で私に主砲を向けています。
正面のキャリアー・ベースは囮でした。 敵は格納庫車両だけ切り離して、二手に分かれて攻撃してきたんです。
そして、砲戦タイプの後からは伏せていたと思われる重火力タイプが機関砲を両手に抱えて走ってきます。
私は急いでザックスを立ち上がらせました。 でも、とても間に合いそうにありませんでした。
敵の重火力タイプが私に機関砲を向けた瞬間、私はああここで死ぬんだ、と思いました。
でも、突然重火力型の脚関節に赤い線と火花が走り、そのまま敵はよろける様にしてバランスを崩し、倒れたのです。
赤い線は曳光弾で、見張り塔からのソーニャちゃんの狙撃だとその時わかりました。
そして私は機関砲をザックスに構えさせると、倒れている重火力タイプにありったけの砲弾を撃ち込みました。
次に狙うのは、砲戦タイプです。 モノケロス級はとっくに後ろに下がってMSの戦闘の邪魔にならないように退避していました。
今度こそ携帯ロケットを構え、片膝を付いて狙いをつけたとき、砲戦タイプの後から立ち上がったもう1機の重火力タイプと
そして雪原迷彩というより薄汚れてほぼ灰色単色になった、「汎用タイプ」が姿を現しました。
さっきのは、焦って早く突出してきたドジを踏んだだけだったようです。
3対1。 圧倒的に不利な状況です。 まず私は砲戦タイプを排除するために、ロケット砲のトリガーを引きました。
しかし、既にアンカーを分離し即時移動体制に入っていた砲戦タイプは後退を開始しており、ロケット砲弾は 敵のはるか手前で着弾しました。 それで使い捨てのロケット砲は終わりです。
私は機関砲を拾って構えなおし、敵に向かって撃ちました。
何発かが重火力タイプに命中しましたが、有効打にはなりませんでした。
時折機関砲弾とは口径の違うタイプの命中弾があり、ソーニャちゃんも必死に援護してくれているのがわかりましたが
もともと動き回るMSの関節部に命中させるのは容易な事ではありません。
そして、敵の放つ機関砲弾もこちらに命中し、ザックスの厚いとはいえない装甲を削ります。
私は、ヒートアックスを抜いてザックスを立ち上がらせました。
汎用タイプがもう目前、100mに近づいていたからです。 汎用タイプも装備していたライフル砲を捨て、ヒートソードを抜きました。
接近格闘戦です。 MS同士の戦闘では、100m以下のゼロ距離ではお互い格闘で戦いあうのがセオリーなのです。
そのために格闘戦能力を強化したガルフと違い、私のザックスはお世辞にも格闘戦に優れているとは言えません。
それでも、私は立ち向かうしかありません。
だって、それは当たり前のことなんです。 敵のMSに対抗できるのは、私のザックスしか居ないんですから。
選ぶとか迷うとか決断するとかそんな暇はなくて、今ここに、戦線に、私はもう出てきてしまっているんですから。
私はザックスを全速力で走らせました。 私は走りながら、叫んでいました。
ヒートアックスの刀身が真っ赤に焼けて、光速で振動して冷たい外気のなかで真っ白な煙を纏わり付かせて唸っていました。
敵の汎用タイプの頭部カメラアイが弾けました。 カオリちゃんの援護射撃だと頭の片隅で思いました。
メインカメラが破壊されて、敵は少し動きが鈍ったようです。 私はヒートアックスを握るザックスの腕を振り上げさせました。
自分でも何を叫んでるのか判らない大声で叫んでいたと思います。
でも振り下ろしたアックスの刃先を、敵は左腕を犠牲にして受け止めました。
そして敵は、自分のヒートソードの真っ赤に焼けた切っ先をザックスの装甲に突き入れました。
研磨機が金属を擦るような一瞬の音の後、メインモニターが死んで操縦室の中は真っ暗になり、
そして私の意識も途切れました。
「……月……日。
この日の戦闘で私たちは敵の占拠した町を一つ解放する事に成功した。
とはいえ、占領されている間に手酷く荒らされ、戦闘の余波で家屋の多くが破壊された町は
元の住人が戻ってきた時に、その変わりぶり様に大いに嘆く事になるだろう。
この日の戦果は、敵旧式軽装甲型1機撃破。
同型を1機鹵獲(爆破の暇も無かったのだろう、中途半端な小破状態で倉庫に遺棄されていた)。
捕虜は無し。 私たちが制圧に来る前にトラックに分乗して逃げたらしい。
そうなると、MSは囮か。 逃げる時間は充分稼いだということだろう。
味方の損失、小破1、大破全損1。 死亡したパイロット、カトリは配属2日目の新人だった。
……配属されたばかりの新人が死ぬのはもう4度目になる。 親交を深める間もありはしない。
戦闘後、ノーラが撃破した機体のハッチを覗いて落ち込んでいた。
私たちと同じくらいの少女だったそうだ。 別に珍しくもない。
それだけ敵も切羽詰ってきているという証拠だ。 私達の勝利は近い。
いつか、この極北の大地から悪の軍を追い払い、美しかった祖国を取り戻すのだ。
いかに敵が強大で、背後に灰白の大地を埋め尽くす圧倒的物量が待っていようとも、
鉄と炎の進軍が戦場の土をすべて掘り返そうとも、冬と氷と雪が、私達の故郷の大地が味方する。
いつか灰色の雪が紅く染まりきるとも、それは敵の旗の色ではなく、敵の流した血の量によってだ。
私たちは戦い続ける」