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その7

「おはよー、マキ!」


 問題の文化の日の朝七時。布団で寝ている木俣さんの顔目がけ、声をかけてきた志保さんだったが


「ん?」

 目を開けた魚人顔の女、早速一声


「朝っぱらから、土管は見たくねえ」


「はああ? おいこら! 誰のために夜遅く町まで運転したと思ってるんだ?」


「ん……おお、そう言えばそうだった」


「忘れるのが早すぎるだろ!」

 そして持ってきたビニール袋より


「ジャジャーン!、これが土筆マスク二号なのだ!」



 今朝は、部屋まで梅さんが食事を運んできてくれた。これが、やはり若い。


「ところで、梅ちゃんっていくつ?」


 この木俣さんの問いかけに、相手が照れながら


「もうすぐ二十七になるんです」


「そっか、二つ上なんだ。最初梅さんって聞いた時ね……」


「おばあちゃんと思われたんでしょう?」


 笑顔のままで彼女が去ったあとも、ずっとドアを見たままのおにぎり君。


「おいこら! 何ずっと見てんだ?」


「え? い、いえ何も」


「嘘こくでね。にしたって、アニメキャラしか愛せない男がさ、珍しくね?」 


「ぼ、僕だって、リアルでも好きになりますって!」


 終始言い訳に努めるおにぎり君だったが、さすがに気づいていない――嫉妬で、土管が真っ赤になってるのを



 ぺろりと朝食を平らげたお三人さん。すっくと一斉に立ち上がり


「いざ、参ろうぞ!」


 だが、それぞれが準備を整えたその瞬間、おにぎり君が何ともいえぬ顔して固まっている。


「そ、それって……」



 昨夜の広間まで、整列してやってきた春子組。そのボスの春子さん、やはり笑いを噛み殺している。

 見ると、そこには昨夜同様、すでに一族たちが座っていた。いや新顔も二人、一人はスーツ姿の、おそらく長浜なる弁護士の男で、もう一人はその白衣から見て、医者の玄海先生だろう。


