その2
そのままソファーに腰を下ろした木俣さん、ここで肝心な質問を投げかけてきた。
「その長女はどうしたんだ?」
「ああ。ひと月ほど前から行方不明らしい。で、その文化の日に顔を見せなかったら、親子共々遺産がもらえないそうだ」
「なるほど、だから身代わりが必要なんだ」
「そのとおり!」
「まずは、爺の娘三人の名前を聞かせてくれ……って、いちいち空気が入り込んで、メッチャ喋りにくいし」
「まあまあ。で、えっと……」
ここで目ん玉だけを、再び上に向けた志保さんが
「確か、春子に夏子に冬子だったな」
「安易な一族めが。つか、秋子が抜けてるんだ」
「そそ。何でもさ、飽きない……なんちゃって」
「真面目にやらんかい」
「お、すまん。実際にはいたんだが、何でも二十年以上前に病死したらしい」
「フーン。じゃあ、このマキさん演ずる健気な娘の名前は? どうせ春にちなんで、桜とか桃とかスミレとかレンゲとか……つくしってのもあるなあ」
これに志保さんが、高らかに
「その中に正解があります!」
「お……まさか、ダークホース的存在のつくしじゃないだろな?」
「さすがだな、木俣マキ」
「うそお?」
「常に真実は一つだ。土に筆、どふでって書いて、つくしだ」
「どふでて。いや名前なんて所詮、苗字との相性だ」
これに相手も頷いている。
「そのとおりだと思うぞ。一文字 一とかさ、逆に、門 又左衛門とかバランス悪すぎだもんな」
「今現代で、そんなんおらんやろ……しかして、我が苗字は如何に?」
これに相手がアッサリと
「筑紫だ。つくしじゃないぞ、あくまでも、ちくしだ」
「はああ? ならば、我が名は筑紫つくしかい?」
「そそ、ちくしつくし」
「おい、まるで漫才コンビじゃね?」
とは言いながらも、ノリの良い木俣さんが
「ちくしでーす」
「つくしでーす。二人合わせて……」
「ちくしつくしでーす! ってか?」
意外にも息が合ってるお二人さん。
「おろ? 案外いじゃん」
「志保! お馬鹿もいい加減にせえ!」
自分も片棒を担いだくせに木俣さん
「しかしな、マスクくらいじゃすぐにバレるだろ?」
ごく当たり前の疑問である。だが
「それがな、その長女一年前に養女になったばかりなんだ」
「ほう」
「で、その時に一度だけ挨拶に来たらしい」
「同居じゃないんだ」
「ああ。フランスに服飾デザインの勉強のため留学中らしい」
木俣さん、これに顔を曇らせ
「あたしゃ、その分野は大の苦手なんだが」
「そこは口八丁手八丁で、はぐらかせてくれ。十八番じゃないか」
「十八番とな? 人聞きの悪いことを……しかしな、顔は隠せても姿かたちはどうする気だ?」
これに志保さん、ニッコリと
「そこは心配ご無用! そのつくしって娘、何でも長身で男みたいな容姿らしい」
これに木俣さん、珍しく頭を抱え
「はいはい。だからおまえさん、こちとらに頼みにきたんだな? そうだろが!」
「てへっ、そのとおりでおます」
「そのとおりって、ハッキリ言うやっちゃな。それで、演じる期間はどれくらいなんだ?」
「声がこもって聞きとりにくいなあ……まあ、二、三日ってとこかな」
そして、さらに超肝心な質問だ。
「いくらだ? 報酬は?」
これに、徹夜で試算してきた女が
「十万円だ」
だが、守銭奴は粘る。
「おい、悪い冗談はやめろ」
「冗談ではないぞよ。だったら、いくら欲しいんだ?」
これにズバッと直球で
「三十万だな」
いつもながら、この線が事務所運営の損益分岐点なのだ。
「こらまた、えらく強気だな?」
こう言ってきた志保さん、いつの間にやら、手にしてるエコーのフィルターまで燃え
「わっちっち!」
まさしく、木俣さんがよくやる過ちを犯している。だが、そのご本人は
「ワッハッハ! このお茶目さんめが!」
「フーフーフー。ああ、マジで熱かったわい」
だがさすがの志保さん、すぐに立ち直り
「十万で十分だろが? 『何と今回、これが十万円ピッタリ!』『きゃー、お買い得う!』」
「おいこら、何を一人TVショッピングしてるんだ?」
「う、バレたか」
「いいか、志保? その設定ってな、八割がた殺人が起こりそうやって。どう割り引いたって、危険極まるって」
だが相手は平然と
「逆にいいか? これはあくまでも、ノンフィクションなんだぞ! 犬神家とは違うって!」
「うっ、それはそうだが」
だがマキさん、すぐに気づいた。
「ああ! 今、犬神家って言ったなあ? 犬神家の一族って言っただろが!」
「一族までは言っておらんぞ」
何だか延々と続きそうな会話。これを恐れた田部君が、ここで勇気を振り絞った。
「いっそのことですね、間をとって二十万では如何でしょう?」
この一言に、再び四つの視線が彼氏を襲った……が?
「うーん、時間の無駄だし。しゃあないか」
このマキさん発言に、志保さんも
「ま、それでいいでしょ」
これを聞き胸を撫で下ろしたおにぎり君、つい
「あ、有難うございます!」
とは言ったものの、礼を言う必要は皆無なのだ。
「じゃあ、前金くれ」
「さすがだな、マキ。じゃあ」
三たび、バッグの中を漁る土管、いや志保さん
「ほい、半分の十万だ。ちゃんと領収書を発行しろよな」
「おおきに」
と言いながらも、その脳細胞を回転している守銭奴が
「やっぱさあ、二十万とんで四百円にしようぜ!」
「い、いきなりの牛歩戦術か?」
「あ、いや一回ポッキリだって。牛ちゃうって」
腕まで組んで、暫し考えた志保さん。やがて、傍らのエコーを恨めしそうに見ながら
「こいつ二箱分、我慢するか……じゃあ、二十万とんで四百円で決定だ。で、領収書くれ」
頻繁に指に唾をつけ、受け取った札を数えきった木俣さん。
「ちゃんとあるぞ」
「あったりめえだ。つか、おまえさんの後には、その札を使いたくないよな」
確かに、諭吉さんが涙してるくらいにベトベトになっている。
「じゃあ、おにぎり君。領収書切ってくれ」
事務作業が大得意の助手、すぐに発行したのは良かったが。この時、志保さんが唖然とした顔で
「さ、さすが、我が永遠のライバル木俣マキだ!」
「お、気づいたんだ」
「ああ、そうとも。二枚に分けた領収書、その分の印紙代だったんだな? 四百円とは」
「ピンポンだ」
「ち、畜生、いっぱい食わされた!」
相手のあまりのせこさ、およびそれに気づかなかった自分の愚かさに、志保さん、つい涙目になっている。
そして、こんな場面をじっと眺め、いたく同情したおにぎり君。そのズボンのポケットをまさぐり
「この五百円玉あげますから、もう泣かないでくださいね」
「え? ア、アリガト」
笑顔の田部君だったが、迂闊にも気づいていない……この土管娘の目がハートマークになってるのを。