表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

その4

「そういや、君って何でここにいるんだ?」


 これには助手も、必死で反撃してくる。


「き、木俣さん! 一緒に何時間も車に揺られた挙句、そりゃないっしょ!」 


「じゃあ、このまま車中の人でいてよ」


「はああ? こんな山奥じゃ絶対、凍死しますよ、凍死!」


 ここで口を挟んできた志保さんだったが


「なあ、マキ? 冷凍おにぎりなんて聞いたことないからさ、何か役を与えようか」


「そ、そこかい!」



 結局これ以上玄関先で話し合いをするのも何なんで、押し切られる格好になった木俣さん。

 ようやく屋敷の中へと入ったところ、すぐにお手伝いさんに客間まで案内され、今こうして座っているのだが。


「どうする? お兄さんっていうのも、身寄りがないはずだし……」


 まだ揉めている。

 だがその本人は、というと


「おいこら! 君自身のことだろが! どこを見てる!」


「え? あ、いえ、若いお手伝いさんなんだなって」


 これに木俣さん、露骨に嫌な目つきをし


「ホント、女にだらしないやっちゃな!」


 男にだらしない女に、そこまで言われる筋合いこそない。

 ここで志保さん、声を張り上げ


「お! ペットでどうだ? ペットで」


「あのさあ、こんなペット、世界中探してもおらんぞ」


「そっか……じゃあ、まんまのおにぎりというのは?」


 こんな志保さんのお馬鹿発言に


「てめえ、動くおにぎりなんて、太陽系にもおらんぞ!」


「いや、案外冥王星あたりに……」


 何やかんやほざいているが、隣にはすでにその本人も鎮座しているのだ。

 だがこの時、閃いた木俣さん


「お! いっそのことさ、おまえさんの助手でどうだ?」


「ん? おお! そりゃいい!」


 己の意思に全く関係なく、ここで彼氏の異動が決定した。


「短い間だったが、元気でな」


「はあ? 何言ってるんです、木俣さん? これって、単なる設定でしょが!」


 その時、襖が少々開いた。誰かが様子を伺っているようだが


「どうぞ、お入りいただいて結構ですよ」

と言いながら、志保さんが小声で隣に


「いいな? 無口だぞ、無口」


 襖を開け入ってきた一人の女は、見知らぬ二人、特にマスクの人物を見て固まっている。

 それを見て、志保さんが紹介を始めた。


「これ、助手のおにぎりと言います」


 アッサリだ。彼女は案の定、本名だと思っている。

 これに相手が


「あら、はじめまして。夏子と申します」

とは言うものの、その目はマスクに釘付けである。


「そちらさんって、もしや土筆さん?」


 取り決めどおりに、小首を右に傾げる木俣さん。


「どうされたんですか? そんなものをかぶって? 趣味にしては、ちょっと……」


 無論、これに答えるのは志保さんで


「実は先日、大火傷をされまして」


 この時、木俣さん、『イベント、おでんの鍋』が通じるかどうか不安だった。

 が、幸いにも相手はその原因には触れてこず


「あらま! それは大変でしたね!」


「いえ、医者も直に治ると言ってましたので」


「それは何よりです。では、失礼」


 女が出て行ったのを見届けた木俣さん


「フウー、こらしんどいわい」


「まあ、最初だからな。その内に慣れるって」


「志保って、ホント楽観的が服着て、土管になったみたいだよな」


「土管は不要じゃね?」


 そしてここで、再び襖が開いた。今度は覗き見でも何でもなかった。

 すぐに中へと入ってきた人物の姿を認めた志保さん、隣にそっと


「おぬしのおかあさんだ」


 これを聞き、相手を凝視している木俣さんだったが


「なかなかどうして、優しそうな母親じゃないか」


 その薄紫の着物姿の春子さん、落ち着いた声で


「どうぞ、わたくしの部屋まで」




「このたびはご無理を言い、誠に申し訳ございません」


 この物腰の柔らかさ、木俣さんの実母であるわけがない。


「これは、探偵仲間の木俣マキって言います。ちなみに、下から読んでもキマタマキです」


 これにマスク女が


「そのくだり、いらんやろ?」


 それを聞き、春子さんが声を上げ


「ああ、お仲間さんでしたか!」


「ええ。はじめまして、木俣マキというしがない探偵家業を営む者です」


と、無理して左の小指を噛んでいる。

 だが、やはり聞き取りにくかったようで、相手はつい


「そのお声、何だかバルタン星人みたいですね」


 これに、図に乗る軽薄女


「フオッフオッフオッ」


 この時、春子さんが


「一度、そのマスクの下を拝見したいと。皆の前で、いきなり見て動揺するのも怪しまれますから」


 すこぶるまともなご意見だったので、志保さんも


「そうですね。じゃあ……」

 隣を見やり


「さっさと脱げい!」


 早速マスクに手をかける木俣さんだったが、その中途で


「春子さん? 相当な衝撃を受けますが?」


「いえいえ。見ておく必要がありますから」


「わかりました。ならば……」

 だが、その尖った顎が引っかかり、これがなかなか脱げない。

 そして、やっとのことで


「フウー、蒸れたわい!」


 だがこの瞬間、春子さんが畳の上にバッタリと横倒れになってしまった。まあ、所謂仮死状態に近い。

 これを見た探偵二人、慌てて近寄り……あられもなく着物の裾が開いた、下半身の方へ行った志保さんが


「か、微かに痙攣してるぞ!」


 一方の上半身担当の木俣さんまで


「ど、瞳孔が開いてる!」

 

 この光景を見て


「じゃ、じゃあ僕、氷を取ってきます!」


 すぐに部屋の外へと飛び出した田部君。

 だが、ほんの一、二分後


「ド、ドロボー! だ、誰かあー!」




「あ、気がつかれましたか?」


 この志保の声に、むっくりと起き上がった春子さん。そのまなこには、ぼんやりと志保の姿と――全魚人の――


「ああ! お気をしっかり!」

 再び崩れかけた春子さんを抱き起こす志保さん、その目を木俣さんに向け


「早くかぶれって!」


「え? おお!」

 慌てて、再びマスク女となった木俣さんだったが


「おろ? 停電て?」


「前後ろ逆だろが! ベタすぎっぞ!」


「え?」

 慌ててマスクを直した木俣さん


「お! 見える見える!」


「んもう、案外な木俣マキだなあ」


 やがて、口を開いてきた春子さん。ようやく落ち着いたと見え


「と、とんだ醜態を披露しまして」


「あ、いえいえ。誰でもビックリしますって、この顔見たら。あ、でもご心配なく。これって、プロによるメーキャップですから」


 志保さんが、相手を安心させようとしているところに


「フオッフオッフオッ」


「おい、マキ。そのくだりこそ、いらんだろ?」


 ここで春子さん、首を回しながら


「それにしても、よくできてますねえ」

と、感心しつつ


「でも、間に合って良かったですわ。明日の文化の日の朝一番に、皆がお父さんのところに集まる事になっておりましたので」


 この時、襖が大きく開かれ、一人の若者が入ってきた。


「春子伯母さん。こんな賊が侵入していました」


 見ると――若者に首根っこをつかまれている、哀れなおにぎりがそこにいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