その9
家族間にて延々と続いている問答であったが、突然主役が激しく咳き込んできた。
「ゴホゴホゴホのゴホッ!」
「お、おお!」
慌てる玄海先生、すくに介抱しつつ
「もうこれ以上は無理ですね」
これを聞き、顔を紅潮させていた面々が、今度は一斉に青ざめている。
そこに先生が声を張り上げ
「だいたいですね、家族のくせに病人の事など、ちっとも気にされておらん!」
ばつが悪そうに互いの顔を見合わせている中を、春子がボソッと
「もう……駄目なんですか?」
「今夜辺りがヤマでしょうな。貴方たち全員が、ここまで追い込んだと言っても過言ではない」
この厳しい口調に、まずは最年少の椿が部屋を後にした。
「さあて、テレビでも見てこよっと!」
それをきっかけに、撫子も白々しく柱時計に目をやって
「あれ? もう二時じゃん! どうりでお腹もすくはずよね!」
そう言いながら、椿の後へ続いた。
そして、お次に立ち上がったのは
「じゃあ、掃除でもしてくるか!」
そんな夏子、隣の宗茂さんを促し
「ほら、さっさと行くよ!」
その後は、冬子も長政を飼い犬のように従え、一方の筆頭候補の蓮生も姿を消してしまった。
そして、そこに残された五名。弁護士の視線もあるので、春子さんが澄ましたまま
「さあ、土筆さん。わたくしたちも戻りましょうか?」
「はい、お母さん」
そして二人、ならびに亭主の道真さん、そして星名&田部急造ペアも部屋を出た。
偉そうな名前をしてるくせに、尻尾を振ってる亭主。これに何故だかイラッとした木俣さん、思わずそのケツ目がけてキックをかましてきた。
「あいたっ! な、何をいきなり!」
驚いて振り向く道真さん。そこに春子さんも
「な、何をするんですか! このどてカボチャ!」
だが木俣さん、一向に悪びれることなく
「メス金魚の糞が、何とも情けなくってね」
さすがに、これにはキレた春子さん
「だ、誰がメス金魚だって? この暴力女!」
「じゃかあしい!」
そう一声吠え、何と今度はそのどデカいカボチャで頭突きまでしてきた、まさに暴力探偵。
「う、うわあ!」
たまらず、大きくふらついてる春子さん。そこに向かって
「てめえら金の亡者へのカボチャ神よりの天罰と思え!」
「おい、マキ! 何て事をしでかしたんだ! これじゃ、益々報酬なんてもらえなくなるだろが!」
部屋へ戻ってきた志保さん、そら怒るに決まってる。
「ああ、すまんすまん。あのおっさん見てたらさ、ついイラッとして、な」
確かに、カボチャを通しても相手の苛立ちが手に取るようにわかった志保さん
「んもう、しゃあないやっちゃな。でもさ、何でまた?」
そこにフォローしてきたおにぎり君が
「実はケータイは使えないし、固定電話は線が切れてるみたいだし。それで木俣さん、苛立って」
居座るか、はたまた戻るか――この二者択一だったはずが、今やその選択の余地すらも消えている。
「うっそお?」
驚いた志保さん、視線を移し
「マキ、本当なのか?」
「ああ。本当だよ」
そう返事した木俣さん、続けて
「な、志保? 気になることがあるんで、表まで出てみるぞ」
「んもう、有り得ん!」
思わずその場にしゃがみこんだ志保さん。それもそのはず、ボロだがそれでも愛車のタイヤが四つともパンクしている。ご丁寧にスペアのタイヤまで、だ。
「ボロボロ言うな……で、いったい誰の仕業なんだ?」
そう聞かれても、その細い首を横に振るしかない木俣さん。
「そらわからんが……なあ、ついでに他の車も見てみよっか?」
その結果、他の家族の所有車三台とついでに弁護士の長浜の車も同じ様だった。
「はあ。これで好む好まぬにかかわらず、閉じ込められたって事かあ」
そんな吐き捨ててきた志保に、木俣さんも
「だな。このおにぎり君曰く、最悪のシチュエーションになった、っちゅうわけだ」
そこに、その当人が
「木俣さん? たとえ車で三十分かかる場所でも、歩いていけば……」
「警察の事かあ? 無駄骨になるって。実際に、まだ何も起こってないんだからな」
「あ、そうか」
ここで志保さんが
「とは言うけどさ、何かが起きる、いや何かを起こすために、こんな手の込んだ事までしてるのは間違いないね」
「んだんだ。だが、その何かって、何だ?」
ここで、やはり最も素直な頭脳の持ち主が
「遺産をめぐっての殺人、でしょうか?」
「確かに、それしかないなあ」
「じゃあ、一番危ないのは筆頭候補者の蓮生クンになりますよね?」
「だね……ん? 志保って、何をずっと黙りこくってるんだ?」
これに顔を上げた相手だったが
「え? あ、いや何も」
「どうせまた、残りの金を如何にしてせしめようかって考えてるんだろが」
「さすがだ、我が永遠のライバル木俣マキ!」
「はあ? そんなん、すぐわかるって」
ここで、何と相手が手を合わせてきた。
