その14
夜がとことん遅かったせいで、例の『主なき部屋』にて熟睡しきってるおにぎり君。いつもの如く左を向いて寝ていたところ、その空いてる右耳に何やら騒音が入ってきた。
「ん? 何だあ、朝っぱらから?」
そして右耳を塞ぐ意味で、反転した。そら同じこと、今度はフリーになった左耳が反応した。
「んもう! 騒がしい……」
ここでようやく脳みそが起きてきた模様で、畳の上の眼鏡をまさぐっている。
「あった……ん? この感じって?」
そして、何やらデジャブっぽいのを感じたのだ。
「……は、蓮尾さんと一緒だ!」
ガバッと飛び起きた彼氏、すぐさま部屋の外へ出ようと――だが、かけた眼鏡が上下逆さまだったので、思いっきり襖に衝突し、それもろとも廊下に転がってしまった。
「あいたたた……」
そこに、その上を軽々と飛び越えた人物。
「あ、梅さん! いったい何が……」
だが相手は一瞥してきただけで、すぐに駆け出して行った。
「何なんだあ?」
その、かけ直した眼鏡の下の小さき両目。梅の姿が、突き当りを左折したのを見届けた。
「あっちの方には、確か……」
慌てて、その影を負ったおにぎり君。はたして、廊下をまがった先に何人もの人が集まっている。
「どうしたんですかあ?」
だが誰からも返答がないゆえ、自らの目で確認するしかない。
「じゃあ、ちょいと失礼しますね」
だが――中を覗くや否や、後方でんぐり返しして、腰を抜かしている。
「あわわわわ」
何と畳の上では、撫子が天井を睨みつつ仰向けになっていた。そしてその胸には、やはり一本のナイフが――
昨夜誰かさんがほざいていた、『よっぽどのことが起こらぬ限り……』――それが、どうやら起きた様子?
その時、おにぎり君に猛烈なスピードでぶつかってきた、というよりフリーキックが如く蹴ってきた人物。これにぶっ飛んだ彼氏、ちょうど抜けてる腰を強打された模様。
「うわあああ!」
だが加害者は澄まし顔で
「な、何でこんなところにボールが?」
料理人の水滝だ。
「あ、いやそれより……み、皆さん! に、庭で椿様が!」
これを聞き、腰を擦りつつ、誰よりも早く転げるように……いや、まさに転げながら庭へと向かったおにぎり君。
やがて、庭一番の大木であるクスノキにぶら下がっている――
「つ、つ、つば、つば……椿ちゃん!」
そう叫びながら、本人はさかんに唾を飛ばしている。
「き、木俣さん! お、起きてくださいって!」
その理科室にある骸骨の標本如き肩を、しきりに揺さぶる田部助手。
「コ、コラッ! 脱臼するだろがっ!」
「あ、起きました?」
これに低血圧でなる女流探偵が、その目でギロリと
「おい! タダじゃ済まんぞ!」
「だ、だって、よっぽどのことが起きたんですって!」
「何じゃ、そりゃ?」
「ほ、ほら、昨夜木俣さんが言ったでしょ? 『よっぽどのことが起こらぬ限り』って!」
だが話をスムーズにできない、この人物。『あ、そのことか!』とでも言えば、救われるものを
「ちっとも覚えとらんわい」
「は?」
一瞬、ガクッとなったおにぎり君だったが、そこは持ち前の根性で立て直し
「とにかく一緒に来てくださいって!」
またもや転がってる田部助手、その後ろより不謹慎にも大口あけて欠伸しながら歩く女流探偵。一応これでもレディなんだから、その手で口ぐらいは押さえて欲しいところ。
「いいじゃん、別に。都合のいい時だけ淑女扱いしおって……」
「んもう、誰としゃべってるんです! 早く、早く!」
ようやく、問題の部屋の前までやってきた木俣さん。今は全員とも庭に出ているゆえ、誰もいない。
その袖を隣より引っ張るおにぎり君。
「ほ、ほら、こっち!」
「もう! 脱臼するって言ってるだろが!」
相手を睨みつけた木俣さんだったが、それに助手が
「す、すみません……ほら、そこに!」
「ん?」
だが悲しいかな女流探偵、瓶底眼鏡をかけていない。
「あらま、誰が誰やら……」
そして中へと入り込んだ途端
「何でさ、ここにデッカイ豚の置物があるんだ?」
これに置物がしゃべってきた。
「おいこら! 誰が蚊取り線香入れだとう!」
「あれれ? しゃべってやんの」
そうほざきながら、さらに近づいた無礼極まる女
「おおっ、志保だったのか! こらまた、おはよーさん!」
「フン、どこまでも白々しいやっちゃな」
と、憎々しげに言ってきた相手だったが
「ほれ、そこ! 撫子さんが、お亡くなりになってるぞ」
言われたとおり、布団に近づいた木俣さん
「ふーん、ホントだ。しかしさ、その身が危ういってわかってるのに、みすみす刺されちゃうとはなあ」
別に誰へと向かって放たれた言葉ではなかったが、それを聞いた二人がうつ向いてしまった。
そして、そこに輪を掛ける志保さん