 昨夜の余韻が抜けきらず、重い雰囲気が漂ってもおかしくはないのだが――予想に反して、どうやら違う空気が流れている。それもそのはず


「お、重すぎて首から先がもげそうだ」


「仕方ないだろ、時節柄それしか売ってなかったんだから」


 何と今、木俣さんがかぶっているのは、ハローウィーンの時に使う例のカボチャをくりぬいたマスクなのだ。いや、ほとんど着ぐるみに近い。


「シャックランタンだ!」


 この無邪気な椿の声に、本人さん


「トリック・オア・トリート」


 そこに、マスクと似たような顔した撫子が


「土筆さんって、オシャレなんだね。毎日そうやってマスクを変えるなんて」


 本心なのか、はたまた皮肉なのかは定かではない。

 これにまたもや


「トリック・オア・トリート」


 案外、本人は気に入ってる様子。

 だがこの時、忘れかけられた主役の大五郎だんが泡を吹き出した。


「ブクブクブク……」


 これを見た玄海先生、すぐに振り向き


「そこのカボチャ! 刺激が強すぎるんで、席を外して!」


「はああ? いきなしの呼び捨て? かぶらのくせしてさ」


「か、かぶらあ? な、何でもいから離れなさいって!」


「そうブヒブヒ言うな!」


 この罵声に、布団に寝ている大五郎爺さんを見守っていた面々、再びカボチャに目をやっている。まるでテニスのラリーを見ている観客のようでもある。


「お、おい、地がでとるぞ!」


「おろ? すまん」

 志保に頭を下げた木俣さんだったが


「も、元に戻らん!」


「仕方のないやっちゃなあ」

 志保さん、そう言いながら、左右よりおにぎり君とともにカボチャを持ち上げている。


「こ、こら確かに重いな」



 一旦、廊下の端っこまで戻ってきた春子組。

 そこでカボチャ女の口より


「でさ、このカボチャ頭よりか、ひょっとしたら素顔の魚人顔の方がいいんじゃね?」


「お? 気づかなんだ」

 そして、すぐに春子さんの顔を見た志保さん


「どうします?」


 これに珍しく考え込んだ相手だったか


「一度実験してみる価値はありそうですね。まあ、残りの連中が騒いでも死にはしないでしょうから」


 案外、キツイ春子さん。



 再び姿を現した四人だったが、はたしてその顔を見た全員が、今度は唇をわなわなと震わせている。だが今は大事な時、退席するわけにも行かない。

 そして、初めてお目にかかった長浜弁護士。その口をだらしなく開いたままだ。

 一方、病人を診ていた玄海先生も患者同様、泡を吹きかけている。


 そこにようやく目を開いてきた大五郎爺さん、目の前の魚人を見て再び泡を吹き出すと思いきや


「ど、どうしたんじゃ? そ、その顔は?」


「え?」

 逆に驚いた春子さん、カボチャの代わりに


「お父さん。養女の土筆でございます。先日、大火傷をしたもので」


「そ、そうか。い、命があっただけでも幸いに思うんじゃぞ」


「はい」


 だが安心したところへ、いきなりの


「で、げ、原因は何じゃ?」


「え?」


 今度は驚く春子さんの代わりに本人が、やはりこもった声で


「おでんを煮込んでる最中に、頭からかぶっちゃいました」


「な、何と? そ、想像すらできんが、そら熱かったろうて」


「はい。大根やコンニャクの気持ちがわかりました」


「そ、それは何よりじゃったのう。せいぜい気をつけるんだぞ」


 この時、夏子が隣の男の脇腹を肘で突いている。これに、われに返った弁護士が


「よ、ようやく場も落ち着きましたので」

 本人が一番落ち着いていないが


「一、二、三……皆様、お揃いですね。では、早速大五郎様がしたためられた……あ、無論ご健在でおられますが、できればこのままずっと一日でも長く……」


「じゃ、じゃかあしい! は、早く、わしが死ぬ前に読まんか!」


 いきなり放たれたどデカイ声。これにカボチャがつぶやいた。


「案外、元気じゃね?」


 一方の怒鳴られた男は、すぐに遺言状の紐を解き


「で、では、読ませていただきます。あ、なおこれにつきましては、その全てがここにおられます大五郎様の意志でありまして、それに……」


 これにまたまた


「き、貴様の方こそ、遺言状をしたためるか?」


「め、滅相もない。で、では、読ませてもらいます……」

 やっと本番を開始する哀れな男。ここでようやく、その中身が現れた。


「この筑紫大五郎、別名仏の大ちゃんが、無事天寿を全うしたあかつきには、その残した……」


 弁護士さん、早くも詰まっている。


「おい、どうした?」

 

 キッと睨むはご本人。実は『遺産』が『遣産』になっていたのだ。が、そこは容易く推理できたので


「あ、はい……遺産および遺品については、その全てを我が養子である、筑紫蓮生に譲るものとす。以上になります」


 読み終えた長浜さん、ホッとしたのもつかの間


「こ、この馬鹿もん! まだ続きがあるじゃろが!」


「え? あ、ございました! も、申し訳ありません!」

 そして再び、読み上げ


「PS 但し条件有り→蓮生は土筆、撫子、椿の三人の中から嫁を迎えること。おしまい 平成十三年十一月吉日」


 これを聞き、互いに顔を合わせる一族たち。

 そして木俣さん、振り返って


「ま、まさしく犬神じゃね?」


「う、うわっ! こ、怖いから、いきなり振り向くなって。つか、お願いしますからカボチャかぶってください! 謝礼としてハイライト三箱買ってあげるから」


「そっか」

と、満足気な木俣さん。そっと爺さんを見ると、目をつむってる。


「しゃあないな、じゃあ失礼して……おにぎり君も手伝えよ」


 再び、ジャックランタンへと戻った女流探偵。

 その時、夏子が物申してきた。


「ど、どうして、私たち実の娘三人に遺産が回ってこないんですか!」


 これに弁護士、あたふたと


「そ、それは知りません。あ、あくまでも故人の意志によりまして……」


 これに爺さん、目を閉じたまま


「わ、わしゃ、まだかろうじて生きてるぞ」


「あ、す、すみません」


 もはや完全にパニック状態。

 そして、この男に何を聞いても無駄と思った夏子が


「お父さん! どうしてなのです? どうして、実の娘のこの私に……」


 だが、これに遺言状著者が


「だって、おまえのこと嫌いだもん」


「へ?」


 有無を言わさぬ、実に単純明快な回答だった。

 そこに三女が


「じゃ、じゃあ、この冬子を外したのも同じ理由ですか!」


「もっと嫌いだもんね」


「そ、そんなあ」


 今にも泣きそうな冬子さん。

 そして場の流れ上、聞かざるを得なくなった春子さん。少々戸惑いながらも


「あのう? この春子にも、ビタ一文もくれないんでしょうか?」


と、恐る恐る尋ねたところ


「ああ、そのとおり。ま、他の二人よりは嫌いではないがのう」


 これに思わず顔がほころんだ春子さんだったが、よく考えてると、この際の順位などは関係のない事に気づいた。


「う、嘘でしょう?」

 だが諦めきれずに、こんな言葉まで口にしてきた。


「もし、もしもですよ? 結婚する前に蓮生さんが亡くなられたら、どうなるんでしょう?」


もうすぐ仙台だあ!

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