「だったらさ、そのお知恵を貸してくんない?」
部屋に戻る前に厨房に寄った木俣さん、そこにいた料理人の水滝さんに頼み込んで
「ガッハッハ! 戦利品だぞ! さあ皆の衆、遠慮せずにやれい!」
今、テーブルの上に置かれてるのは一ダースばかしの缶ビール。
これを見た志保さんが、隣に
「ねえ、おにぎり君? おたくのご主人様、すっかり元気を取り戻しちゃったね」
「元気というか、ホントに現金というか……ようやくガソリンスタンドを見つけたエンプティ間近の車というか……」
早速開けて、むさぼるように飲み始めたアル中一歩手前の女
「プハーッ! うっめー!」
「よくこんな一大事に、そこまで酒に浸れるもんだな」
「ん? 志保、何か言った?」
「あ、いや……それよりさ、早くそのお知恵を貸してくれ」
だがこの時、何故だか勢いよく立ち上がったのが田部助手で
「ん? どした?」
「やっぱり僕、蓮生さんに一言だけ忠告してきます」
そう言って、すぐに出て行ってしまったのである。
それを目で追った志保さんが
「真面目なおにぎりだなあ、マキよ」
だが相手は
「不真面目なおにぎりなんて、見たことないぞ」
普通、どっちもないはず。
蓮生の部屋の前までやってきて、早速ドアを叩いてる田部君。すると中から
「誰?」
「あ、きま……いえ、星名の助手です」
「ああ、おにぎりか。で、何の用?」
「実は、是非ともお聞かせしたい事が」
中へと通された田部君、早速話を切り出し
「実は今起こってる事柄を、まずはお話したいと」
話を聞き終えた相手だったが、さすがに目を丸くして
「車すべてが……まさかそんな事が起きてるとは、なあ」
これに田部君が
「ですから……」
「僕に気をつけろ、と?」
「ええ、そのとおりです」
「相続人に選ばれたのはいいけどさ、あいつの一言でいっきに命まで危なくなった」
独り言の風に言ってきたのだが、これに反応したおにぎり君
「春子さんのことですね?」
「ああ、そうだよ。ホント、むかつく!」
と言ったあと腕を組んだ蓮生だったが、いきなりその濃い顔面を近づけてき
「確かおにぎりってさ、物置小屋で寝泊りしてるよな?」
「そ、そうですが、何か?」
「いやあそこってさ、内側から鍵がかかるし、おまけに窓もないから安全かなってね」
この発言に、そら驚いたおにぎり君
「まさか、そこで寝泊りするつもりですか?」
「そうさ。あ、君は代わりにここで寝ていいよ」
「な、何でそんな話を引き受けたんだあ? このうすらとんかち!」
すでに二本目の缶に口をつけているご主人様。
「そんな言葉聞くなんて二十年ぶり……あ、それより……だって、彼氏が危険な目にさらされて……」
「お子ちゃまか? そんなん、すぐにわかるだろ?」
「え? 何がです?」
キョトンとしてる田部君に、隣よりサポートしてきた志保さんが優しく
「あのね、おにぎりさん。もしもよ、今夜辺りに誰かさんが蓮生を襲おうとするでしょ? そしたら、まずは部屋まで行くわよね? で、そこに寝てるのを蓮生と思うわよね? で、誰かさんはいきなりその人の首を絞めるか、はたまたナイフでブスッてやるか、あるいは大っきな石でもって頭をガンと殴るか、ひょっとしたら……」
「ぐ、具体的すぎて、口から何かが出てきそうです……って、僕の命が危ういじゃないですか!」
「フン。ようやく気づいたか、このお馬鹿め」
「き、木俣さん、ど、どうしましょ?」
これにカボチャが澄ましたまま
「おとり捜査って知ってる?」
「え? し、知ってますが……い、いやです! 絶対に!」
「何でよう? 殺しを未然に防げるじゃないか?」
「防げなかったら、僕はどうなるんです!」
「そんなん決まってんじゃん、殺されるだけだって。ちゃんと線香上げるから……あ、一本だけだよ」
「はああ?」
そしてその夕方。
一緒にいたら巻き添えを食らうという理由で、両探偵より部屋を追い出されてしまった哀しきおにぎり君。
「やっぱり、他人はどこまでいっても他人なんだなあ」
結局は居場所もなく、一人ポツリと蓮生の部屋でたたずんでいる。
そこに
「失礼します。ご夕食をお持ちしました」
突然の訪問者に田部君、小さな目をパチクリさせ
「え? あ、どうぞ」
やがて襖が開かれ、跪いた梅さんが現れた。そして、脇に置かれてる盆を差し出してき
「こちらが肉じゃが、それからこちらが鮎の南蛮漬け。そしてその隣が山菜の天ぷらでございます。有り合わせのものばかりで申し訳ございません。何しろ、こんな山の中ですので」
とはいえ、ご馳走には間違いなかった。
これに喜ぶ、いや、梅さんと二人きりのシチュエーションに頬を染める――不気味な赤飯おにぎりではある。
梅さんといくつかの言葉を交わした幸せ感に浸る彼氏、その後、今置かれてる立場も忘れてご馳走をパクつくのであった――