「確かに、な……で、夏子さん? それと旦那さんの宗茂さん?」
これに本人、下を向いたまま
「お言葉ながら、宗茂ですが」
「あらま、ゴメン遊ばせ。あまりにも影が薄いもんで」
と、反省の欠片もないゾウ虫さんであったが
「どうして、お嬢さん一人も守れなかったんです? それこそ、大事な宝物のはずでは?」
もちろん最後の一言には皮肉が込められていたのだが、やはり二人とも黙ったまま。
そこに、似非土筆が
「いいじゃん! どうせ二人して、椿さんを殺めに行こうとしたんですよ。で、その隙を逆につかれた格好になったんでしょう」
「てもね、マ……土筆さん? 普通なら一人が出かけ、もう一人は娘を守るはずでは?」
この志保さんの発言、まさしく正論ではある。
「それは言えてますね」
そして両探偵および、ついでにおにぎり君も頭をひねって逆三角形になってるところ――ポツリと
「……私が、この私がトイレに行ったばかりに」
「あ、あなたは黙ってなさい!」
女房に一喝されてしまった旦那だったが、それでもなお
「い、いや、言わせてくれ……や、やっぱり晩飯を食い過ぎた罰なんだ」
そこに、労ってきた志保さん
「ああ、大の方でしたか。それは我慢できませんね」
だが如何せん、慣れてないせいか棒読みではある。
「……わかっていただきます?」
「ええ、もちろんですよ」
と、寒気がするほどの気色悪い笑顔で返してきた志保さん。間髪いれずに、その隣に向かって
「ということは、夏子さん? あなたこそが、撫子さんを襲って……」
「部屋まで行ったところ、姿がありませんでした」
昨日までの覇気はどこへやら? もはや否定する余力すら残っていない夏子、失ったものがものだけに――娘の方なのか、それとも遺産の方なのか、はたまたその両方なのか――いずれにしろ、すでにもぬけの殻である。
その様子を見届けた木俣さん、最後に一つだけ
「どうして先に椿さんを、と? この土筆でも良かったはずじゃ?」
これに夏子、やはり無表情に
「貴方はどう見たって、土筆じゃありませんし。おそらくは、金で雇われただけでしょうから」
「クッソ。こんなに頑張ってるのに、バレてるとはな!」
だが一方の志保さんときたら、相当に落ち込んでいる。
「ま、まずいぞ。もしこのことを、春子が知ったら……」
そう言って、珍しくもキャッチャーミット如き両手で顔を覆ってきた。
「い、依頼料がパアに……って、誰がミットだ!」
これを聞き我に返った木俣さん、こちらはこちらで気色ばみ
「おお、そうだった! 沢山の依頼を断ってまで他人になりすまし、加えてメークまでされ、挙げ句のはてにはカボチャだぞ、カ・ボ・チャ!」
「おい、マキよ。この場におよんで、嘘こくでね」
「知るか! 嘘でも屁でもこきたくなるわい!」
「もうわかった、わかった。そこら中で、勝手にこけばいい」
脱力感満載の、このお馬鹿な会話。これに痺れを切らしたおにぎり君
「それより、早く庭にでましょう!」
この時、バッチリと顔を見合わせたは二人の探偵さん。
「マキよ。となるとだな、遺産相続の権利は一挙に梅へと移っちゃうよな?」
「ああ、確かにな。所謂、漁夫の利ってやつだな」
「だろ? で、苦し紛れの案なんだが」
ここまで話した志保さん、おもむろに視線を移動させ
「確かおにぎりさんって、梅に気があったよね?」
いつのまにやら、タメ口になっている。
「へ?」
いきなりの主役への抜擢に、そらたまげるご本人。
「ねね? 協力するから、彼女をものにしてよ、なっ!」
「なっ、て言われても……あ、いや、おかしいでしょう? そんな、安易な考えって」
ここに加わってきた、これまたややこしき人物が
「おい。もはや、それしか残ってないんだって。上手くいって遺産をゲットしたあかつきにはさ、キミに二割あげちゃうもんね!」
「き、木俣さん! すでに意味不明ですって!」
「二割だぞ、二割! いくらあるのかは知らんけど」
「じ、じゃあ、ちなみに残った八割は?」
ここで、その細き腰に両手を添えてきた蚊トンボ。だが、そこから発せられた声が妙にデカイ。
「ガッハッハ! そりゃ決まってるざんしょ! ゾウ虫も二割で、残りがマインだ、キャハ!」
これには、声を上げてきた志保さん
「なあにが、キャハだと? このヘルメット女が! 元々はな、この星名様に依頼された話なんだぞ! おのれ、この場におよんで何を血迷ってるんだあ!」
「はあ? ヘルメットだと? そっちこそ、あのどてカボチャよりデカイ頭しおってからに!」
このガキどもの言い合いに、すっかり主役の座から引きずり降ろされた格好の田部君。そろそろ我慢も限界に到達し、ついには梅おにぎりと化してしまった。
「いい加減にしてください! さっさと庭まで出ますよ!」




